©️2025問題映画製作委員会

現在、関西の京都シネマ第七藝術劇場で公開中のドキュメンタリー映画『認知症と生きる 希望の処方箋』。

名古屋の病院に務める二人の音楽療法士と、認知症のリハビリテーションとして音楽療法を受ける人々の姿が描かれる。

野澤和之監督が、認知症に関する映画を撮るにあたり、テーマを音楽療法としたきっかけになったという本がある。

ホスピス緩和ケアを専門とする米国認定音楽療法士である佐藤由美子さんの著作「ラスト・ソング 人生最期に聴く音楽」(ポプラ社)だ。その中にフランスの詩人、ビクトル・ユゴーの言葉が出て来る。

「音楽は人間が言葉で言えないことで、しかも黙ってはいられない事柄を表現する」

映画『認知症と生きる 希望の処方箋』には、音楽を介して人間の驚くような可能性の瞬間に立ち会うことができる。

認知症の当事者、その家族の方だけではなく、さほど具体的でなくともどう人生を終えて行きたいかを考え始めた方にも観て頂きたい、本作はそんな映画だ。


絶対に失敗しない ピアノの曲

最初のエピソードで登場するのがうどん屋の谷口さん。音楽療法士の北村さんのピアノ演奏を聴いた後、弾いてみることを勧められる。

最初はそんなことができるはずがない、とピアノを触ることにも躊躇するが、北村さんの
「絶対に失敗しない ピアノの曲があるんですよ」
という言葉によって、鍵盤をゆっくり指で押さえ始める。

――個人的な話ですが、今年の正月に実家に帰った時に母の様子を見て、認知症の初期症状ではないかという心配になりまして。それで住む場所を変えて、今は実家に帰りやすいところで生活を始めました。母に接する中で、以前は出来ていたことがすんなりできなくなったことに傷ついていて、失敗することを恐れているのでは、と思っていたんです。それで新たなことをしたがらないのでは、と。

だから音楽療法士の北村さんの言葉は、谷口さんにとってすごく心に響く暖かい言葉だったんだろうなと、そのシーンが大変印象に残りました。撮影の時はその場で見られていていかがでしたでしょうか。

野澤和之監督

野澤:お母さんも長谷川式の長谷川式認知症スケールを受けてみたらいいと思うよ。その時は、音楽療法に感動しましたね。谷口さんは軽度の認知症、アルツハイマー型だそうです。だけど音楽療法を定期的にやっているので、実は進行が止まっています。なおかつ最初は僕の名前覚えてなかったんです。先生の北村っていう名前も覚えてない。

ところが音楽療法を続けていると、北村とか俺の野澤を覚えているんですね。記憶は面白いですね。短期記憶でも種類によって定着してくる。音楽のみならず奥さんが会話で刺激したり、運動してますからね。ひょっとしたら脳が活性化したのかもしれない。北村さんの療法は谷口さんの背景をわかっているからこその個別療法です。谷口さんの幸せそうな笑顔がまたいいじゃないですか。これは北村さんの音楽療法士としての技だと僕は思いました。


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音楽「療法」であるわけ

――途中で音楽療法士の北村さんと赤塚さんが、病院の先生達と詳細に打ち合わせをしているシーンがありましたね。

野澤:そうですね。 もちろん家族との対話もありますが、基本的にはドクターの指示をちゃんと受けて、病気の状況やどこまで音楽で介入していいのかはドクターと相談しながら、これが基本です。病気のことを知った上で、細かい申し送りをするわけです。右の目が見えなかったら反対側から話すとか、相手に精神的なプレッシャーをかけないようにとか、ドクターの指示とのコラボっていうのが素晴らしいと思うんです。どうしても単独でやると出来ることが限られてくるからね。

――はい、それはすごく思いました。単純にみんなで一緒に歌を歌うことなどとは違って、これが音楽療法なんだというのを実感しました。


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楽しく生きるということ

――それぞれの エピソードで出られた患者さんも音楽療法していくに従ってそれぞれの反応を示されたり、今まで抑えていた感情が出たり、様々な場面がありました。
認知症になったから終わりではなくて、認知症になってもそれぞれの方に様々な感情があって、生き方があるんだなと強く感じました。

野澤:そうですね 喜怒哀楽を引き出すことが病院でできるというのがとてもいい。音楽療法ならではだと思います。泣いたり笑ったり、それが普通の生活ですからね。泣いたり笑ったりがいい結果を出しているんだなと思いました。

――あと3つめのエピソードで出て来る石川さんの妻・明子さんが「認知症が治るわけではなくても、楽しく生きられたらいいなと思っている」と仰います。同じようなこと考えながら日々母と接しているので、例えば認知症になったらお終いと思っている方にこの映画が届いたらいいなと思いました。

野澤:それは病に対する本質で、すごくいいことを言っているわけですよ。例えばがんで治療しないでホスピスケアという選択肢がある。生きている間に家族や子供、親類縁者と楽しい時を過ごす。それを積み重ねることによって死を迎えるまでのいい経験になるという。それは認知症でも他の病でも同じで、生きている時、いかに楽しくその瞬間を共有できるか、それしかないね。明子さん、ネガティブじゃないでしょ。

――すごく明るかったですね。本当に。

野澤:それは、僕たち自身の問題でもある。松村さん※にせよデューイさんにせよ、生きている間にどれだけ楽しい経験ができるかできないか。俺なんか貧乏でほとんど苦しいけどね。苦しいけど生きているうちが勝負なんですよ。(※本作の関西宣伝担当)

その代わりあの作品で谷口さんの家族の事は撮ってないでしょう。子供がいるのかいないのかとか。

――確かにそうですね。

野澤:僕は全部知っていますけども、それは違うドキュメンタリーになるんでカットしました。難しいね。人生の多重性の中で幸せに生きるって事は。


がんも認知症も心の準備を

――最後に一言お願いします。

野澤:がんも認知症も心の準備をすること、早期発見が大事です。認知症はまだ特効薬がない時代ですから。軽いうちに対抗すればゆっくりゆっくり進んでいきますので怖がることはない。心の準備に役に立てばと思ってこの映画を作りました。


【インタビュー後記】

野澤監督にインタビューをしてみたいと思ったのは、前作『がんと生きる言葉の処方箋』の舞台挨拶で、がんの当事者に会った際に「何を言っていいのかわからなかった。かける言葉がでてこないんです」と話していたのを動画で観たからだ。ドキュメンタリー作家として様々な方と対峙してきてもなお、そんな率直な言葉が出て来ることに興味を持った。同時期に野澤監督自身もステージ3のがんを乗り越えたという。

「がんになってよかったのは取材の時、がん患者と対等な立場に立ったから、今では何でも言える。差別関係がないからね。何も言えないっていうのは、僕は健康だと思って勘違いして話していたんですよ。僕の基本的なモットーは、総理大臣でもホームレスでもインタビューも同質にすることですから」

そんな率直さが作品にもインタビューにも表れていると思う。

2025年問題映画制作委員会の次回作は「処方箋 シリーズの第3弾」、テーマは「歩く」。82歳のがんの方が青森から相馬まで約1000km 歩く旅の物語だという。

「歩くということの意味を問い詰めた作品です 松尾芭蕉から西行法師、ウィリアム・ワーズワースというような作品になると思います」

こちらも注目したい作品になりそうだ。


【上映情報】
京都/京都シネマ 11:50 〜 終13:50  8/18(金)~1週間限定上映
大阪/第七藝術劇場  10:30 〜 終12:25  8/19(土)~
兵庫/神戸元町映画館  9/16(土)~ 1週間限定上映

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(インタビュー:デューイ松田)