(1)3部作ではあるが、独立した1本として

インタビューにあたりリム・カーワイ監督にこれは言っておきたい、ということを尋ねてみると、

「バルカン半島の3部作とつけたのは失敗したんじゃないかなと思って(笑)」

と言い出して驚いた。

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大阪を拠点に、香港、中国、バルカン半島を自在に行き来し、映画を撮ってきた自称シネマドリフター(映画流れ者)であるリム・カーワイ監督。

新作『すべて、至るところにある』は、2018年の『どこでもない、ここしかない』、2019年の『いつか、どこかで』に続くバルカン半島で撮影された3部作の完結編ではなかったのか???

「バルカン半島ってすでにマニアックだし、前2作を見てないとわからないと思われるかもしれない。バルカン半島を舞台にしているけど、独立した一編として観てくれたら」

バルカン半島は、イタリア半島の海をはさんだ東側にある地域を指し、旧ユーゴスラビアの国が多数存在する。かつては「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれ、第一次世界大戦勃発の地となった場所である。

1作目はバルカン半島で暮らす妻に逃げられたトルコ人男性を主人公に、妻の愛を取り戻すために奮闘する姿を現地の人と共に撮り上げた。

2作目はバックパッカーのアジア人女性が、バルカン半島を旅することでバルカン半島の歴史と変化に翻弄された人々の生活に触れていく姿を、同じく現地の人と共に撮り上げている。

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3作目、リム監督言うところのこの独立した一編では、行方不明になった映画監督ジェイの足跡を探してアジア人女性のエヴァがバルカン半島を訪ねる。旧ユーゴスラビアの巨大建築物を背景に、現実と虚構が入り混じり、パンデミック、戦争、混沌とした現代を映し出す。

本作では、1作目のトルコ人男性が監督・ジェイの友人として登場し、2作目のヒロイン・アデラを演じたのがエヴァ(アデラ・ソー)として登場する。そして監督・ジェイ(尚玄)の撮影スタイルはリム監督の撮影スタイルそのものというメタ構造は、知っていれば面白いが、知らなくても作品は味わえる。

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――確かに独立した作品としても見られますね。

「前の作品を見てくれたら、メタ構造のところをまた面白く感じてくれる。

これを入り口として観て、逆に1作目・2作目を観てくれると嬉しいですね」


(2)偶然の巨大建造物・スポメニック

今回のもう一つの主役と言えるのが、旧ユーゴスラビアの巨大建造物スポメニックの存在だ。

SF映画を思わせるような巨大で特徴的なデザインは、映画を現実と虚構の間に迷い込ませる。

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――スポメニックは前から撮ろうと思っていたんですか?

この映画に予定したカメラマンが来られなくなり、新しいカメラマンに会うためバルカン半島の南にある町ニシュに出向いたという。

「会いに行ったついでにロケハンをしようと思って、彼に近所に面白いところが何かあるか聞いたら、“何もないですよ。あるのはスポメニックだけですから見てください”って。行ってみたら凄く面白いなぁと思って」

――あれを主軸に据えて撮ろうという計画だったのかなと思っちゃいました。SFっぽい感じもしますし、圧倒的でした。地元の方にとってあの戦争記念碑というのは、今はどんな存在なんでしょうか

「旧ユーゴスラビアの時代に作られて、今のバルカン半島には100個以上バラバラにあるんですけど、都会と離れているんですね。公園になってたりするんですけど、山の上にあったり遠いところにあったりするから観光客か、モニュメントの近所に住んでいる人しか行かない。今回僕のカメラマンと録音さんがセルビア人なんですけど、彼らも行ったことがないんですよ。

しかも 彼らにとって それはあまり良くないモニュメントで、なぜならこれは旧ユーゴスラビアの政権でチトーという独裁者がいた時代に作られたもので、彼らも過去を振り返りたくないから」

――その象徴なんですね。

「彼らは撮影することになって初めて行って、圧倒されていました。 行ってよかったと言っていました」

冒頭のモスタールと東京の対比も印象的だ。

「SHIBUYA SKYです。ハイテックでサイバーパンクな感じ。これは撮るしかないって」


(3)奇跡を呼ぶリム監督?

リム監督の撮影の即興スタイルは、スポメニックとの出会いも含めて、何故か奇跡を呼び起こすようだ。

――あと レストランのシーンで……(300文字ほど削除)

「神の啓示かなと(笑)。これがあったから、全体の構成も思いついて」

(これは観てからのお楽しみ。あれ?っと思った方は、舞台挨拶等でリム監督にぜひ直接聞いてみてください)


(4)カフェの人々との出会い

映画の中でスポメニック以上にインパクトを残すのは、地元の人々が語る戦争の体験や家族についての赤裸々な話だ。

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――カフェで地元の方が個人的な話や戦争の話をしますが、どのように撮影したんでしょうか。

撮影にあたっては、セルビア語とボスニア語はほぼ同じであるため、セルビア人である録音さんが通訳してくれたという。

ボスニアのモスタールには、1回目はロケハン、2回目は撮影で行った。撮影の後セルビアに帰り、劇映画の部分を全部撮り終えてから、どうしても彼らの話を撮りたいと思い、もう一度モスタールに赴いた。

「彼らの話を凄く撮りたいなという気持ちが湧いてきて。なぜかと言うと彼らは戦争を体験して生き残った人々で、今は平和に暮らしているんですよ。でも仕事がないですから、お金もない。みんな本当に時間がたっぷりあるんですね。カフェに集まって互いに冗談を言ったりお茶を飲んだり。時間を潰しに行く」

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「話を聞くとやっぱり生活としては本当につまらないんです。前の撮影では演技をしてもらうようにお願いして、彼らは凄く楽しかったと。そういう体験がないから僕らが帰る前に彼らはすごく寂しいと言ってくれて」

「彼らの体験をネタとして使うんじゃなくて、彼らも僕と話したい、あるいは自分の話を映画を通じて人に知ってもらいたいという気持ちもあると気付いて。本当に色々語ってくれてよかったです」


(5)タフで優しいアデラ・ソーさんと尚玄さん

――次は役者さんについて伺いますが、アデラ・ソーさんとの撮影はいかがでしたか?

マカオでモデルとして活躍しているアデラ・ソーさん。役者になりたいという夢はあったが、なかなか映画に出るチャンスがなかったという。リム監督とは元々知り合いだったことがきっかけで『いつか、どこかで』(19)に出演が決まった。

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「前作と本作に出てもらったんですけど、やっぱり凄くいい人ですね。優しい。あと、彼女昔はバックパッカーでヨーロッパもよく旅していたから、ゲストハウスに泊まるとかバスに乗ったりすることに慣れている」

――尚玄さんについては?

「尚玄さんもバックパッカーをしていたからゲストハウスに泊まったり、車1台で動くのも平気です。一般の役者さんはできないですね 僕の映画は脚本もないし、1ヶ月以上一緒にやってくれる人はなかなかいないんじゃないかと思う。 2人がいてくれたから この映画は撮れたわけです。そういう意味ではみんな僕には優しい人です(笑)」

尚玄さんは、リム監督の『COME & GO カム・アンド・ゴー』(20)、『あなたの微笑み』(22)に出演し、本作で3作目となる。

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「彼も最初は僕の撮影スタイルに戸惑っていましたけど、その後ブリランテ・メンドーサ監督の『義足のボクサー GENSAN PUNCH』(21)という映画に出て、僕と同じように脚本なしだったそうです。彼はすごく大変だったわけですけど、慣れてきて、その後海外の作品が多いんですよ。柔軟に対応できる役者さんは貴重なんです。

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尚玄さんは芝居もすごく良いし、これからの活躍が楽しみですね。彼は海外の事務所と契約したし、今回インドネシアにはビジネスクラスで行ったらしいです(笑)。超VIPの扱いですから。また一緒にやりたいと思っているけど、どんどん国際映画が決まっているから。僕の映画も国際映画ですけども小さい国際映画だから(笑)。また出てくれるかどうかわからない(笑)」


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最期に個人的な感想としてリム監督に伝えたのは、

――スクリーンを観ることで、私達も今を新たに捉え直そうとするエヴァの目を得たような。

「そう思ってくれて嬉しいですね」

後から何かが足りないと思ったのは、“スポメニックを過去の記念碑としてではなく、現実から飛躍する装置として機能させることで”という前置きだったかもしれない。

パンデミック、戦争、出口の見えない現在だからこそ、映画館で観て頂きたい映画である。

(C)cinemadrifters
■公開表記
タイトル表記:すべて、至るところにある
英題:Everything,Everywhere
公開表記:2024年1月27日(土)よりイメージフォーラム他全国順次公開
コピーライト:(C)cinemadrifters
アデラ・ソー(蘇嘉慧)、尚玄、イン・ジアン(蔣瑩)
監督・プロデューサー・脚本・編集:リム・カーワイ
撮影:ヴラダン・イリチュコヴィッチ 録音・サウンドデザイン:ボリス・スーラン 音楽:石川潤
宣伝デザイン:阿部宏史
配給:Cinema Drifters 宣伝:大福
2023|日本|カラー|DCP|5.1ch|88分
©cinemadrifters
公式サイト:https://balkantrilogy.wixsite.com/etew