舞台挨拶後、シネ・ヌーヴォの前で。左より川村知さん、小林勝行さん、野原位監督、福永祥子さん、川村りらさん、影吉紗都さん、出村弘美さん、謝花喜天さん。

現在、大阪のシネ・ヌーヴォと京都の出町座をはじめ全国公開中の映画『三度目の、正直』『スパイの妻』(黒沢清監督/20)、『ハッピーアワー』(濱口竜介監督/15)の共同脚本を務めた野原位監督の劇場デビュー作だ。

主演を務めた川村りらさんは、『ハッピーアワー』の主演の一人として第68回ロカルノ国際映画祭最優秀女優賞受賞経験を持つ。『三度目の、正直』では野原監督と共に脚本も手掛けた。

『三度目の、正直』を観たいと思ったのは、元町映画館の10周年記念オムニバス映画『きょう、映画館に行かない?』に参加した短編『すずめの涙』を観てからだ。

父を亡くした娘(川村りら)の元に、線香をあげたいと訪れた男(申芳夫)。胡散臭い言動の数々。男の言葉に真実はあるのか?と、いったストーリー。
脚本は『三度目の、正直』と同じく野原監督と川村さんの共同による。
サスペンスを孕んだ人情喜劇として、魅力的な人物造形に身を乗り出す程ワクワクさせられた。

喜劇が作れる作家は強い。そんな期待のもと観た『三度目の、正直』は、シリアスでもありながら表裏一体の可笑しみもあり、失敗を繰り返しながら生きる私達に勇気を与えてくれる作品だった。

さて、野原位監督と川村りらさんのインタビュー、後半の第2回をお届けしたい。

(インタビュー(1)はこちら


7●周囲にはわからない葛藤を抱えて
(C)2021 NEOPA Inc.

――対象的な美香子(出村弘美)についてはどう思われましたか。

川村:私の人生はどちらかと言うと近いのは美香子です。結婚、出産をしてワンオペが多く…と。一見何不自由なさそうだけれども自分の中に何か抱えている。周りから見るとどの辺が不満なのかしらっていう。きっとこれを分かってくれる女性もいるんじゃないかって思って書いたんですけど、どうだったでしょうか。美香子がラップするシーンとか。

――あのシーンすごく好きです。美香子の心情が迫ってきました。

川村:私も出来上がってきたのを観て涙しました。

野原:スゴイですよね。出村弘美さんと小林勝行さん(春の弟であり、美香子の夫・毅役)のおかげです。

川村:美香子には拍手を送りたいシーンがいっぱいありましたね。あまり答えになっていませんね。

野原:美香子に関しては春と対照的で、春は子供が持てず結婚もうまくいかず、ある面孤独なんですが、一方美香子は夫がいて子供もいてという対比がある。そこは脚本の構想としてありましたけど、撮影をして完成して作品を見ると、想像はしていましたが本当に春も美香子もこんなに大変かという。女性それぞれの葛藤と相剋(そうこく)を描けたのは監督としては嬉しかったですね。

――まさに春も美香子もそれぞれの立場でしんどそうだなぁとい思いながら観ていました。

野原:そうですね。男性の方もうまくいっているかと言えばそうでもなく。今回男性を魅力的に描こうとしたつもりが、結構男性がダメダメだと言われたり(笑)。自分では男性の登場人物も魅力的な人たちだなと感じています。


8●その後も人生が続いて行くように
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――頂いた資料の中で美香子と毅の夫婦に関して『こわれゆく女』(ジョン・カサヴェテス監督/74)のタイトルがありましたね。

野原:本当はそんな傑作の名前を出すのははばかられるんですけど(笑)。

川村:もうあの映画大好きなので。

――いいですよね。

川村:この映画の何が良いかって言うと凄く深い愛情が二人の間に確実にあるのに。こんな風になってしまうのかって言う奥深さがあって。

――作品の中に実際に生きた影響というのはありましたか。

野原:この夫婦もこの先一回離れたとしても、その後にそれぞれ人生はあるだろうし、またよりを戻す可能性もどこかであるかもしれない。映画が終わっても人生が続いていくような、そういう風に見える映画にしたかったんです。春に関してもそうですけど。カサヴェテスの映画はどれもその後の人生もあるって感じさせるんです。


9●画面に映った生人の面白さ

春が家に連れて帰ってくる謎の青年・生人(ナルト)を演じたのは川村さんの実の息子・川村知さん。『ハッピーアワー』では、さくら子の息子ダイキ役を演じた。

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――生人、彼もちょっと謎の部分が多かったですね。

野原:記憶喪失っていう一番フィクショナルな設定で難しかったと思いますが、川村知さんはとてもよかったと思います。何がいいかと言えば画面に映った時に何を考えているかさっぱり分からない。本人に聞くと本当に何も考えていませんと仰ってました。印象的だったのは電車で別れてホームで一人残った時の顔。こんな顔になるんだと思って。具体的に言ったわけではないのにカメラを知さんの前に置いて、画面を見たら自然とそういう表情になっていて、天才的なところがあるのかなあと。


10●自分ではなかなか出てこない川村さんの書く言葉

――『ハッピーアワー』とは違う立場になって、お互いを「脚本家」「監督」としてどのように思われましたか。

野原:大きな違いは脚本を一緒にやって、川村さんの言葉がたくさん台詞として扱われていることですね。川村さんは優れた脚本家でもあります。例えば、宗一朗(田辺泰信)が里親の話を聞いて帰って来た春に「普通の女性が」って言うんですが、自分ではなかなか出てこないなと。そこに色々と感じる女性もいて、直接言われたことがあります。川村さんは出演だけでなく、今後も脚本など映画制作に関わってくれたらいいなと思っています。

――川村さんはいかがでしたか。

川村:濱口さんのワークショップの初めの方で「実はこの野原くん、映画監督なんです」って紹介されて、「今後彼から映画を手伝ってくださいということがあれば、ぜひ協力してあげてください」って濱口さんが言ったのを覚えていて。お誘いがあった時に「ぜひ!」ということで始まったんです。

野原:でも僕、その言葉を川村さんからしか聞いたことがなくて(笑)。

川村:でも声がかかった人はみんな覚えていると思いますよ(笑)。野原さんは現場の作り方が濱口さんと対照的で、みんなの意見を傾聴している感じの監督で。好きなことを言う皆の意見を集約し、なおかつ場を波風立たせないようにしつつ自分のやりたいことをやっていく、みたいな。

野原:そうなっていればいいんですけど。

川村:今回はこういう形の映画になりましたけれど、『すずめの涙』っていう短編を撮った時にコメディも凄くむいている監督さんなんじゃないかなって。野原さんはめちゃめちゃ明るいおばあちゃん子っていう感じなので。

『すずめの涙』(21)

女性を絶対的に信用していて、自分が男性だから男性のどうしようもなさを全身で背負っている感じはあって。それが映画に現れていて、一方で自分を否定するわけにはいかないから男性全体を肯定しているところもあって。その人間性は今後コメディで活かすとすごく面白いんじゃないかって思います。

――『すずめの涙』は面白かったですね。

野原:ありがとうございます。次は人情喜劇とかがいいのかもしれないなと。

『すずめの涙』は主演の申芳夫さんのおかげです。申さんの容姿が変わりすぎていて、『ハッピーアワー』で公務員を演じたヨシヒコだとけっこう気づかれませんでした(笑)。


11●裏側がうまく回ってこそいい映画に

――『三度目の、正直』を撮られて、演出とはどういうものだと思われましたか?

野原:監督演出としてこう動いて欲しいとか具体的なこともありますけど、結局チーム全体、出演者スタッフ全員でその場の空気自体が演出として機能しているので、いい映画を作ろうと思うと裏側もうまくいかないとよくならないっていうことは『ハッピーアワー』も今回も感じましたね。映画の裏側に何があるか見る人が見たら分かってしまう。不思議なものですね。写ってないんですけど。

川村:そうですね。私も体験するまでは気づかなかったけど、確実に映画そのものにチームの空気が写っているという、恐ろしい(笑)

野原:試写で濱口さんが観た際に、「画面には映っていないけれど大量の脚本とか、他に落としたところがいっぱいあるんじゃないですか」と言ってくださって。さすがだなぁと思いました。映画の制作現場では色々問題がありますけど、そういうことが整っていくと作品のクオリティにも影響があるんじゃないかなと思いますね。答えきれてないですけど、そんな演出というものもあるかと思います。

――川村さんは横でご覧になってどのように思われましたか?

川村:時間が相当なくて、みんなが「監督、追い詰められているけど大丈夫かな」って結構心配する場面が(笑)。みんな影の立役者みたいな存在だった『ハッピーアワー』の時の野原さんを見ているので、「何としても野原監督のこの一本を完成させねば!」みたいな謎の結束力が裏で働いていた気がします。


12●時代が変わっても普遍的なのものを撮り続けたい

――『三度目の、正直』を踏まえて、今後挑戦してみたいことはありますか?

野原:コメディを撮ってみたい気持ちと、10年、20年もっと経っても文化が変わることはあっても中心にある考え方が古くならないもの、常に新しく感じるようなものを撮りたいです。『三度目の、正直』にはそれがあると思っているんですが、今後もそれを意識して作り続けて行かないと。一時売れたらいい、みたいなことを考えないように(笑)。

川村:よぎるんですか?(笑)

野原:いやよぎらないですけど、よぎっても、そんな大規模な予算があるか?とか(笑)。もし予算規模が大きな作品を撮れることがあったとしても、意図したことから大きく変わったりする可能性がある気がしています。今のところはそういうものとは無縁ですけどね(笑)。自分がやりたいことをやれる環境だけは守りながら、長く愛される作品を作りたいですね。

――川村さんはいかがですか?

川村:私は映画の世界にいた人間じゃないので、ご褒美のようにこういうポジションを与えてもらって、この数年は人生勉強だなぁと。またお声がかかるような機会があれば、作品に貢献できればいいなと思っています。


『三度目の、正直』トークショー開催!

大阪/シネ・ヌーヴォ
4/15(金)19:15の回上映後
野原位監督、川村りらさん(主演・脚本)、小田香さん(『セノーテ』監督)

ぜひお越しください!

(インタビュー:デューイ松田)