『ハッピーアワー』の制作チームが贈る、人生を生き直す女性たちの物語。映画『三度目の、正直』野原位監督、川村りらさんインタビュー(1)
現在、大阪のシネ・ヌーヴォと京都の出町座にて公開中の映画『三度目の、正直』。『スパイの妻』(黒沢清監督/20)、『ハッピーアワー』(濱口竜介監督/15)の共同脚本を務めた野原位監督の劇場デビュー作だ。
月島春(川村りら)は、パートナー・宗一朗(田辺泰信)の連れ子・蘭(影吉紗都)が留学したことで言い知れぬ寂しさを抱えていた。そんな折、記憶を無くした青年(川村知)と出会う春。過去に流産を経験し、子どもを持つことを渇望してした春は強引に彼を自分の実家に迎え入れる。一方、春の弟・毅(小林勝行)は仕事をしながら音楽活動を続け、彼を献身的に支える妻の美香子(出村弘美)は、精神の不調を抱えていた。
神戸を舞台に、2人の女性を中心にあぶりだされる子どもや家族を巡る葛藤。彼女たちの“トライアル・アンド・エラー”が描かれた『三度目の、正直』は、彼女たちと求めるものは違っていても、あきらめきれないものがある人に響くだろう。
野原位監督と主演であり野原監督と共同脚本を務めた川村りらさんにお話を伺った。その模様を全2回に渡ってお届けしたい。
1●『ハッピーアワー』では目の前で凄いことが起きていた
濱口竜介監督の『ハッピーアワー』では、濱口監督、高橋知由さん、野原位監督が共同脚本を務めた。『ハッピーアワー』は「即興演技ワークショップ in Kobe」を経て映画撮影が行われ、その期間は約1年にも及んだ。参加者は演技経験の無い方がほとんどで、単なる暗記としてセリフを覚えることは求められなかったという。本読みを繰り返しながら台詞を覚えていく。急かすことなく覚えるまでは撮影はしないという手法で、一般的な撮影のやり方とはかなり違ったものだったという。
――『ハッピーアワー』の経験が野原監督にもたらした変化は何かありましたか。
野原:今回『ハッピーアワー』の出演者もかなり出ていますけども、その時に信頼関係を作った方たちばかりです。『ハッピーアワー』の影響としては、目の前で何かしらすごいことが起きているというような感覚を撮影現場で感じるようになりました。
最初の頃は、よくみんな台詞をこんなに覚えて、動いてすごいと思っていたんですが、それが8か月ぐらい経ってくると当たり前のようにできている。いわゆる俳優事務所に入るような方じゃなくてもこんなにも素晴らしい俳優になるんだなぁと。今回もそういう人に出てほしいという思いがありました。あと『ハッピーアワー』の時は3人で共同脚本を書いてその良さがとてもあったので、今回は2人ですけど共同でどなたかと一緒にやりたいなと思いました。
――『ハッピーアワー』の脚本では、3人がどのように分担をされましたか。
野原:誰かがプロットを書いたらそれを次の人に渡して修正しつつ脚本の手前の柱書まで書く。最後に残った人が脚本に落とす、それを繰り返してやったという感じです。
2●演技をしないワークショップを経て
川村りらさんは『ハッピーアワー』で4人の主人公のひとり「純」を演じ、第68回ロカルノ国際映画祭にて、田中幸恵さん、菊池葉月さん、三原麻衣子さんと共に最優秀女優賞を受賞した。
――川村さんはもともと演じることに興味があって『ハッピーアワー』のワークショップに行かれたんでしょうか。
川村:濱口さんのワークショップは「演技をしません」って言うことがチラシにもはっきり書いてあったと思うんです。私はずっと脚本の学校に通っていまして、演技をしなくてもいいんだということと、濱口さんの映画がどうやって作られているのかが知りたくて申し込みました。
――経験されてご自身が書く脚本への影響はどういったものがありましたか。
川村:脚本を書く上での影響は計り知れないですけど、1行1行の台詞の精査のされ方がすごかったんです。私は学校で基本形しか学んでなかったので、脚本を書いて演者の人に読んでもらって世界を立ち上げるというのは、こういうことなんだって。目の前でそれが日々繰り返されていくので、1行のセリフを書く責任の重さを一番感じましたね。
3●自分で書いたものを演じることの難しさ
神戸の元町映画館10周年を記念した短編オムニバス映画『きょう、映画館に行かない?』にて、野原位監督と川村りらさんが共同脚本、川村さんが主演を務めた人情コメディ『すずめの涙』が公開された。制作は『三度目の、正直』が先だったという。
――共同脚本で進めることになったのはどういった経緯だったんでしょうか。
野原:『ハッピーアワー』が終わって、誰かと共同でやりたいなと思った時に、川村さんがもともと脚本を勉強されていることを知っていたので、お誘いしたっていうのが最初でした。
――このような物語でいこうと決めたのは。
野原:正直なところ、最初にインする時には結構違う話だったんですね。撮り始めて途中で大きく物語を変えて、川村さんが演じる春を主人公にという形になりました。もともと川村さんは脇役だったんです。結果的にそうなってしまったっていうのは大きいですね。
――川村さんは最初から脚本と演じるのも合わせてという形でしたか。
川村:基本的には自分で書いたものを演じるっていうのは難しいっていうのは最初からわかっていたので避けたかったんですけど。
野原:川村さんしか主役ができる人がいないとお願いして、それで川村さんも泣く泣くという感じでした。
――川村さんしかいないとなったのはやはりこの目力が。
野原:目力っていうのは川村さんよく言われますね。やっぱり『ハッピーアワー』での経験は大きいと思います。4人が主演でありますけども、主演の1人として映画を成り立たせたわけなので。主演ができる人はそうそういるわけではないので、今回においては制作状況もありますが、川村さんしかいないと。目力、そして画面に映った時の存在感。実際に会うと「川村さん思っていたより小柄な人ですね」とかよく言われるんですけど、画面の中で存在として大きく感じられる、そういう稀有な女優さんだと思っています。
4●もっと良くしたい!欲との体力勝負に
――川村さんはお話を受けていかがでしたか。
川村:『ハッピーアワー』の撮影の時にずっと出ずっぱりだったあかり役の田中幸恵さんを見ていると、主演の中の主演で大変さを見ていたから余計に簡単に引き受けられないぞっていう気持ちがありました。状況的に引き受けないと頓挫してしまうという状況だったので引き受けたわけですが…やはり本当に大変でした。
『三度目の、正直』は休みを挟んで全体で6週間ほどの撮影期間だったという。
――どういったところが大変でしたか。
川村:同時進行で撮りながら書いていったという感じで。大元はできていたんですけど、結果的に現場で直して。そして撮影自体も1週間撮影、2週間休みというスパンで、休みの間に脚本を二人で書いて。現場でも欲が出て、もっと良くなるぞって分かってくるとギリギリまで直したいという気持ちになって。結果的には自分たちが追い詰められていくんですけど。
野原:最後は体力勝負みたいになってしまって、『ハッピーアワー』でも8か月ぐらい撮影してこれで体力的にも限界だなっていうところまで来たのが最後にありました。
川村:現場と言われるだけあってガテン系ですよね。出る側もカメラの後ろ側も。
5●撮らないシーンのシナリオまで綿密に構築
――共同脚本は『ハッピーアワー』の時と同じようなに進められたんでしょうか。
野原:最初は同じように進めたんですけど、途中で大きく脚本が変わるタイミングで時間がなくなったので、はっきり分担するみたいな形ではなくて、細くひとシーン書いて渡して、戻ってくるあいだに別のシーンを書いてまた渡してという風に。『ハッピーアワー』の時はもっと時間に余裕があったんですけど、『三度目の、正直』はプロデューサーと話して、これぐらいで終わらせるという目標があったので。体力的には厳しかったけど、限られた期間で書いた脚本としてはブラッシュアップ出来たと思います。
川村:今何が大変だったのかなって思い返したら、脚本で撮るシーンを書くのもそうなんですけど、そこに至るまでのサブテキスト、撮らないシーンの脚本までその時に書いていたんですよ。短期間で凄まじい量を。結果的にそれがきつかったのかなぁと。
野原:画面に映らないところでも春さんが何をしていたとか、生人と春の暮らしはどうなのかってその先を描くために、間を自分たちの中に積み上げないといけなくて、それを書いたんです。
――お二人の中で春さんというキャラクターは完全に合致されていたんでしょうか。
野原:書きながらこういう形になったという感じがします。脚本というか撮っている時ですら、春がどういう人かって我々ですら分かりきる事はなかなか難しかったですね。完成して、スタッフ・出演者と一緒に見ながら我々が作っていたのはこういう人だったのかなっていう逆に知らされるっていうか。作っている本人ですら計り知れないキャラクターというのは凄くいいと思うんです。
6●登場人物が言わないことを引き算したキャラクターづくり
――川村さんがキャラクターづくりで気を配ったのはどのような点ですか?
川村:濱口さんが脚本を書くときに「このセリフは言わないだろうっていうことだけ気をつけていた」と常々仰っていて、それは肝に銘じていました。先に配役が決まっていたので、例えば大薮賢治を演じた謝花喜天さんの身体でこのセリフは言わないだろうって。
引き算と言うか、今回もそれを意識していて、春は私が自分の体で演じる役なのでこれは言わないとか、逆にここまで言ってもいいんじゃないかって。包丁突き付けるシーンでは自分の体でどこまで行けるかみたいなことは意識しました。
――春は絶対に言わないっていう台詞はどのようなことを意識されましたか。
川村:一見どぎついですけど、安易に相手を否定するような言葉は吐かないんじゃないかっていうことは意識していました。
――ご自身でご覧になって改めて春はどういう女性だと思われましたか?
川村:春がどういう女性かが未だに分からない部分もありますけど、大きく何かを乗り越えたのは間違いなく。この先また色々なことが起こってくる年齢でもあると思うんですけど、彼女はもう大丈夫だろうなって。人生の中でかなり大きなことを乗り越えられた人だという気がします。
――野原監督はいかがでしたか。
野原:川村さんは自分で演じているので客観的に見るのは難しいと思うんですけど、僕から見たら人が生きていく中で妥協するところを、もちろん春自身も妥協するところはあるんでしょうけど、自分の大切なところはちゃんと捉えていてそこだけは曲げられないっていう。その時には狂気すら孕んだ人として、一人ででも立ち向かって、社会と向き合っていく。その強さがすごい人だなと。
川村:この質問は難しいですね(笑)。そう聞かれるとどんな人に映っているのかっていうのは気になってきました。自分では一生分からないかもしれないですね。
――春さんは記憶喪失の青年に会うまでは、例えば婚姻関係が終わるのもあっさり諦めていた印象があったんですね。それでこその三度目だったので、ここまでできるのかと思いました。
野原:そうですね。ここだけは守りたいと。
<インタビュー(2)へ続く・4/15公開>
『三度目の、正直』トークショー開催!
大阪/シネ・ヌーヴォ
4/15(金)19:15の回上映後
野原位監督、川村りらさん(主演・脚本)、小田香さん(『セノーテ』監督)
ぜひお越しください!
(インタビュー:デューイ松田)