<MOOSIC LAB 2019>長編部門にて最優秀女優賞(川上奈々美)、松永天馬賞を受賞した
『東京の恋人』が、現在全国公開中だ。

『東京の恋人』という甘い響きのタイトルからあなたは何を想像するだろう。

映画に携わる夢をあきらめ、就職し北関東で暮らす立夫(森岡龍)。大学時代の恋人・満里奈(川上奈々美)に写真を撮って欲しいと呼び出され、出産前の妻には出張と偽り東京へ。大学時代の先輩に会い、満里奈と7年ぶりの逢瀬を楽しむ。

写真右より下社敦郎監督、出演:辻凪子

タイトルにも仕掛けを施した下社敦郎監督は、『WALK IN THE ROOM』(16)で第17回TAMA NEW WAVEコンペティション、カナザワ映画祭/期待の新人監督に入選。続く『ヴォワイヤンの庭』(18)では妙禅師映画祭/最優秀芸術賞、オイド映画祭/ベストセレクション入選。田尻裕司監督の『愛しのノラ』、現在公開中のいまおかしんじ監督の『れいこいるか』の映画音楽を手掛けるなどマルチに才能を発揮している。

一見愛想がなく、立て板に水の如くしゃべるタイプではない下社監督。『東京の恋人』の中に散りばめられたカルチャーの数々に、内に秘めた矜持や情熱が垣間見える。相手の深度に合わせて浮力を変え、これはとなるとどんどん深くまで一緒に潜るのではないだろうか。それでいて、合わなさそうな他人の意見にも実に寛容だ。お話を伺ううちに下社監督ならではのサービス精神も見えてきた。


●周りのホン・サンスたち
――企画の成り立ちについて、何故こういった映画を撮ろうと思われたんでしょうか。

下社:ピンク映画とかロマンポルノが好きで、ピンクの脚本として頼まれてもいないものを撮るつもりで書いていたんです。自主映画ですけど一般映画館での上映を目指して作りたいなって。近年はMOOSIC LAB から単館上映をすることが多いらしいんですよ。僕も音楽が好きなのでやってみたくて企画を持ち込んだのがきっかけです。

――ピンク映画やロマンポルノのどういったところに惹かれますか。

下社:まずエロだからというところもあると思います。高校生くらいからR-15のものはレンタルしたりして見ていました。制作会社によって性質は変わりますが「濡れ場さえあればあとは自由」に撮っている作風のものが好きで、大手の映画にはない自由度を感じたからかもしれません。日活はそれなりに制作費かかっていると思いますが…。

クラウドファンディングで資金を募り目標額に対して130%、2,083,000円。135人もの人々から支援を受け、下社監督自身も資金を捻出し『東京の恋人』が制作された。

――主人公の立夫は映画を撮っていた、という設定にしたのはなぜですか。

下社:ホン・サンス監督の影響だと思います。絵描きとか映画監督が主人公で。シナリオ的にそういう人の方が描きやすいっていう判断はありましたね。

――なるほど!それはなぜでしょうか。

下社:どういった行動原理で動いているかが分かるし、先輩みたいな人は実際にはいないけど、撮る撮ると言って、いつまでも撮らない人もいるし。その界隈の感じが、特に取材しなくても書きやすいと言うか。知らない職業の人を主人公にするなら取材するんですけど。そういう人が好きなんだと思います。

――映画監督をめざしていた主人公が今は完全に別の仕事をしているという設定ですが、監督自身も映画を撮ることに対して不安があるのでしょうか。

下社:常にそうですね。僕も映画だけで食べている訳ではなくて(笑)、他の仕事をしています。お客さんが入ったら嬉しいけど、将来何の補償もない。今後映画を作って行くなら実力勝負とは言え、お金がかかるじゃないですか。だからどうして行けばいいのかなって不安は常にあります。

――それを主人公に反映させたんでしょうか。

下社:無意識に反映したのかもしれないですね。曲がりなりにもちゃんと生きていく人たちを描いていると思っているので、どういう道を辿ってもいいかなって思っています。

――舞台挨拶でも仰ってましたね。「続けることもやめることも肯定したい」と。この映画で描きたかったのは、やはりそこになるんでしょうか。

下社:それも大きい枠ではあるんですけど、何を描きたかったかと言うと、昔の恋人って言う絶妙なポジションにいる人の特別な感じ。王道の恋愛映画ではないけど、描いてみたかったんだと思います。


●満里奈は都合のいい女か?
――一緒に時間を過ごしたからこそ説明がいらない感じと言うか。すごく出ていたなあと思いました。満里奈(川上奈々美)のキャラクターは、理想として描いたのでしょうか、それとも。

下社:理想が入っていると思うし、男によって都合のいい女性と言われることもあるんですけど、復讐譚的なところがあって結構怖いと言うか。男は喜んじゃうけど、結局手のひらの上で転がされているみたいな構造にしたくて。都合のいい女ってだけじゃないんだぜ、って描きたいと思いました。

――冒頭のタイトルバックの辺りで、喪服姿の満里奈が屋上で煙草を吸うシーンがありますが、ある変化によって、青春と決別しようとしたように見えました。

下社:あれは色々な答えがあるんですけど、回収していなくて。深読みする人には「旦那がいたけど死んだんじゃないか」とか、「子供を堕しちゃった」という風にも取れる。実際は身内で不幸があって、人生が誰にとっても有限であるということを再確認したんです。結婚した区切りとして、生まれてから出会った人の中で特別な思いがある人に会っておきたいと思ったことが、立夫に会うきっかけになったことであのシーンを入れています。でもどう解釈してもらってもいいと言うか。誤読もされるだろうなと思っています。

――あのシーンについて、観客の方からの質問は多かったんですか。

下社:結構聞かれました(笑)。最初は言わなかったですけど、言ったところで、あぁそうかってだけですから。お客さんが思ってくれたことが正解でいいんじゃないかと。

――2人の姿から思い出や感情が刺激されることで、様々な解釈が生まれて来るんでしょうね。


●森岡さんの無邪気な魅力
――主人公の立夫に森岡さんをキャスティングされたのは、どういうところからだったんでしょうか。舞台挨拶で「悪いことをしても品が良い」ということを仰っていましたね。

下社:僕は映画音楽もやっているんですけど、いまおかさんの『ろんぐ・ぐっどばい~探偵
古井栗之助~』っていう映画でも担当して、森岡さんが主演なんですよ。その時は2、3回しか会ってないですけど、世代が一緒で彼が映画撮っていたのも知っているし、気持ち的に役柄に入りやすいだろうと言うか。それでオファーしました。

――撮影開始時は時代劇のセリフ回しの影響があったということでしたが、撮り終えてみていかがでしたでしょうか。

下社:最初は演じていますという演技だったんですけど、数日間現場を共にすることで様々な面が見えてきて。ベッドシーンでTシャツがなかなか脱げない無邪気な感じとか。あれは割と素に近くて。本当に可愛らしい人なんだろうなって。それが魅力的だなって。

――その思わず笑ってしまうそのシーン以外は割合大人のイメージでしたね。

下社:ちょっと大人っぽいものを想定して、キャラクターを作って来たんだと思います。
自分のプランを決めてそれを崩さないタイプの役者さんなので。次回一緒に撮るなら、大人っぽいキャラクターよりガキ大将っぽいものがいいかなって思っています。


●映画に写らない満里奈のこと
――川上さんのキャスティングは?

下社:川上さんの『となりの川上さん』(笠井爾示/玄光社)という写真集をたまたま見て、色々な表情がある人だなって。オークラのピンク映画に出ていてテアトル新宿に観に行きました。演技もしたい人なのかな、と思ってオファーしたところ、本人も映画に出たいと思っていたらしくて出てくれました。

――ディスカッションを重ねたと仰っていましたが、満里奈をどういった女性として話をされましたでしょうか。

下社:ファムファタールと言ったんですけど、意味がわからないですよね(笑)。LINEがメインで読み合わせも一回したんですけど、川上さんが脚本を読んで疑問に思ったこととか。満里奈がどういう女性でどういう趣味嗜好があって、それは立夫と付き合っていた影響なのかとか。映画に写らない部分、履歴書的なことを答えたりました。

――それはどのように答えられましたか。

下社:立夫と付き合ったことによって、カルチャー的な趣味が多少理解できる女性って言うか。がっつりサブカルじゃないですけど。そういう素養もあって割とちょっと影がある部分も見せて欲しいと。ニコニコ笑っているだけじゃなくて。

――キャラクターは結構すんなり掴まれた感じでしたでしょうか。

下社:撮っている時に本人はこれでいいのかなって迷っていたと思います。僕としてはすごく良くて、撮っている時はきれいに撮ろうという意識はあったんですけど。

――無茶苦茶きれいに、魅力的に撮られていたと思います。

下社:いい感じに撮れているなぁと思っていて。出来たものは本人も気に入っていたので良かったです。逆に言えば、川上さんも同じ路線では使いづらい気もします。

――もし今後オファーするならどんな役を振ってみたいですか

下社:演歌歌手とか。(笑)

――また全然違いますね。(笑)

下社:情念っぽい(笑)。


●映画と文学のはざまで
――舞台挨拶の冒頭で「女性に怒られるかと思った」という話をされていましたね。

下社:男性にとって都合のいい女に見えるように書いたという自覚はありました。それはリアルとしてではなくて、フィクションだからやっているんですけど、ピンク映画やロマンポルノを全く知らない人が見たら、嫌悪感を示すんじゃないかって怖さもあって。現実にあんなことは起こらないと思うんですけど(笑)。

――現実に起こらないことを観るのが映画でもありますしね。

下社:不思議なのは、映画って文学と違って現実からかけ離れたものだと共感できないとか、そういう感想も多いじゃないですか。文学は共感できないっていう感想はあまり聞いたことがない気がするんです。映画は自分に近づけて観る人が多いので、そういう意味では全然わからないと言われるかもって。

――観客の方から実際そういったお声はありましたか。

下社:そういう人は話しかけてこないですね(笑)。

――タイトルはどのようにしてつけられたんですか。

下社:『東京の恋人』っていう50年代の映画があるんです(監督:千葉泰樹、主演:原節子、三船敏郎/52年)。同じタイトルの写真集(写真:笠井爾示/玄光社)があって。ミュージシャンの豊田道倫さんの曲のタイトルでもあって。いい言葉だなって。初稿は全然違うタイトルだったんですけど、この話に対して『東京の恋人』ってつけたら、ひねくれていているけど面白いんじゃないかなと。想像する内容じゃないから。

――想像されるであろうと想定していた内容とはどういうものだったんでしょう。

下社:シティロマンスとか。東京っぽいロケーションはそんなに出てこないし、それが面白いんじゃないかなって。

――そういう落差もちょっと狙っていたんですね。確かに拝見する前はタイトルから東京が生かされたものかと思っていました。観終わって、手に入れなかったものを象徴したタイトルなんだなと思いました。

下社:かつての東京の恋人ですね。

――最後に観客の方に一言お願いします。

下社:結構感想が人それぞれ違っていて、めちゃくちゃハマって何回も見る人や、すごい熱量で感想を書いてくれる人もいます。単純にも思ったことを言っていただけると。悪い評価でもそう取られるんだ、ということでそれがある意味正解だと思っています。声が届くことが嬉しいですね。


〈インタビューを終えて〉
満里奈が笑う。それだけでどこか幸せな、立夫が撮ろうとした映画を観ているような不思議な気分になる。しかしどこか満里奈がつかみきれない。初見はそんな感想を抱いた。
2度目に『東京の恋人』を観ると、笑顔の満里奈が違って見えた。無意識のうちに満里奈は8年前の自分をなぞったのではないか。大切な人であったけど、立夫はもう満里奈の人生にはいない。満里奈には立夫の前では見せない顔がある。都合の良い女と思うのは男の思い上がりに過ぎないのだ。そんな感想を捧げます。

『東京の恋人』は全国公開中。
9/12(土)~9/18(金)まで横浜/シネマ・ジャック&ベティで上映。 小山シネマロブレ 9/25(金)~ 、新潟県/シネウインド9/26(土)~、ほか順次上映予定。お近くの方はぜひ足をお運びください。

執筆者

デューイ松田

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