©yudai uenishi

コロナ禍で延期になっていた映画『ひとくず』の関西公開が10/16(金)よりスタートする。

「少女を地獄から救ったのは人間のくずだった――」という印象的なキャッチコピー。置き去りにされ電気やガスを止められた家で食べるものもなく母親・凛(古川藍)の帰りを待つ少女・鞠(小南希良梨)。空き巣に入ったカネマサ(上西雄大)は、幼い頃虐待を受けた自分と鞠を重ね合わせ、彼女を救おうと彼のやり方で動き出す。

イタリアのミラノ国際映画祭ではグランプリ、主演男優賞(上西雄大)。フランスのニース国際映画祭では、主演男優賞(上西雄大)、助演女優賞(古川藍)。賢島映画祭では特別賞、主演女優賞(小南希良梨)、熱海国際映画祭では最優秀監督賞(上西雄大)、最優秀俳優賞(小南希良梨)。スペインのマドリード国際映画祭では最優秀助演女優賞(古川藍・徳竹未夏)W受賞という評価をうけた映画『ひとくず』。監督・脚本・主演を務めた上西雄大監督にお話を伺った。


「虐待の最大の抑止は周りの関心」

――制作のきっかけについてお聞かせください。

上西:僕自身、父親が母親に手を上げるような家庭だったんですけども、そこに虐待と直結したものはなかったんです。映画製作のために発達障害について知ろうと、精神科医であり児童相談所で尽力されている楠部知子先生に取材させて頂いた時に、終わった後、虐待についてもお話し頂いたんです。心構えがない状態でお話があったので、内容に愕然としたんですけども、アイロンで火傷の跡をつけられた子どもたちが何人もいると。これが現実なんだなって受け取った時に本当に怖くなって腹も立つし、自分の心のどこにそれ置けばいいのかと真剣に考えました。

幼い子が性的虐待にもあうという痛ましい話と、児童相談所の先生が見て虐待が分かっていても力及ばす親の元に返すしかない事もある現状を聞き、やりきれない思いにかられたという。

上西:どういう人間だったら子どもをそういう地獄から救い出せるかと想像した時に、カネマサのような人間が思い浮かびました。世の中のルールを守ろうともせず、社会的に破綻している人間だったら、法的な手続きを無視して子どもを助けることを感情的にやるかなと。

そういう人間が人のために自分を犠牲にして動くかと疑問もあり、同じように自分が子どもの頃虐待を受けていたなら、かつての自分を救い出すように手を差し伸べるんじゃないかなとカネマサが生まれました。

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人間達が救いの場にたどり着けるような話を追いかけようと、夜中の2時頃に脚本を書き始め、翌日の昼前には書き終えて、やっと自分の気持ちが落ち着いたという。

上西:読み返してみると、入り口は虐待であっても救いを求めて出来上がった物語は、家族の愛情の物語や人間の中にある良心のドラマで、僕の書く物語は常にそうでした。その時楠部先生から仰ったのは、「虐待の最大の抑止は周りの関心」ということです。この作品を映画化して世に出せば、少しでも手を差し伸べることができるんじゃないかと」

仲間の劇団員に脚本を読んでもらって映画にしたいと声を掛けた。

「みんなが一緒にやるって言ってくれたので、全力で取り組みましたね」

発達障害をテーマにした映画は先に延ばし、『ひとくず』が動き出した。

上西さん自身が関西で立ち上げた劇団『10ANTS(テンアンツ)』は、2012年に観客が15人ほど入れば一杯になる劇場から動員を増やし、劇団であり芸能プロダクションへと発展して8年。東京・下北沢で年2回、関西では1回の舞台公演を定期的に行い、映画は『ひとくず』で4本目となった。

上西:みんなと共に役者として認められるようになりたいと頑張っています。関西を動くことはないです。有名な方と一緒に映画を作れる環境になってきたので、関西できちんと映画を作り続けたいと思っています。

――関西にこだわっておられる訳を教えてください。

上西:お力添え頂ける方々が関西におられるというのも1つだし、僕らが生まれ育ったのは関西なので、関西にいてこそやれることもあります。『ひとくず』は標準語でやりましたけど、関西弁でやるお芝居は関西弁でしか表現できないニュアンスや人間関係、テンポがあって、人間的で美しいものが表現出来るので、やり続けて行ければなと思います。


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カネマサの中にあるのは「怯え」

当初は自分でカネマサを演じることは想定していなかったという上西監督。

上西:カネマサを映画化するんであれば、この可哀想な男を表現してあげたいって気になったし、いつも自分たちで撮る映画は、自分で出演するんですよ。

――カネマサを肉付けしていくにあたって特に気を使われたのは?

上西:この人間を作る上で根底に置くのは「怯え」だろうと感じたんですね。虐待を受けたことでその時の恐怖が怯えにつながって残っていて、教養もなく社会に適合できず生きている。軽蔑されたり馬鹿にされたりすることを恐れて怯えている。だから虚勢を張って人に暴言を吐き、特に女性に軽蔑されることを恐れて、女性を傷つけるようなことを言い、人に突っかかるんです

子どもも母親も、虐待の渦中にいる人間が自分たちで問題解決するのは難しい。だからこそ周りの人が声を掛けることができたら怯えを緩めていける、それが虐待抑止の理想の形ではないかと受け止めたという上西監督。

上西:カネマサを演じながら、鞠と一緒に救いを求める人間を演じようと思いました。

――現場で監督をしながら役者としても出演することの良さは?

上西:自分で書いた脚本に自分で監督する場合は、表現してもらいたいことや心境を明確に役者さんに渡せますので、役者さんが自分で表現するときに迷いがなくなってくるんじゃないかなと。それが僕たちの組は大きな特徴だと思います。


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子どもたちには思ったことを表現してもらった

――少女・鞠役の小南希良梨さんは鞠の気持ちをとても繊細に表現していました。プロフィールには記載がなかったんですけど、演技経験はあったんでしょうか。

上西:ちょっとした演技経験はあった子で、オーディションで見つけました。虐待を受けた気持ちにさせることは避けようと、相手の演技を受けて演技を引き出すのではなく、リクエストして、思ったことを表現できる力を持っている人を選んで参加してもらいました。

例えば担任と児童相談所の職員が3人で訪ねてくるシーンでは、カットバックせずにずっと鞠の顔だけを撮っている。先生のことは好きだけど早く帰って欲しいと思っている顔をしてもらう演出。子どもを救おうという人が来てもそのまま帰っていくことで子どもの中に溜まっていく期待を裏切られる悲しさが描かれたシーンでもあるが、それをそのまま希良梨さんに渡すつもりはなかったという。

上西:誠意をもって尽力されている方が家に来ても子どもを救えないケースがあるということを考えていただけたら。子どもたちには、この単語が出た時にお母さんを心配してとか、この単語ではこう、という風に細かくリクエストして演じてもらいました。お芝居の前後はケラケラと笑ってスタッフをからかったりするような現場で。コメントにも「現場楽しくって行くのが楽しかった」と書いてくれたように終始笑いが絶えない感じでしたね。

――とても気を遣いながら撮影されたんですね。

上西:小南希良梨ちゃんと中山むつき君には脚本を渡していて、二人ともしっかりしていたんで内容はある程度分かっていたと思います。僕らからそういったことを押し付ける演出はしなかったのですが、あの二人は本当に凄い演技を見せてくれて。将来は二人共、大俳優になるでしょうね。

――それぞれ撮影の時は何歳ぐらいだったんでしょうか。

上西:2年前でまだ小学校低学年だったんです。希良梨ちゃんが1か月ほど撮影が空いた時期があったんですが、衣装が小さくなっていました(笑)


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二人の母親の生き方

――カネマサの母親(徳武未夏)、鞠の母親(古川藍)という二人の母親が出てきますが、それぞれどのように作られたんでしょうか。

上西:二人の母親を軸に話を作ったんですけど、時代が違うけど、同じ関係にいる二人で、子どもを虐待から守れず、虐待に追いやって男の側で生きてしまっている二人の母親です。

時代が変わっているっていう事で、様々なことが変わっているという風に見えてくれたらいいなと思います。鞠の母親の凜は古川さんに脚本を渡して自分で構築してもらってそれをベースに現場でいろんなことをリクエストしました。脚本の中で描いたのは、自分もひどい親に育てられて子どもの愛し方がわからないし、男に依存してしか生きていけない。そこを受け止めて古川さんが構築されたので、僕からは現場で小さなリクエストをするぐらいで。後で撮ったものモニターでチェックするとカネマサとして本当に髪の毛を引っ張っている自分にびっくりして(笑)。

そこで謝ると気持ちが切れてしまうので、撮影が終わってから本当に謝りましたけど。古川さんも本当に役者なのでやっぱり何も気にしてなくて。

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徳武さんには昭和の中にいる女性を演じてもらいたいと説明して、彼女も力のある俳優なので自分で噛み砕いて表現していたと思いますね。安っぽい家もとことんロケハンして見つけて借りたんですけど、昔見た昭和の映画そのものみたいなその場に映画を置きたかったんです。人間を伝えるための映画なので、昭和の世界観は絶対必要なものだと感じました。

――ちなみにロケは大阪だったんでしょうか?

上西:全部大阪です。大阪に虐待が多いを印象を与えず、観る人に直結してもらうことに意味があるので、地域性はぼかしてカネマサの母親の愛人以外は標準語にしました。


海外の映画祭で「ビューティ フルフィルム!」と言われる訳は

――海外の映画祭で日本と違う反応はありましたか?

上西:日本だとまず虐待の映画という目線から入られるけど、海外の映画祭では普通の映画として入って自由に見て頂いたんじゃないかと思います。人間は描けばちょっとした笑いが生まれます。日本でも海外でも同じところで笑って、最後は泣いて感動してもらうところも日本の方と全く一緒でした。ただ外国の方は立ち上がって拍手してくれるので、そこは文化の違いがありましたね。上映が終わって、感想で一番多かったのは「ビューティフル フィルム」って言葉で。話をしていくうちに、家族への思いや心、人間の内面の素晴らしさが「美しい」と表現されているんだなって分かりました。


上西作品の根底に流れるものは

――最後に観客の方に感じてほしいことをお聞かせください。

上西:虐待を扱った映画ですので、重く悲しいように思われるんですけども、けして暗い気持ちで劇場出るような映画ではないんです。虐待を入り口に、家族の温かみや人間の良心の美しさを感じて頂きたいと考えた映画です。安心して一人でも多くの方に見ていただけたらと思います。

――本編が始まる前に、劇団のロゴと共に着物姿の年配の女性のモノクロ写真が出てきますね。

上西:僕のおばあちゃんです。僕の人への想いは、8歳まで育ってくれたおばあちゃんが僕に向けてくれた愛情がベースになっている気がします。映画が世に出るとなった時におばあちゃんに見せてやりたいと思ってうちのロゴに使いました。

虐待と聞くと現実は解決策が難しいだけに、映画として描かれるときに重く息苦しいものを連想してしまいがちだが、時にはユーモアも交えつつ、難しい中でも解決の糸口は「人間」であるという、上西監督の人間観を形作った幼少期の祖母との心の交流が、この映画の根底にも温かく流れているのが伺える。

映画『ひとくず』の関西での公開予定は、10/16(金)よりテアトル梅田京都みなみ会館。11/13(金)よりイオンシネマ茨木元町映画館は上映時期調整中となっている。

テアトル梅田では10/16(金)18:30の回上映後に舞台挨拶を行う。上西雄大監督、古川藍さん、徳竹未夏さん、楠部知子さんが登壇予定。ぜひ足をお運びください。

写真左より古川藍さん、上西雄大監督、徳竹未夏さん

執筆者

デューイ松田

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映画『ひとくず』公式サイト