クリスチャン・レヴリング監督オフィシャルインタビューと合わせて、西部劇への強いこだわりを持つ監督をはじめ主人公ジョンの兄ピーターを演じるミカエル・パーシュブラント、町の保安官マリックを演じるダグラス・ヘンシュオールといった出演者達が西部劇への想いを語る特別映像が解禁に。俳優陣が口々に「子どもの頃から出たかった」と西部劇への想いを語るその表情からは、幼い頃からの頃からの夢を叶えた俳優としての充実感が伺え、そうした彼らの熱い想いが本作を支えていることが伺える。

$blue <インタビュー特別映像も合わせてお読みください。> $
ページ最下部にリンクあります。

$red ——あえてウェスタンを撮った理由は? $

確かに人気ジャンルとは言えない。だがそれでも僕にとっては子供の頃からの夢だった。ウェスタンに憧れていたんだ。映画への入り口がウェスタンだったからね。ある時、製作会社の社長とお互いに何がきっかけで映画に魅かれたかを話した。僕はウェスタンだと言うと彼は驚いていた。
1960年代のデンマークはテレビのチャンネルが1つだけだったんだ。土曜はウェスタンを放送していたからそれを撮ることは原点への回帰だった。まだとても幼くて映画が大好きだったあの頃にね。
ウェスタンの形式は映画としては純粋すぎて、中には大嫌いだと言う監督もいればもちろん逆もいるけどね。




——純粋な映画とはどんなものでしょうか。ウェスタンのどこが純粋でその優れたところは?

何が純粋かというと人と風景だ。地平線が延びる風景はとても純粋で力強い。だからどのシーンも画面の構成はとても純粋でシンプルなものになる。こうした純粋さは物語にも影響を与えるんだ。
もちろん心理面を扱うウェスタンもあるけど、たいていは心理表現よりも物語に中心が置かれる。登場人物は複雑な内面を持たず見た目どおりの性格だ。悪人か善人かはほとんど一目で分かる。さらにどのウェスタンにも共通することだけど、セリフは短く切り詰められ凝縮されている。だからどの作品もセリフが少ない。
もちろん活劇全般にそういう傾向はあるけど、多くはウェスタンに由来してる。最古の活劇だからね。

——ウェスタンにはかなり詳しいようですね。
アナス・トマス・イェンセンと脚本を書き始めた時どんな作品をイメージしていました?
「ブレージングサドル」?あるいは「許されざる者」?それともマカロニ・ウェスタン?
どんな話を作りたいと考えたのでしょうか。かなりの作品を見返したのでは?

アナスはもちろんウェスタンをよく知っている。でも僕が見てきた作品を全部見てる訳じゃない。色んなウェスタンに触れるため彼に見てほしい作品をいろいろな時代から選んだよ。「ブレージングサドル」はなかなか鋭かったね。実は時々影響されそうになった。2人とも好きだったから、ついその方向へ流されたりもしたけど、パロディーの連続により笑いを生み出す作品だから、もちろん軌道修正したよ。方向性が違いすぎたからね。
僕らは、方向性が合っていたセルジオ・レオーネやジョン・フォードの作品を見た。あと、黒澤明の「七人の侍」もアナスに紹介した。東洋の映画だけど僕にとってはウェスタンだ。ウェスタンともつながりが深い。レオーネの「荒野の用心棒」にしても黒澤作品のリメイクだからね。
だから黒澤映画も一種のウェスタンとして考えた。そして、鑑賞が済めば次は自分の作品をいちから作る。
見た作品は頭の隅に残っているけど、模倣はしたくなかった。コピーしても何の意味もないし、僕なりの作品を作りたい。
でもウェスタンというジャンルの再生までは考えていない。ただ思い入れがあるだけで。あえてウェスタンを撮ることで愛の証しを立てたい、そんな思いが強かったんだ。

——本作には数々のオマージュが見られます。中には観客が気づかないほど細かいものもあり、監督の個人趣味と言ってもいい。でも下手をすると[模倣作品|パスティーシュ]になりかねません。その危険をどうやって避けましたか?

シリアスさを守ることでかな。物語と登場人物を軽く扱うことはなかった。ジョンについては特に慎重に生身の人間のように扱った。他の登場人物に対しても同じだよ。
危ないのはすべてが作り物になって真実味がない時だね。そうなるとパスティーシュになるし、下手な役者を使えばやはりぶち壊しになる。芝居をするのは結局は役者だから、リアリティーは彼ら次第なんだ。役者の存在はとても大きくて、彼らが真実味を与えてくれる。芸術とは常に[風刺|カリカチュア]だけど例外はない。常にそれを念頭に置いて鑑賞するべきだと思ってる。

——あなたは本作で多くの仕事を兼任し、プロダクション・デザインも担当されています。大変な手間をかけて時代考証をされたのではないでしょうか。建物・衣装・銃器などすべてを扱うわけですしね、もちろん監督としてのお考えがあったことでしょう。でも私にはあなたが個人的に重視していたようにも思えます。

僕の中ではどの仕事もつながっているし、肝心なのは真実味なんだ。僕が作るセットはセットというより…ロケ地みたいだ。実際に撮影する場所にセットを建て内も外もきちんと作る。役者に真実味を感じてもらうにはスタジオで撮影するより効果的だ。
つまり、真実味の確保がまず1つで、もう1つの理由は、僕はヨーロッパ人でロケ地が南アフリカだからだ。
この映画をアメリカ人が見た時に違和感を感じさせてはいけない。舞台が嘘くさく見えたらすべてが偽物に見えてしまう。
イタリア人のレオーネがウェスタンを撮影する時は、フォードよりずっと細部に気を配ったに違いないよね。でも、フォードには必要ない。なぜなら彼は本場で撮影できたし何でも知っていた。年齢的にも西部開拓時代に近かった。いろいろな遺物も自分の目で見られたと思う。
でも僕らはヨーロッパ人で事情が全く違う。だから正確性の追求が重要になるんだ。もしかしたら観客はそこまで考えないかもしれない。だけど、時代考証はきちんとしたいんだ。舞台が1872年なら1882年製の銃は使わない。あらゆる物についてささいな事柄まで時代に合うか確かめるよ。

——本作は[復讐]と同時にデンマーク人移住者の物語も描きます。当時アメリカは工業化の夜明けにあり古い時代は終わろうとしていました。そして映画の世界では人々は無法な社会の中で文明的であろうとします。この物語はどこから生まれたのですか。アナスとはどんな風に練り上げを?

僕らが魅了されたのは復讐の応酬という展開だ。主人公のジョンは冒頭の20分で復讐を果たしてしまう。あとは彼の行動から何が引き起こされるか描く。これ自体は古典的なウェスタンの筋書きだけど、そこに僕たち独自の視点を加えてみた。他にも文明化に関する多くのことに興味を覚えた。
当時のアメリカはとても興味深いよ。1つの国境内にある同じ国でありながら東部には洗練された都会、ボストンやワシントン、NYがある。ところが西部の開拓地は全くの無法地帯だ。その頃すごい速度で国が作られていた、だから文明と無法が共存した。蒸気機関の恩恵を受けて大きな鉄道会社もできたし、製造業も育ち始めていた。その一方でフロンティアはまだ残っていて開発途上だったんだ。そこが面白いよね。

——本作のキャストも国際色が豊かで主役はデンマーク人です。マッツ・ミケルセンはウェスタンにとても合っていますね。役者はどのように選んだのですか?

マッツはいかにもデンマーク人らしい。本人は心外かもしれないが一目瞭然だ。いい役者だし何といっても体で表現する。面構えもウェスタン向きで、脚本はマッツのために書いたようなものだった。彼はウェスタンに合っているし、馬にも問題なく乗れるし能力は十分だ。だから早い段階でマッツに目をつけていた。僕らは脚本を改訂する度に彼に何度も読ませ話を作り上げていった。
エヴァ・グリーンにも早くから注目していて、彼女に会って出演を打診した。マデリンは話すことができない役だから、強く印象に残る顔立ちの役者を探していたんだ。美しいだけでなく目に力がある人がいい。エヴァは適役だった。だから彼女もすぐに決まった。
ジェフリー・ディーン・モーガンは少し遅れて参加した。彼は何と言うか、すごくアメリカ人らしい演技をする。ヨーロッパの役者の演技とはアプローチが少し違うんだ。僕はアメリカ人的な演技をする役者を求めてたんだけど、彼はカメラ映りがよくて間の取り方も素晴らしかった。ジェフリーはまさにイメージどおりだった。外見が善人そうなところも気に入ったよ。

執筆者

Yasuhiro Togawa

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