5/23に第七藝術劇場にて関西公開初日を迎えた映画『がむしゃら』。舞台挨拶で来館した高原監督と安川惡斗さんにお話を伺った。

現在スターダムのヒールレスラーとして活躍中の安川惡斗さんだが、その人生はまさに波乱万丈。女優からプロレスラーへの転換だけでも劇的だが、公式サイトの“ヒストリー”のページには、いじめ、自殺未遂、白内障、バセドウ病、頸椎椎間板ヘルニア、怪我といった単語が並ぶ。試練を一つ一つ乗り越えるが、また次の試練が訪れ、新たな闘いに挑んでいく惡斗さん。その心情をカメラが追いかけていく。

監督は『セックスの向こう側 AV男優という生き方』(’12)の高原秀和さん。映画学校で講師と生徒という立場で出会い、元々プロレスファンだった高原監督は、惡斗さんのレスラーデビューから試合を追いかけてきた。そんな二人の信頼関係の下、撮影はどのように行われたのか。



















■高原監督だから全てをさらけ出せた
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——聞きにくいお話がたくさんあったと思いますが、撮影はどのように進めて行ったんでしょうか?

高原:俺は何を聴いても驚かないんですよ。へえー面白いね!って言うと女性って喋りますよ。

惡斗:その方が気が楽ですね。大変だったねって言われると、ええーって感じになって。

高原:基本的には話を聞くだけ。それに対して“だからお前はダメなんだよ”とか“こう生きるべきなんだ”ってことは、若干は言いますけど、取り敢えず聴こうかなと。
“面白かったら台本にしていい?”とかすぐ言っちゃうし(笑)。

——信頼関係があるから、惡斗さんが思っていることが素直に出ていたように感じました。

惡斗:10年来の付き合いというのもあるし、高原さんだからずっと行ってなかった公園(中学生時代にレイプ被害にあった現場)にも行けたし。さらけ出しやすい方だなって。

——撮影の中で、今まで知らなかった惡斗さんの一面がでたような、あっと思った瞬間はありましたか?

高原:それは特になかったですけど、公園のシーンはお互いにヘビーでしたね。そこが一番重要課題でした。

惡斗:ペラペラ喋れないので間が長くて3、4時間あったものをうまく編集してくださって。喋れなくなる瞬間があったので。

高原:スキャンダラスに考えたら具体を聞いた方が面白いかもしれないけど、それは出来ねえなと思って。この距離がいいとも言われるし、俺の甘さもある作品だと思う。だからこそ距離感の映画かなという気もしてて。
監督の原一男さんが、監督はこいつを愛してないんじゃないかって(笑)。原さんは“愛してる”が、性愛の“愛してる”だけになっちゃう(笑)。

惡斗:キネ旬に原監督の評が載っていて、最終的にヒロインに惚れてしまったとあって。惚れて頂きました(笑)。

■何故あえて悪役だったのか
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——話はプロレスに移りますが、侍になりたかった悪斗さんがなぜヒールを選択したんでしょうか。

惡斗:初めてスターダムの試合を見た時に華やかで、キラキラしてて。でもなんか足りない。悪役だ!悪役になろうと思ったんです。ヒーローが好きで、ヒーローに一番会える確率は町娘より悪役って思いません?

高原:あまり思う人いないよなーと思いながら(笑)でも発想は面白いですよね。

惡斗:私にとってその時は愛川ゆず季さんがヒーローで。それでスターダムに行ったんですけど悪役になり切れてない(笑)

——惡斗さんでリングに立つ時は、女優として演じるものに近いんでしょうか?

惡斗:マイクパフォーマンスとか記者会見では演じていますけど、リングに上がってからは演じる余裕はないですね。亞斗さんが染み付いているから。最初は演技っぽいって言われてたけど、3、4年やっていたら惡斗さんが出来るようになったから、悪役をしようという感じではないですね。

高原:この人はヒールでもベビーフェイスでもないし、「安川惡斗」っていうジャンルでいいんじゃないの。

惡斗:スターダムの社長にもブランドで行けっていわれました。その方が楽ですよね。でもヒールでありたいって気持ちは捨てたくない。

高原:それは無くしちゃダメだよ。やりたいのにできないのが「安川惡斗」ってジャンルだから(笑)。変な一所懸命さが彼女のプロレスの魅力なんですよね。決してプロレスラーとしては優秀ではないけど、観てて面白いんですよ。上手くてちゃんとしてるレスラーは逆に面白くないですね。

■安川惡斗が唯一誇れるのはやられても起き上がれること
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——映画の中で“プロレス=人間力”という言葉が出ますが、惡斗さんはどう思われますか?

惡斗:プロレスラーとしては、技術的にもパワー的にも下の方だと思うんですね。たいていズルいことも含めてやるんで。
でもやられても起き上がれることだけが、私の唯一誇れることなんです。それしか能が無いなって。それって人生に比例してる部分もある。そういう意味で人間力というか、生き様がリングの上で出る。その通りだなと思ってます。

高原:人間力を示しているプロレスラーがどれだけいるのかと思いますね。試合見て面白い人って、インタビューもおもしろいんですよ。ジャンルに対しての哲学がちゃんとしてる。そうでない人は客の立場で見ると全然面白くない。それなりだけど薄いと思いますね。

——惡斗さんが目指すレスラー像はありますか?

惡斗:私は結局私のままなんですけど、体重上げて、絞って筋肉付けて。今、他にも秘密トレーニングしてます。
本当は早く復帰したいなって気持ちもあるけど、場所が場所なだけに、10月が一番いいので、その間に出来ることはやりたいです。肉体改造です。

——『がむしゃら』公式サイトの惡斗さんの発言集で激しい方を想像したので、作品観て驚きました。あの言葉の数々は、素直に出たものだというのが凄く分かりました。

高原:彼女の言葉が残るのは、上手いこと言ってる訳じゃないけど、素直なんですよ。なんか引っかかる言葉を所々吐くんですね。作為がないからだと思う。一所懸命伝えよう、伝えようとしていることがこういう言葉になってる気がします。それは不器用だから。

惡斗:間違えて覚えていることがよくあって。大阪に来る新幹線でも「継続は力なり」を「継続は金なり」って(笑)

——確かにその通りだとは思いますが(笑)

航空自衛隊の司令官だった父親の影響でNHKの生物や、最新科学の番組が好きだという惡斗さん。

惡斗:トークショーでベビーフェイスがいなくなったら惡斗さんはベビーフェイスになるんですか?と言われて、蟻の話が出ちゃって。「蟻って働き蟻と怠け蟻がいて」って。怠け蟻を排除したら働き蟻が怠け蟻になるんですけど、反対言っちゃったんですよね。

高原:まあ、一所懸命喋ってるから、なんとなくわかるからいいか、みたいな(笑)

惡斗:間違っては無いんですけど。言葉が足りないとは自分でも思いますね。

■人を嫌うということ
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映画学校で出会った時、40代の高原監督は「14歳でいたい」と公言しており、こんな大人がいるんだと18歳の惡斗さんを驚かせたという。そんな思い出から、今年2月の試合中に起こった殴打事件に対する心境まで、惡斗さん自ら語ってくださった。

高原:何故14歳なのか、ちゃんと意味があるんだから。一番感受性が強い。ロックに映画に何見てもワクワクして。恋愛も女性も性的なものにも目覚めて、全てに対して興味を持ち過ぎちゃうのが中1、中2ぐらい。だから中2病になるんですよ。そういう無邪気な感受性をずっと持っていたい。中3になると受験があるんで余裕がなくなる。
中2は大人じゃないけど子供じゃねえみたいな、一番面白い季節なのかな。

——惡斗さんの14歳はどうでしたか。

惡斗:14歳は色々ありました。頭の中に浮かんでるものを全部ノートに書き写していた時代。中2病ですね完全に。ノート、40冊は超えてましたね。親も大変な時期で。
 そういう意味でプロレスを始めてからが青春。知らない事に飛び込んで、ワクワクして。20代越えてから“うわーっ世界ってこうなんだ!”って。初めてライブ会場に連れて行ってもらったり、ディズニーランドにみんなで行ったり。一気飲みも含めて。3分間に30杯とか(笑)。飲み切りましたけど。
 今は上から数えて3番目くらいなので後輩の方が多くなりましたね。レスラーになってから味わえたものが多いから、本当に楽しい時間だったんですけどね。

 歯車が狂ってしまって、前回の事件とか。元々好かれてなかったのが分かったので。難しいですね。みんな仲良く出来たらと思いますけど、上手くいかないものですね。
 多分、一番のキツイ事って無関心だと思うんですね。私はそれをやってしまうんじゃないかと。
「この人好き」「この人嫌い」っていうはなくて、「この人好き」、あとは「普通」が多いんで。何かされても今までされて来たことより緩いから、全然平気で。それで逆なでしたりとかありました。
人間関係やっぱり下手くそだなぁと反省してばかりですね。

——好かれてなかったという事に対して、ご本人と話す機会はありましたか?

惡斗:話せるレベルじゃなくて、向こうも泣いてて、私は目が見えてなかったし、口も切れて片言でしか喋れなくて、取り敢えず謝りましたね。コミュニケーション能力低くて済みませんって。
「いいよ。ゴメン」って言ってくれたんで
それで十分という感じですね。未だに出て来れない状態で。気に病むなって言われますけど、なるようになるのかな。後は彼女が乗り越える事だと思うので。特に自分が何かすべきでは無いという感じですね。

——高原さんは悪斗さんの怪我を見て泣かれたということですが、この事をどう思われましたか?

高原:人のこと、ちゃんと嫌ってほしいなと思ってるんです。嫌う事って覚悟がいるから。理解をすることもないよと思いますね。そこには多分彼女の逃げもあるんです。無関心じゃなくて嫌えと思いますし。

惡斗:人を嫌うより好きな事を見つけてた方が楽しいと思うんですよね。

高原:いや違うんだよね。絶対違うんだ。そうでないと本当の楽しさとか分からないし、人とちゃんと出逢えなくなっちゃうから。“嫌い”から越える感情の在り方もあるんだよ。自分にも向き合えるし。段々分かって来てるとは思うけど。

惡斗:でもいい人に恵まれてるなって自覚はあるんです。助けてくれたり、支えてくれる人はいるし、今の生き方について、嫌う事も大事かもしれないけど、今で十分幸せとは思ってるんです。

高原:嫌うという言葉がしっくりしてないんだと思うけど、ちゃんと人に向き合うってこと。好き嫌いじゃなくてね。

■デートムービーとしての映画『がむしゃら』
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——『がむしゃら』というタイトルと惡斗さんの生き方がリンクして非常に印象的です。

惡斗:監督が付けてくれたけど、私それに文句つけました。私は“がむしゃら”にやってるつもりはないので、『がむしやらに』がいいって。

高原:無意識でが“むしゃら”に生きてる訳じゃなくで、本人には自覚がないんですよね。やりたくてやってるだけだから。
こんな風に色々抱えて僕は生きれないんで尊敬してます。ある意味ね。全部は尊敬してないけど(笑)。こいつ凄いなとは思いますよ。

惡斗:生きたいんですよ。死にたくないっていうか、生きたいから生きてるって感じで。必死こいてはいますけど、“がむしゃら”って格好つけてる感じがする。自分で言うことじゃないなって。最初そのタイトルが恥ずかしくて。

高原:タイトルにしても、ものを作るにしても、どこ恥ずかしさがあった方がいいと思う。堂々と「我々“がむしゃら”でっせ」とやっちゃうとね。そこに対しての恥ずかしさがあるからこの映画なのかなという感じがしますね。
“がむしゃら”って言い切れないからこの映画のよさがあるのかな。何てことを取材されながら考えました。答えは導かないし、考えてくれればいい、感じてくれればいい。

惡斗:ディスカッションが出来ればいいと思います。親、恋人、友達。ハッピーエンドではなく、To Be Continued。モヤっと抱えるものをみんな1つや2つあると思いますから。

高原:これ、最高のデートムービーじゃない?カップルで観て話したら価値観の違いが分かって、別れた方がいいか、別れない方がいいかわかると思うよ(笑)

執筆者

デューイ松田

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■映画『がむしゃら』公式サイト
■第七藝術劇場

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