3月7日(土)より渋谷アップリンクにて水井真希監督の【ら】が公開される。水井さん自らが遭遇した暴行拉致事件をもとに、その息詰まるような恐怖体験と、被害者の精神世界がファンタジックに描かれた作品となっている。

 園子温監督に師事し、特殊メイクの西村映造の西村喜廣監督の元でスタッフとして活動する側ら女優、グラビアアイドルとして活動してきた水井さん。様々な立場から映像業界で活動する中で、いつか映像を作りたいという気持ちが芽生えたと言う。「役者で」、「監督で」と意識した訳ではなかったが、去年環境が整い長編制作に至った。

 主演に元AKB48の加弥乃(『少女は異世界で戦った』’14/金子修介監督)を迎え、小場賢、ももは、衣緒菜、文月、亜季、佐倉萌、屋敷紘子らが出演。『進撃の巨人』(2015 年公開)の特殊造形プロデューサー西村喜廣が、【ら】のプロデューサー・監督補・編集として作品を支えている。
 映画【ら】は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のオフシアターコンペティションに入選。被害者の内面を体験させられる作品としてインパクトを残した。その後、ボストンアンダーグラウンド映画祭16th コンペティション部門入選など、アメリカ、フランス、ドイツ、オーストラリアなど海外の映画祭に招待され、11月の第7回オホーツク網走フィルムフェスティバル招待を経て、いよいよ3月劇場公開となる。




















■映画化に当たっての心境は
━━━━━━━━━━━━━━━
 制作に当たっては当初企画が2つあり、1つはこの【ら】。もう1つはフィクションのアンデッド物だったという。プロデューサーの西村喜廣監督からは「結果出して」と言われていた。【ら】は水井さんが現実に体験したことで完璧にイメージが出来上がっており、ストーリーも完結していたことから【ら】の映像化がスタートした。

——水井さん自身の実体験ということですが、脚本化にあたっては文章にしていくということ自体辛くはなかったんでしょうか。

水井:元々文章に書くのは得意で、このことはいつか本にまとめられたらいいなと思っていたんですね。実際私が被害にあってから10年近く経つので、月並みだけど時間が解決してくれて比較的客観的に見られるようになったというか。このタイミングだから、ようやくまとまったんだと思います

——事件の後、犯人はすぐ捕まったんですか?

水井:私の事件から3年後ぐらいに捕まりました。余罪が他にもあったから証拠が集まったんでしょうね。現在も服役中です。

■脚本を読んで電車に乗るのも怖くなってしまった
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
——加弥乃さんは、元々AKBで活躍されていて1回お休みされた後に復帰され、映画に出演されるようになりましたが、女優に特化して活動して行こうとしたのは何故ですか?

加弥乃:もともとAKBにいた時から女優になりたくて。中二の頃に女優1本でやろうと思ってAKBを止めました。色々あって2年ぐらい活動が出来なかったんですが、久しぶりにお芝居ができる環境になったと言うわけです。

——かなり極端な作品に出られたわけですけども、最初脚本読まれて何を感じましたか?

加弥乃:最初に大まかな脚本を読んだんですけど、その時にはもう電車に乗るのも怖くて家から出たくなくなっちゃいました。実際こういうことがあるのは知っているけど、直接話してもらったのが初めての経験なので、すごく重く響いて。自分もいつ巻き込まれるか分かんないんだなって、怖かったですね。その帰り道から撮影が終わるまでは、ほんとに辛かったです。

■加弥乃さんに決まった訳は
━━━━━━━━━━━━━━━
 加弥乃さんがキャスティングされたのは、金子修介監督の『生贄のジレンマ』のお披露目パーティーで加弥乃さんを見かけた西村喜廣監督が【ら】のキャスティング中だった水井さんに写真を送ったことがきっかけだったという。

——写真を見て加弥乃さんのどういったところに惹かれましたか?

加弥乃:水井さんねえ、ちょっと言いづらいと思うから代わりに言うんですけど、あまり可愛くないところが良かったみたいですよ(一同爆笑)

水井:言ってないよ、言ってないよ!

加弥乃:今風じゃなくて、ちょっと古風というか。そういう容姿が良かったんだよって確か言われたんですよ(笑)。

水井:そんな言い方はしてない!(爆笑)つけまつげとか付けるようなああいうのじゃない…私もよく言われるんだけども、ちゃんと陰の部分を持ち合わせてるみたいな感じがすごくよかったんです。

■目隠し演技の苦労と犯人との駆け引き
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
——犯人に拘束されている間、ほぼ目隠しされている状態ですが、演技としてはすごく難しかったんじゃないでしょうか?

加弥乃:目ってちょっと動くだけで感情って現れるじゃないですか。目が使えないって、じゃぁ何を使うんだろうと思ってたんですけども、水井さんが「皮膚とかで人の感情って分かるでしょ」ってアドバイス下さって、確かにそうだよなと思って。口の動きもそうだし、なるべく意識をしたつもりなんですけども、難しかったですね(笑)。

——ここはうまく行ったという所は?

加弥乃:目隠しとは違う話になるんですけど、観た人から犯人にお礼を言うところがよかったって言われました。「ありがとうございます」と言うところがすごく響いたって。

——あの辺は犯人に対してどういった意図で出た言葉だったんですか。

水井:やはり情に訴えかけるというか。自分たちが育ててきた豚なり鳥なりをその後殺して食べるっていう学校教育の話が映画になりましたけど、ある程度仲良くなるとその後酷いことをしにくくなるじゃないですか。それでできるだけ話しかけて、「ありがとうございます」と言って相手を上にして自分を下にすることで取り入ろうとしたんですね。

——本当に冷静に対処してますよね。

水井:映画的に端折ってる部分もありますが、被害にあった方が見てくださって、物語の大筋とは関係なく「あれはすごくわかりました」って言ってもらいました。男性の方には「これは実際に経験してないと書けない話だ」って言われましたね。そういうところが表現できたのでよかったと思います。

——最初犯人が女性をものとして見てるところを、人間として見てもらえるように機転の利いた行動されたんですね。

加弥乃:リハーサルめちゃやりましたよね。すごい細かい感情一つ一つ教えてくださるんですよ。上位に立つとか、自分が下になって相手を上げたりとか。でもあの場でそこまで頭回るのが本当すごいなと。水井さんじゃなかったらもっと危ないことされたかもしれない。よくかわせたなって演じながら思ってました。

水井:映画でもそうですけど、その時厚底の靴を履いていて絶対に走って逃げる自信がなかったんですよ。上手いことかわすしかなくて。例えば、キャバクラのお姉さんが触ってくるお客さんを上手くかわしますけど、そんな風にしなきゃなと思ってましたね。拘束を解かれたのにどうして逃げないのと思う男性がいるかもしれないけど、女性なら分かると思うけど、走って逃げられる訳ないんですよね。相手は車だし。

■実体験を映画として表現するために
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
——フクロウが出てきますが、何を象徴しているんでしょうか。

水井:フクロウって日本とかヨーロッパでは知識を司る神様なんですね。アメリカは違うらしいですけど。加弥乃ちゃん演じるまゆかがフクロウに出会ったのは、正攻法で戦う方法を自分で勉強したという意味。つまり性犯罪は親告罪だから、これは何々罪に当たると戦い方を自分で勉強していった。フクロウが歩み寄ってくれないのは、知識という概念だから、自分から近づかなきゃならないんです。

——特殊メイクの取り入れ方も面白いなと思いました。克服したように見えていても、日常生活の中でフラッシュバックして来たり…根の深さを感じました。

水井:これは『終わらない青』(’09/緒方貴臣監督)の時も言ってるんだけど、心の傷は目に見えないから、映画で目に見える傷にすることによってみんなに分かって貰えたらなって。

——あのイメージは水井さんの発想ですか?

水井:車のガラスに雨粒が付いていて救急車のサイレンに照らされて赤い粒々になっているのがオープニングとラストでも出てきますが、赤い粒々はずっと私の中のイマジネーションにあって。【ら】は全体的に赤をモチーフにしているので。それがあって赤いグジュグジュした穴が空くような傷にしたいなと。西村さんのところで学んで来たものが出たと思います。

■【ら】に参加した感想は
━━━━━━━━━━━━━━
 元々、加弥乃さんが芸能界に入ったのは母親の意向だったという。モデルで女優としても活躍する母親の友人が、子役経験がないからお芝居が出来ず苦労していると語っていた。それを聞いた母親が、自分はお芝居も好きだから子供が出来たらやらせよう、もし本人がお芝居を嫌いだったら勝手に止めてもらっていいと思っていた。幸い3人姉弟ともこの仕事に興味を持った。自分でやりたいと思ったのがきっかけではないが、止めたいと思ったことはないと加弥乃さんは語る。

——この作品を含めて、加弥乃さんが感じる“演じる”ことの面白さはどこにありますか。

加弥乃:映画をあまりやったことがなくて、ちゃんとした役があるのは映画では初めてだったんですよ。だから「初めてをありがとうございます!」みたいな(笑)。ドラマの役はシリアスな役は多かったんですけども、やっぱり映画は違いますね。何が違うのかうまく説明出来ないんですけど。

——水井さんはそこが違うという時はどのようにアドバイスを?

水井:すごい優秀なので、違うよねというのはなくて。もうちょっとこうしてくれる?もっとこういう気持ちで。ここはまだ抑えていて、という程度。私は本当に楽でしたね。セリフ覚えて来てくれるし。私覚えて行かないし(笑)

——水井監督はそこで反省したわけですね(笑)。水井さんは初監督の感想はいかがでしたか?

水井:今まで10年くらいこの仕事をしていて、今までの知り合いが全員協力してくれて、考えられない金額でやってもらっているので、有り難かったですね。
 監督としての次回作の構想についてはまだ何とも言えないです。
 映像の仕事は何らかの形で続けていくつもりなんですけど、次回は加弥乃ちゃんと共演の仕事がしたいな。誰か私たちで撮ってね(笑)。

■映画【ら】と着エロアイドルという仕事は矛盾するのか?
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
——最後に気を悪くしたら申し訳ありません。水井さんのブログの書き込みで、水井さんがやっている着エロアイドルという職業と【ら】という映画を絡めて、矛盾してるんじゃないかという意見もありましたが、それに対してはどう思われますか?

水井:性犯罪全般についてそうなんですけど、電車の中で肌を露出している女の子がいたら触っていいって思ってる奴がいるじゃないですか。でも彼女がそこに存在ししていることと、触っていいという許可をすることは別ものです。
 私はグラビアでエロい姿を見せて、男性はそれを買って消費してくれてるけど、現実世界で私はここにいて、知らない人からいきなり一万円渡されてもヤラセることはないっていう話なんですよ。映像の仕事だからってエロいことが出来るのであって、現実世界で歩いている時にいきなり触られたら、何してんのって話なので。
 エンターテイメントとしてエロを楽しむことと、性犯罪として他人から搾取することって全く別のベクトルの話。性的なものが絡んでいるというだけで一緒に考える人って馬鹿なんじゃないかと、暴言吐いてごめんなさい。そう思ってるくらいで。

——作品の反響も多いだろうし、切り離して考えることが出来ない人もいるのではないかと思います。水井さんがどう思っているのか書かせてもらうといいと思ったので、敢えて聞いてみました。ありがとうございました!

 【ら】は加弥乃さんが言うように、まゆかの体験を自分の事として追体験する映画だ。水井さんは「特に男性に見て欲しい」と語る。カップルで見て男女の認識の違いを話し合ったり、もう一歩踏み込んで性犯罪に対する知識を得ることで、私達はフクロウに一歩近づけるのかもしれない。
 上映は3月7日(土)渋谷アップリンクを皮切りに順次全国予定となってる。

執筆者

デューイ松田

関連記事&リンク

■【ら】公式サイト

関連作品

http://data.cinematopics.com/?p=52595