まばゆい光を浴びて、波紋が広がる川のほとりに佇む赤いワンピース姿の二階堂ふみ。
そんなビジュアルのポスターが印象的な深田晃司監督・最新作『ほとりの朔子』が、東京/シアター・イメージフォーラムを皮切りに、大阪/シネ・ヌーヴォを始め順次各地で公開中だ。
 避暑地にバカンスにやって来た18歳のヒロイン朔子と美しい叔母。朔子は同年代の男の子との出会いや、もつれる人間模様の中でひと夏を過ごし、緩やかに成長してゆく。

 ヒロイン朔子役に『ヒミズ』『地獄でなぜ悪い』といった園子温監督作品でエキセントリックな演技を披露している二階堂ふみ、人生の先輩として朔子に影響を与える叔母・海希江役に鶴田真由。朔子と親しくなる高校生・孝史役に本年は4本もの作品の公開が待機中の太賀。海希江の古い友人・兎吉役に深田作品の重要なスパイス・アクター古館寛治。兎吉の娘・辰子役は『歓待』に続いてプロデューサー兼女優で活躍する杉野希妃。海希江の恋人・西田教授役に『東京人間喜劇』に出演の大竹直。

 フランスの第35回ナント三大陸映画祭において、「金の気球賞」(グランプリ)と「若い審査員賞」をダブル受賞の快挙となったこの作品。
 前作『歓待』では、他者の侵入でもろく変容して行く家族の概念を希望を込めて笑い飛ばし、第23回東京国際映画祭日本映画・ある視点部門作品賞や、第15回プチョン国際映画祭最優秀アジア映画賞を受賞した深田監督だけあって、単純なボーイ・ミーツ・ガール映画では終わらない。
 プロデューサーの小野光輔さんから「バカンス・女の子・原発」三題の提案があり、もともと深田監督の考えていた企画とも合致し書かれたという脚本。前半は一見他愛のない会話によって淡々と人物が紹介され、涼しげな風景に、劇場のイスの座り心地もバカンス気分になってくる。
 一転するのは後半、辰子と西田教授の車中の会話。そこには表面上で語られていることとはまったく別の駆け引きがあり、それに気付いた時のいたたまれなさはイスの座り心地が変わるほど…破壊的に面白い!そのシーンを境に二重に仕組まれた会話の意味に、翻弄され映画の悦楽に浸ることとなる。
 また、もう1つの要素の「原発」に深田監督がどうアプローチしたかも必見である。

 ヒロインの名前は、エリック・ロメールの『海辺のポーリーヌ』のように印象に残る名前にしたかったという。「朔子」の「朔」は萩原朔太郎に由来する。
実際のところ日本にバカンスは存在しない。バカンスを描くとなると、多くは引きこもりの問題か大人になれないモラトリアムの時間を描く物語になりがちだが、それは避けるため朔子を浪人生という設定にしたという。
物語の組み立て方は、「彫刻家が粘土をこね合わせるような作業なので説明するのは難しい」と笑う深田監督にお話を伺った。













━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■二階堂さんの一つの体に幼さと大人が
共存している様子に思春期を感じた
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
——これまでは、ご自身が所属している劇団青年団の俳優さんをメインに作品を制作して来られましたが、今回二階堂ふみさん、鶴田真由さんを主演にされたきっかけは?

深田:2011年のTAMA CINEMA FORUMのTAMA映画賞で新進監督賞を頂きまして、新進女優賞を受賞された二階堂さんと控え室で初めて会いました。『歓待』も観てくださっていて、話が盛り上がりまして。映画では割合エキセントリックな役柄が多いんですが、普通の16歳の女子高生なんですね。若々しい一方で達観している部分もあって、自分の考えをしっかり持っている印象でした。その後この企画が立ち上がって、二階堂さんの幼い部分と大人の部分が一つの体に共存している不安定さ。まさに思春期の特徴で、そういった雰囲気を全面的に生かしたいと思いました。

 鶴田さんは小野プロデューサーから推薦されて、鶴田さんのことはもちろん知ってはいましたが出演された映画を観た事がなかったんですね。DVDで作品を拝見して、実際お会いしてみると映画以上に魅力的な方だったので、普段のそのままが出せればうまくこの作品にはまると思ってお願いすることになりました。

——太賀さんは非常に自然な印象ですね。

深田:クランクインの2日前、太賀君から電話があって思いつめた声で「俺福島に来ているんですけど、孝史の出身はどこですか?」って。ぼんやりと南相馬市を考えていたのでそう言うと、そこまで行って役作りをしてきたようです。そういう真面目な俳優さんです。
 ある重要なシーンの撮影前なんか緊張して顔面真っ青でしたが、本番になるとリラックスして見えるし、相手の言葉にも凄く素直に反応するんです。
よく言い方や動き方を決めてこの台本でこんなキャラクターとか、後の展開を逆算する人がいるんです。共演者がどんな芝居をしても演技が変わらないような。太賀くんは形にはまった芝居をしないから素晴らしいです。

——古館寛治さんは杉野希妃さんと『歓待』から再共演となりましたね。

深田:つい古舘さんのキャラクターに頼ってしまうんですけど(笑)。本人は至って真面目なんですけど、胡散臭いキャラクターが多くて、真面目なことを語っていても何か裏があるように見える稀有な俳優さん。今回は怪しいだけじゃなくて過去の恋愛ドラマがあったことを匂わせています。

——胡散臭いけど、ヘラヘラした中に大人の男性の心情も見えて、今回は他の作品より素敵に見えましたね!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ほとりのシーンは天候と光が生んだ奇跡
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
——撮影はどちらでされましたか?

深田:予算の問題や日程のこともあって、三浦では海や家のシーン、木更津でほとりのある山の中を撮りました。

——ほとりのシーンはハッとするほど美しい景色が収められていますが、撮影ではカメラは工夫されたんでしょうか?

深田:あそこは奇跡ですね。普通に撮って編集で色調整や加工もしてないんです。Yahooのレビューで結構褒めてくれた方が“最後にCGを使ったのが残念”と(笑)。ロケハンの段階ではここまで綺麗になるとは思ってなくて。天候と光の具合で奇跡的な瞬間だったと思います。

——以前、リハーサルで作り込むことが理想とお聞きしましたが、今回もそのようにされましたか?

深田:時間と予算がないので、撮影前にメインの俳優さんを集めて一日か二日くらいです。優先順位を決めてやりましたが、重要視したのは俳優さんに馴染んでもらうことです。皆さんそれぞれ初めて会う方が多かったんです。台本は使うけど読むのはなんでも良くて、主にコミュニケーションを取ってもらう時間に使いました。

——動き方は細かく指示されますか?

深田:ベーシックな動き、こちらからこちらに歩くといったことは指示するけど、身振りやしぐさは自由です。逆に監督が言ってしまうと俳優さんがそのコピーになってしまいますから。僕が稀代の名優ならともかくですけど(笑)。

——鶴田さんが仕事を終えて片脚を椅子に上げてリラックスしてる姿など、大人の女性の色気と美しさを感じましたが、あれは鶴田さんから出た動きだったんですね。

深田:あれはいいですね!ああやって普段くつろいでいるのかも。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■理想はお客さんの想像力を信用すること、信用し過ぎないこと。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
——中盤までは、人間関係がわかるくらいの割合淡々とした会話で、掴み所がない印象だったんですが、西田教授と辰子さんの車の中での会話で雰囲気が一転します。
表面上は西田教授と海希江さんの関係をからかったり自分の生い立ちを語ってるんですけど、裏にある全く別の感情や意志で充満された空気がビリビリと伝わってきて。その危うさは居心地が悪いくらいの面白さで圧倒されました。

 このシーンを境に、言葉と裏にある感情の多重構成の面白さが倍増していきます。
最近はTVでも映画でも分かり易い表現が好まれる傾向が強い中で、こういった映画本来の面白さを提示することは強く意識されてますか?

深田:自分が出来ているかは別としてこうありたいという理想が、お客さんの想像力を信用することです。キャラクターの関係性さえきちんと作っておけば、台詞で分かり易く説明したり変わり易い演技で見せなくても、お客さんが関係性を汲み取ってくれるんです。

 自分にとって脚本を書くことは、キャラクターや出来事の点を打っていく作業。それが上手く打てれば、お客さんはその点をつないで星座にしてくれるんです。点の打ち方が上手くないとつながらなくなる。そういう意味ではお客さんの想像力を信用するし信用し過ぎないのが大事だと思います。

——途中で辰子さんがタメ口になっていくるところは、語っていることとは別の意識が裏で働いているのが分かる微妙な匙加減で、ゾクゾクさせられました!(笑)

深田:それはありがとうございます。(笑)

——その後の辰子さんの誕生日パーティーのシーンはアドリブだと舞台挨拶でお聞きしましたが。

深田:恋愛観について話してもらうのと、古舘さんと杉野さんにはある指示を与えました。編集でカットしたけど10分くらいおしゃべりしてもらって一発OKになったんですよ。

——過去にあったことも匂わせるセリフの応酬だったので驚きました。

深田:そこは俳優さんの勘の良さに期待しました。ある程度構成が出来てしまえばお客さんが勝手に想像してくれるはず。あそこはフリーハンドで行けると。そのためにそれまでの土台作りをねちこくしたんですよ(笑)。

——海希江さんが仕事に没頭しているのに対して、恋人の西田教授が自分が第一優先にされないことを怒ったり、一般的な男女のイメージと逆転しているように思いました。

深田:逆転の意識はしていないですね。自分の中の男性観、女性観がそういったものなんです。表現や芸術といったものは男性社会の価値観で作られてきました。フェミニズムも現れてまだ100〜200年くらい、映画は約100年です。西田教授は思い入れがあって、男性社会の象徴、僕自身にもある落とせない垢のようなものです。男性主義にある“愚鈍さ”が出るといいなと思って描きました。

——あるシーンで出てくる「汲み取れよ!」のセリフは象徴的ですね。

深田:あれは好きな台詞ですね(笑)。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■どんな価値観でも疑うことが出来る映画の面白さ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
——海外の映画祭で日本にない反応はありましたか?

深田:フランスでは日本人のコミュニケーションの取り方が面白がられました。
後は、エストニアとフランスでも出た質問が、映画で原発を扱っていることで、
「監督は今の日本に希望を持っているのか、絶望しているのか?」と。秘密保護法案が強行採決されて数日後で気分が落ち込んでいたので、「絶望しています」と答えました。それだけでは身も蓋もないので、「社会的ストレスが大きい国では優れた芸術が生まれるといいます。これから日本からどんどん面白い作品が届くでしょう」と言いました(笑)。

——それはいいお答えですね!原発のお話が出たのでお聞きしますが、太賀さん演じる孝史くんの背景を福島からの避難者としたのは何故ですか。

深田:原発を映画のモチーフにすること自体は基本的に抵抗はありません。この地面に三脚を置いて映画を作るということは、どうしたって福島と地続きなんです。作り手はそういった意識を持つべきだと思っています。福島というモチーフが出る出ないに関わらず、作るものに影響すると思っています。

 今回は直接的に福島からの避難者の少年を出したのは、気負いがあってのことではないんです。最初に原発というお題が与えられていたことの他に、今回の現場にも福島からの避難者がスタッフとして参加していたんですね。逆に言うと2012年の夏にたくさんの登場人物が出てくる群像劇のような映画を撮って、そこに一人も福島の関係者がいないのは不自然じゃないかと思って。

——深田監督はどのような立場で原発を描こうと思われましたか。

深田:僕自身は原発に反対の立場で、デモに行ったりするし、都知事選も原発反対の候補者に入れましたし。不在者投票で(笑)。
でも、映画を作る時に一番強く意識したことが、映画の面白さはどんな価値観でも疑うことが出来ることだと思っています。自分自身の一番信じていることでも疑うことが出来る。

 映画を自分の信条のアナウンスに使うのは、やはり豊かじゃないなという気がするんですね。反原発の立場を鮮明にしてメッセージとして訴える映画はたくさんあるし、優れた作品もありますが、時々虚しさを感じることがあるんです。
反原発のメッセージを打ち出すほどその最大の消費者が志を同じくする人になってしまう。それに感動する人もです。原発は怖いと思っている人たちの溜飲を下げるに留まっている気がして。原発は正しいと思っている人には多分届かないんです。

 原発反対のメッセージを直接的に描くより、原発があることによって生まれる不条理のような状況を描くことで、出来るだけ原発賛成反対に関わらず色々な人に染み渡るよう表現はないだろうかと思って描きました。

 結局この映画も原発事故をダシに使っているのでは?という見方も出来るんですけど、色々な題材を扱えば基本的にはダシにしていることになりますが、それを気にしていたら何も表現出来ないと思っているんですよ。

執筆者

デューイ松田

関連記事&リンク

■『ほとりの朔子』公式サイト
■シアター・イメージフォーラム
■シネ・ヌーヴォ

関連作品

http://data.cinematopics.com/?p=50772