SKIPシティ国際Dシネマ映画祭がセレクトした良質な作品の公開を支援するプロジェクト【SKIPシティ Dシネマ プロジェクト】の第一弾『未来の記録』が東京・大阪での公開を経て、6/11(土)京都みなみ会館に登場となった。

フリースクールを始めるために、古い家に引っ越してきた男と女(上村聡、あんじ)。前の住人が残したノートの“記録”から、家の“記憶”が呼び醒まされる。元教師である男が消し去っていた痛恨の記憶。一体となる死者と生者。繊細かつ鮮烈な映像美とドキュメンタリーと見紛うばかりの軋むような俳優たちの演技に圧倒される、狂おしいまでのパワーを秘めたデジャヴ映画だ。

俳優として多数の舞台や井口昇監督、西村喜廣監督の映画で活躍し、この作品が1本目の長編監督作品となる岸建太朗さんと、主演で舞台俳優として活躍中の上村聡さんにお話を伺った。










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■■まずは映画づくりのプロセスを疑うところから■■
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——まず『未来の記録』制作のきっかけを教えてください。

岸:始まりは4年前の秋、親しい友人の二人がほぼ同時に亡くなったことがきっかけです。少し変な話かも知れませんが、僕は友人の死を理解したかったんです。頭で考えた理解ではなくてより深い実感が欲したかった。人は誰しもいつの間にか生まれて、やがては死んでゆく運命にあるわけですが、映画という虚構の中から、本当に死んでしまった友人に対して“祈る“というか、そんな気持ちがあったと思います。そうやって映画という虚構から現実世界にコミットしていこうとしたんです。だから”未来の記録”は、この映画に関わった全員のドキュメンタリーでもあると言えるかも知れません。製作する過程のなかで僕たちが考えたり、発見したりしたことが徐々にシーンとして形になっていったからです。そうした探求を重ねるうちに、いつの間にか「未来の記録」という映画が出来上がっていたという、そんな不思議な感触ですね。

——時間がかかったのはどういうところに拘ったせいですか。

岸:最初にワークショップからやったんですが、その際僕は、参加して欲しい俳優やスタッフ全員に手紙を渡しました。ただ手紙と言っても、ある短編映画の設計図のような文章で、“完成の期日を決めない”とか、“9回作らないと出来上がらない”とか、ちょっと面倒くさいことがズラズラと書かれていました。じっくり腰を据えて映画や人と向かい合いたかったんだと思います。完成日に向かって焦って作るのを一旦辞めてみようと。それは3年半かかった最大の理由でしょうね。

上村:通例のやり方ならば、まず台本があって、それに沿って撮影スケジュールを決めて、効率を計りながらよりコンパクトに進めようとしますよね。準備や撮影が長引けばコストもかかりますし。だけど決まったプロセスに甘んじてしまうことで、一方では同じような映画が生産されてしまう傾向もあるかと思います。僕たちがやりたかったのはただ一点で、未だ見たこともないような映画を作り出すことでした。その実現のためには、むしろそれが生み出されるプロセスを一つ一つ疑って取り組んでゆくことが必要だったんです。まあ時間もかかるし中断もするし衝突もするしで大変でしたが、撮影現場での岸監督はなるべくイニシアチブをとらないように心がけていたように見えました。どんな意見であってもそれを一度受け入れて考えようとするんです。だから極端な話、「撮影、辞めませんか?」とさえ言ってもいいような、自由な空気があったと思います。

岸:監督として僕がやったのは、ただ、良い悪いを決めずに意見を“ひとまず聴く”ということだと思います。僕自分が“映画という場所”になろうとしたんです。あらゆる意見を受け止める、懐の深い地面になりたかった。例えば、「なんでも言っていいよ」とか調子良く言うのは簡単ですが、それを本気で実現しようとするとなかなか大変ですよ。それぞれ思っていることを十二分に引き出しながら、それでも破綻せずに映画を作り続けられるか。それだけがテーマでしたね。今考えればよくやって来られたと思いますが…。

上村:やって来られたのは、ただ楽しかったからだと思います。合理的に考えれば監督がジャッジすべきなのかも知れませんが、活発にアイディアを出し合いながら、映画が持つ可能性を広げようってことだったんです。自分のアイディアをプレゼンし合ったりしながら、あーだこうだと色々やりましたね。それがみんな退屈せずにずっとやって来られた理由の1つじゃないかと思います。

——プレゼンで一番白熱したのはどのシーンですか。

岸:子供を奪い合いうシーンです。『未来の記録』は、蓋をしたはずの過去が思いがけず蘇って、次第に“ある出来事の核心に迫ってゆく”という、時間軸が逆行したり戻ったりしながら進行していきます。大きな主題である“記憶が蘇る”その様を衝撃的に描くために、“核心にある出来事”のリアリティを、極限まで高める必要があったのです。そのために幾度も脚本を書き直したり話し合ったりしたのですが…、結局、答えが出せなくて、とうとう僕たちは脚本を破り捨てました。…それが“本当に起こった出来事”であるならのなら、実際に生きている人間達の結末を、映画や物語の都合で決めてはならないのではないかという気持ちが沸き上がったからです。破り捨てたページは、それ以前の時間を体感した俳優の実感が紡ぎ出すはずだと。現実の世界にやり直しがきかないのと同じように、一度切りの撮影を、全員で体感しようじゃないかと。

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■■俳優業が監督作に与えた影響は■■
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——岸さんは俳優でもありますが、俳優業が監督するにあたって与えて影響はありますか。

岸:僕は“カメラ役”を演じようとしていたんですよ。カメラマン役、ではなく“カメラ役”というのがみそです。道具に成りきろうとしたんです。自分の身体がビデオカメラと一体化することを目指して、カメラを買ったその日から修行を繰り返していました。“理屈ではないもの“を捕まえるには、撮ろうと思った時点でもう遅いんです。だから当時は、どこに行くにもカメラを持ち歩いて、狂ったように撮影していましたね。
思えばそれって俳優がする役作りの思考回路ですよね。だから、俳優業が影響を与えたっていうよりも、むしろ俳優のまんま映画を作ってる感覚です。よく「監督と俳優、どっちが本業ですか?」って聞かれることがありますが、今後からは、“カメラ役とか監督役を演じてます”って言おうかなと(笑)

——上村さんは舞台俳優であり、演出家でもいらっしゃるんですね。この映画では演出という形ではないかもしれませんが、みんなで一緒に作り上げるということを体験されていかがでしたか。

上村:今まで舞台を2本ほど演出させていただいて、岸さんに出ていただきました。『未来の記録』で僕たちが試みて来たことは、自分が演出家という立場で何かやるときも同じようなスタンスでやろうと思っています。僕が全て強いる訳でなく、俳優が色々なものを見つけて行けるような環境を僕が整える。さっき岸さんは“場であろうとする”っておっしゃってましたが、僕もそういうつもりでやりたいですね。
俳優として舞台に係る中で、迷いが生じたときに自分が主体的に動くことが一番大事だと、この映画を経て改めて感じました。

岸:上村くんには脚本、編集と映画のあらゆる工程に係ってもらったので、上村くんから教えてもらったことはすごく多かったと思います。あと音楽監督の大杉大輔くんも、音楽はもちろん、録音監督、脚本協力に至るまでとてもディープな立ち位置で参加してもらったのですが、この映画の基板は、大杉くんと僕とのやり取りの果てに着想したので、実際彼がいなかったら絶対今の形になってないと思います。そこに上村くんが加わることで、“3人寄れば文殊の知恵”じゃないですが、意見を交換し会う日々がとても楽しかったですね。ラストシーンは、三年の間に40回くらい書き直したのですが…そんなに改訂を重ねられたのは、上村君と大杉くんが居たからだと思います。

——印象的なエピソードがありましたら。

岸:出来上がった脚本を送った後、ある日上村くんから電話がかかって来たんです。「脚本どうだった?」って聞くと「ちょっとまだ自分の中に入り込んでないんで、もう少し読んでみます」って。それから数日の間に、脚本のことを大杉くんと話しながらイメージがどんどん膨らんで、全く違う脚本に書き換えていたんです。数日後、新たな脚本が出来上がった頃に上村くんから電話がかかってきて、「岸さん、かなり体に入ってきました」(笑)。

上村:もう違う感じで進んでいるのにね(笑)。

岸:「大体体に染み込んで来て、台詞をほとんど覚えました」って(笑)。

——どうお伝えしたんですか(笑)。

岸:「ごめん上村くん、今新しいのできた」。そしたら上村くんは、あ、分かりました」って平然と言うんですよ。それって人によっては怒ったりすると思いますが…上村君の声から、戸惑いの色が少しも見えない。あれにはちょっと感動しました。まあ僕が言うのも変ですけど(笑)

——素晴らしい切り替えですね。

上村:素晴らしいって言うか、おかしいですね(笑)。僕は今やってることがベストじゃないと思ってるんで、よりいいものが出来たらと思っているだけなんですけどね。

岸:探していた答えは、もしかすると永遠に出ないようなものだったかも知れません。人はいつの間にか生まれて、やがては死ぬわけですけど、一つだけ分かっているのは、“その先にも前にも、世界はあり続ける”ってことですよね。生きる進路と退路を絶たれて、もう死ぬしか無い、と心底実感した主人公が、“それでも世界に立ち続ける”ことができるのだとしたら…それには一体どんな身体が必要なのか。あるいは言葉が必要なのか。僕たちは単純な希望も、無責任な絶望にも、なかなか納得ができなかった。いずれにしても、何か“強度のある身体や言葉”を、必死に探していたような気がします。だからこそ、一歩一歩、地面を踏みしめて歩くほかなかったという。

上村:何より、そういう進み方を僕たちは楽しんでいましたね。

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■■鑑賞後、人と話したくなる映画■■
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——これから随時全国で公開されていく訳ですが、分かりやすい映画に慣れている方の中には、ひょっとしたら難解という感想を持たれる方もいるかもしれません。そういった方に鑑賞の仕方のアドバイスをお願いします。

岸:何かを見て“分からない”っていう感情はとても大切だと思います。おっしゃるように、この映画は一見時系列が複雑で、それに対してほとんど説明もなく進行しますから、もしかすると前半は特に難解だと感じる方も多いかもしれません。ただ公開が始まって、たくさんの方から「分からないからもう一度観たい」と言う感想を伺いました。実際複数回見に来てくれる方も結構居るんです。それはこの映画の分かりにくさが、想像以上に好意的に受け取ってもらえたということに違いないので、とてもほっとしているところです。だから、堂々と「分からない」と感じてもらっていいんだなと思います。そして、もし気に入ってもらえたら、複数回見に来て頂けたらと願っております。毎回、違った感想を発見できる映画ですから。

上村:「分からない」イコール「つまらない」ってことではないと思うんです。僕自身も分からないことはいっぱいあります。どこに自分が答えを出すかはその人にしか分からないんで、「自分なりにその答えを見つけよう」って思いながら見ていただけたらと思います。

『未来の記録』
監督:岸建太朗
出演:上村 聡 あんじ ほか
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<京都みなみ会館> 連日ゲスト・トーク開催 (21:05の回上映終了後)
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6/11(土)岸建太朗監督、西尾孔志さん(映画監督)
6/12(日)岸建太朗監督、松田正隆さん(マレビトの会 主宰)進行:西尾孔志さん(映画監督)
6/14(火)岸建太朗監督、伊藤拓さん(France_Pan 主宰)
6/15(水)岸建太朗監督、桑折現さん(dots 主宰)

横浜ジャック&ベティ(6月18日より)、名古屋シネマテーク(7月予定)など順次公開予定

執筆者

デューイ松田

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『未来の記録』公式サイト

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