湾岸エリアの超高級マンションで、12人の惨殺死体が発見される。犯人は普通のOL。高騰し続ける香港の不動産価格を背景に、彼女に何が起こったのか…?

3月10日、「大阪アジアン映画祭2011」に登場した香港映画祭の鬼才パン・ホーチョン監督は、こう言った。
「イタリア・ウディネ・ファー・イースト映画祭で上映した時は、3名が倒れて、その内の1人は余りのことに頭を打って入院してしまいました」

これが宣伝の一環か事実かを推し量るには、黒いサングラスの奥の表情は分からない。プレスシートによると、この映画祭では上映中に気分が悪くなる観客が続出し、その後の上映では汚物袋が配布される事態になったという。ホラー映画のスパイスとしては、こんな東宝東和の惹句のようなハッタリの効いたいかがわしさがよく似合う。

東京国際映画祭では特集上映『香港新人類—彭浩翔』が組まれ、社会風刺とウィットに富んだストーリー展開と独特の映像美に熱烈なファンを着実に増やしているパン・ホーチョン監督だが、劇場公開がなかったため一般的にはまだまだ認知度が低い。

監督作8本目にして劇場初公開となるのがこの『ドリーム・ホーム』だ。5月28日(土)より東京/シアターN渋谷、名古屋/シネマスコーレ、6月4日(土)より大阪/シネ・ヌーヴォ、ほか順次全国ロードショーが決定している。

また、『ドリーム・ホーム』の公開に合せ、「パン・ホーチョン、お前は誰だ!?」と題し、バラエティに富んだフィルモグラフィーから厳選された作品の特集上映も行われる。ラインナップは『夏休みの宿題』(99)『ビヨンド・アワ・ケン』(04)『AV』(05)『イザベラ』(06)『些細なこと』(07)の5本。こちらも映画ファンには見逃せない作品ばかりとなっている。

<上の写真:(C)ユナイテッド エンタテインメント>











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■■平均点のスプラッターなら撮る必要はない■■
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——今までのパン・ホーチョン監督の作品で描かれたサスペンス、コメディ、ラブストーリーといったジャンルから大きく変わりましたが、何故今回はスプラッターになったんでしょうか。

パン:グロテスクなスプラッタームービーが大好きで、子供の頃からよく観て来たんです。自分でもずっと撮りたいと思って来たんですが、あまりにたくさんスプラッター系の映画を観すぎていたので、それ以上にならないと撮る必要もないと思っていました。今回はプレッシャーもあったんですが、いいテーマを思いついたので撮ることに決めました。香港では住宅の価格が高騰して、最近香港人は家を買うことができない。でもみんな自分の家が欲しいんです。自分はマンションを買えないのにどうして他の人は買えるのか。秘密の工作をしてるんじゃないか!?と思っていたことからこの話を作りました。

——脚本は盟友のデレク・ツァンさんとジミー・ワンさん(★)が参加していますね。

パン:このストーリーが浮かんだ時に、2人を巻き込んで共同脚本でやりたいと思ったんです。この2人はホラーファンではないんですが、今まで、『イザベラ』や『AV』『出エジプト記』といったたくさんの作品を一緒に作って来て信頼していますので。これだけは観て欲しい作品をたくさん渡しました。『13日の金曜日』『悪魔のいけにえ』や、『呪怨』など日本のホラーが大好きなんです。会社で、実際に動作を試行錯誤しながら殺し方の研究をしました。彼らの参加によっていい作品が出来たと思います。

——ヒロイン役のジョシー・ホーさんが第2の犯行に及んだ後の表情が素晴らしく、理性を残しつつも強固な意志で殺人を犯したことが分かるシーンでした。彼女はこの映画のプロデューサーでもありますが、どんな方でしたか。

パン:彼女は非常に熱心に演技の研究をする方で、素晴らしい演技を見せてくれました。それだけではなくプロデューサーとしてもたくさんの投資をするし、いろんな機会を与えてくれます。この映画は彼女が脚本を見て凄く気に入って、「私が買って撮りたいわ」って話になったんです、脚本の段階では主人公が男で妹がいたんです。その関係を逆転して「姉と弟」の話というアイディアを出しました。僕も“それはいいなあ!”と納得して。お姉さんが一家の大黒柱としてひっぱっていく方がプレッシャーが大きいですからね。

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■■人間の心は残酷なものを求めているんですよ■■
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——徹底したゴア描写が家の中のものを使って行われているのが素晴らしかったです。また、ブラックユーモアが利いていて、体の一部が飛んでくるところなど物体としての動きが面白かったり、タバコを吸いたがっているキャラクターが撃たれると硝煙がタバコの煙に見えたりと、ホラーセンスが楽しかったです。

パン:実は人間の心は残酷なものを求める傾向があるんです。例えばコメディだと人が歩いていてバナナの皮を踏んでツルリと滑る。お客さんはアハハと笑う。何でかというと、ザマーミロと思っているから。惨たらしいものが好きだから逆に可笑しくて笑う。それと同じように残酷なシーンの中にブラックな笑いがあると面白いんです。
恐ろしい殺し方ってなんだろうって考えたら、家の中にあるものを使って殺すのがいいんじゃないかって思いついたんです。普通の人の家にはナイフや銃はないですよね。逆に生活の中のありふれたものが凶器に変わってしまうことが恐ろしい。家の家具を見ながら、これをどう使ったら人を殺せるかを考えて脚本を練りました。

——登場人物の会話も魅力でした。上の階に住む若い男たちの会話など、死亡要員のコマとしてではなく、生き方を垣間見ることができる台詞が面白かったです。愛人役のイーソン・チャンさんや友人たちとの会話もそうでしたが、どういうところに気を配って脚本を書いていらっしゃいますか。

パン:毎回キャラクターを表す時に、会話にはこだわります。というのも、一般的な映画ではキャラクターの台詞が映画の内容を説明するような台詞が多いんです。説明し過ぎて普段より言葉が多くなる。それってリアルじゃないし、好きじゃないんです。なるべく普段話しているような生活感を出しながら、少ない台詞の中で内容を補う台詞を心掛けています。

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■■注目!映像美と香港ホラーの常識を超えるリアル描写■■
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——また色彩設計の美しさにも目を奪われました。冒頭の殺人シーンの銀残しのようなクールな色合いと、子供時代の暖かい色合いの対比など。

パン:子供の頃の思い出は、誰でも同じように懐かしくて暖かいので、暖かい色調にしました。それが段々家の事情でプレッシャーがかかるようになるとゆっくりゆっくり精神的に追い詰められていきますよね。それで色調はクールになっていって、殺人を犯す晩は一番クールにしました。その後、どうなるかは観客のみなさんに観ていただいた通りです。

——回想シーンで香港返還の1997年から遡って1991年を表現するのに、窓ガラスに映るシルエットで表現されていたのも美しく印象的でした。

パン:この映画では、時代の変化を表す時には窓に映るように表現しました。CGで処理したんですが、今の香港でリアルに残っているものを撮るのが難しいんです。作った方がコントロールや表現しやすいんですよ。

——今までのパン監督の映画のファンだけでなく、ホラーファンが狂喜する映画ですが、最後にアピールをお願いします。

パン:今まで香港でもエグイ映画はあったんですが、実は嫌いだったんです。何故なら、殺人の大事な所でカメラはさっと避けるんです。実際に殺すような一番エグイ所を直接的に見せない。ディティールをきれいに撮れないから見せない演出になることもあって、嫌いでした。今回はカメラは避けずに全部リアルに撮りました。リアルな殺し方を見せたかったんです。ホラー好きな人はそこに注目して気に入っていただけたら…!と思います。

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■■パン・ホーチョン監督大いに語る・神は細部に宿る?!■■
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最後に、大阪アジアン映画祭の『ドリーム・ホーム』舞台挨拶で印象的だった、やんちゃっぷりを発揮したパン監督と観客のやりとりを紹介したい。

観客「とても優れた脚本で素晴らしい作品です。スプラッターでなくても十分感動すると思いますが...。」

パン「私もあえてスプラッターにする必要はないと思います。ただ、私が非常にスプラッターが好きなので自分の趣味のために作りました」(会場爆笑)

「男が大事なモノを切られるシーンがありますが、モノがドン!と投げ出されて血が流れつつ、縮んで行きつつ、白いモノが出てきつつという描写を、非常に細かくたくさん時間を掛けて作りました。短いシーンなんですが、マテリアルも一生懸命選びました。タイの特殊メイクの工房に発注しましたが、こだわるあまり、10種類のマテリアルで10本作ってもらって研究しましたので、そこをしっかり観てください!」(会場爆笑)

執筆者

デューイ松田

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