瀬々敬久監督の『ヘヴンズ ストーリー』が、第61回ベルリン国際映画祭にて国際批評家連盟賞、NETPAC賞(最優秀アジア映画賞)のダブル受賞を達成した。
4/17(日)、大阪市淀川区の第七藝術劇場に『ヘヴンズ ストーリー』凱旋公開の舞台挨拶に訪れた瀬々敬久監督。ベルリン映画祭のこと、東日本大震災が映画作りに与える影響について伺った。











■■■世界で通用する普遍性を持つ『ヘヴンズ ストーリー』■■■
——ベルリン国際映画祭の様子を教えてください。

ベルリンでは上映に立ち会いました。500席はあったと思う映画館なんですけど、チケットはずっとソールドアウトでした。上映終了後に質疑応答をしたんですが、普通、海外の映画祭では質問が来るんですが、質問がなかったんですよ。呆然としていたのかな(笑)。映画祭って面白くないと思ったら、途中で退席するお客さんもいるんですけど、誰も席を立たずに最後まで観てくれましたね。客層はいわゆる映画ファンで、年齢も性別もバラバラでした。

『ヘヴンズ ストーリー』は元々単館用に作っていて、大劇場を想定してなかった。手持ちのカメラは多いし、ライティングもそんなに組んでないんですよ。だから大画面で観ると、しょうがないなって感じはありましたね。
新作『アントキノイノチ』(さだまさし原作、岡田将生、榮倉奈々主演)の準備があったので、行ってすぐ舞台挨拶をしてとんぼ返りの状態でした。後で知り合いのドイツ人がメールで教えてくれたんですが、2回目の上映終了後には、スタンディングオベーションが起こったそうです。

——ヨーロッパでは、取材でどういった質問が出ましたか。

雑誌なんかの取材では、キリスト教の“天国”と絡めてタイトルについてよく聞かれました。映画で描かれているのは、キリスト教的なものとは違うじゃないですか。東洋的な思想で森羅万象で描かれた曼荼羅のような世界観で映画を作りたかった。復讐の是非を問うことより、その先の物語を描きたかった。そう説明すると納得はしてくれましたね。

——ドイツで受け入れられたのはどういったところでしたか。

映画批評家の大久保賢一さんと向こうで会ったんですよ。後でメールで教えてくれた話なんですけど、批評家連盟賞の審査員仲間だったエストニアの女性批評家は、会期中に『ヘヴンズ ストーリー』を2回観たと。難民が多い国なんで、子供の悲惨さは世界各国で共通していて興味深く観た、って言ってたらしいです。題材は日本に限定した話なんだけど、いろんな国でも通用する、感情を沸き立たせる何かがあったんでしょうね。

——逆に日本的で理解されなかった部分はありましたか。

理解できなかったという話ではないんだけど、人形の使い方について興味深そうにしてましたね。向こうの人はパペットって言ってました。人形が生きてるように見える岡本芳一さんの人形芝居が凄く珍しいみたいで、冒頭とラストをくくっているのが興味深かったんでしょうね。

分かりづらいって話では、村上淳さんの設定が分かりづらいとは言われましたね。警官がああいう事を副業としていて、役自体のリアリティがないってことで。村上さんだけは外部の視点の役回り。外から見ている感じ…当事者というより傍観者の視点にしたということを説明しました。

——今までたくさんの映画を撮ってこられて、ベルリン国際映画祭ではダブル受賞となりましたし、日本でもたくさんの賞を受賞(★)しています。『ヘヴンズ ストーリー』がここまで評価を受けたことに対して、どういったところが評価されたと思いますか。

作り方が一番大きかったと思うんですよ。1年かけて考えながら作っていった訳ですから。それが今までなかったんだと思います。作り方がそのまま映画の内容にも反映されていましたから。それは長い間協力してくれたスタッフと出演者がいて、だからこそ出来たことだと思いますね。

★:第84回キネマ旬報ベスト・テン 日本映画部門第3位/「映画芸術」誌 2010年度日本映画ベストテン第1位/第25回高崎映画祭 最優秀作品賞、最優秀主演男優賞(長谷川朝晴)最優秀助演女優賞(山崎ハコ)最優秀新人女優賞(寉岡萌希)/第65回毎日映画コンクール 脚本賞ほか5部門ノミネート

■■■東日本大震災後の映画制作について■■■
——映画制作に震災の影響は出てきていますか?

この映画は、茨城県の高萩で撮っていて、トモキとタエが住んでる団地の奥にはいつも工場の煙突が見えているんですけど、今回の震災で折れたってことです。撮影で一般家庭の部屋をお借りしたんですけど、そういった人たちも被災して一時避難していて、今はもう大丈夫らしいんですけど。

先日山崎ハコさんからメールが来て、廃墟でのミツオの発言で「ここに町があったなんて信じられない。僕たちでここに町を作るんだ」という台詞があるんですが、春にこういう事が起こって示唆的と言うか、唯一加害者であるミツオがこの台詞を言うことについて、色々考えるんだというようなことを書いてました。この映画は事件を描いてますけど、自分が悪い訳でも誰のせいでもないのに巻き込まれる。この震災も、誰が悪い訳でもないのに僕たちにもそういう事が起こってしまった。
『ヘヴンズ ストーリー』は事件の渦中に入っているように撮りたかったんですけど、それというのも、最近の事件は他人事じゃなくて自分たちの身の回りで起こるのではないかという事が、映画を作った動機にあって。インドネシアの津波や四川省で地震が起こり、日本でもそういうことがあって、もはや事件や災害は自分たちとは関係ない外国の出来事、TVの中の出来事ではないという事をこれからは考えていかないといけないんだと思います。

この映画は、憎しみが憎しみを作ってしまう“憎しみの連鎖”から始まります。最近考えるのは、命の連鎖みたいなこと。生命がつながって行くんだ、そういう風に考えていかないといけないのかな、と思いますね。

——ラストはそういう流れになっていましたね。これから映画を作られるときにはそういった変化が顕著になりそうですか。

変化はあるんでしょうが、現状を整理して考えるところまではまだ行ってないです。去年ナナゲイで『ヘヴンズ ストーリー』を上映した時は、春のこういう出来事が起こる前だし。これからお客さんにこの映画がどう観られて行くのかなって、自分自身でも確認したいと思っているところですね。

■■■女優・江口のり子の心を掴んだのは、ベルリン映画祭のW受賞よりも■■■
——最後に新作『アントキノイノチ』について少し教えてください。

『ヘヴンズ ストーリー』と遠からずの題材で、遺品整理業の話なんです。今、孤独死がいっぱいあって、団地で老人が独りで死ぬと、その部屋を片付ける人がいないんです。遠い親戚が片付けるのがしんどいので、遺品整理の人に頼んで部屋を片付けてもらおうとする。その仕事に新しく入ってくるのが岡田将生さんなんですよ。榮倉奈々さんもそこで働いていて、2人は心が傷ついた事件をそれぞれに体験していて、というストーリーです。今回も「死」は扱っているんで、自分の中で繋がっていると思ってるんですけど、中々今回も答えは見つからなかったですね(笑)。

『ヘヴンズ ストーリー』の出演者もたくさん出ていて、柄本明さん、渡辺真起子さん、吹越満さん、江口のり子さんと再会しました。可笑しかったのは、みんな会うと「ベルリンおめでとう」って言うんですけど、江口さんだけは「えっ何それ!何かもらったの?!」って(爆笑)。彼女はそんなことより、「頭脳警察のドキュメンタリー、面白かったー!」ってずっと言ってました(笑)。

執筆者

デューイ松田

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