「愛を乞うひと」で多くの映画賞を受賞、人間をリアルに描くことに定評がある福岡県出身の平山秀幸監督が、盟友である劇作家・鄭義信と再びタッグを組んだ渾身の自信作が『信さん・炭坑町のセレナーデ』だ。同郷である辻内智貴の原作をもとに、福岡市・田川市・大牟田市・志免町をはじめ福岡県のオールロケーションを敢行、エネルギー溢れる群像劇を作り上げた。

物語の中心となる美智代には『ラスト サムライ』で国際的な知名度を持ち、『ALWAYS 三丁目の夕日』『カムイ外伝』など人気作への出演が続く小雪。息子の守に『砂時計』で注目を集める池松壮亮、美智代に恋する信さんに『ROOKIES-卒業-』をはじめ、近年若手実力派の呼び声も高い石田卓也、さらに光石研、村上淳、中尾ミエ、岸部一徳、大竹しのぶと素晴らしい俳優陣が顔を揃えた。九州各地、数百人を超すオーディションから選ばれた子役たち、地元住民によるエキストラも加わり、骨太なヒューマンドラマが誕生した。

どこか懐かしさと切なさを感じさせる昭和30年代の日々をリアルに再現し、その中にある初恋、友情、家族愛といった人間の絆を描いた平山秀幸監督。本年度は『必死剣鳥刺し』が公開され、さらに来年には『太平洋の奇跡〜フォックスと呼ばれた男』が控えるなど、話題作が続々と公開される平山監督にインタビューを行った。



−−福岡県の田川市の炭坑の景色が印象的でしたが、あの風景はまだあるんでしょうか?

「あの風景はロケハンの時に見つけて、取り壊す寸前だったのを待ってもらって撮影をしました。現在はサラ地になっています。」

−−福岡出身の監督ですが、今まで福岡で撮ったことがなかったとか。

「舞台が福岡で、時代が昭和38年くらいという二つの要素が合う企画はなかなかないですからね」

−−池松壮亮さんを始め、光石研さん、中尾ミエさんと福岡出身の方も多く出演されています。

「地元出身の俳優さんは言葉のなじみは早かったですね。大竹(しのぶ)さんにしても、これは(彼女のデビュー作である映画)『青春の門(筑豊篇)』の織江の何十年後ねと言っていましたから。来た瞬間にセリフが九州の言葉になっていました」

−−福岡出身の役者さんならではのやりとりがあったんじゃないでしょうか。

「光石さんが江口のりこさんと別れるシーンがあるんですよ。『ならの』というのが、『じゃあね』という意味合いの九州の言葉で。そういうことが光石さんと分かり合えた。彼は北九州出身なんですが、今回の方言は博多にしますか、小倉にしますか、ということを聞いてくる。中尾ミエさんもそうですね」

−−大竹さん、光石さん、石田卓也さんという家族構成は映画『キトキト!』に似ているなと思いました。

「同じだと聞いて驚きました。しかも小雪さんの息子が池松さんということで、これは『ラストサムライ』です。まったく意識してなかったんですが、後からこんな偶然がと思いましたよ(笑)」

−−原作を読まれてどう思われましたか?

「福岡が舞台で、自分の子どもの頃の話と言うと、地元に対してハードルが高いというか、地雷を踏むような気持ちがあるわけです。だからといって福岡県だけで受け入れられる作品では、物足りないわけですから。その辺をどうするのかというのはありましたね。それから現代の視点から昭和を回顧するのはやめようと思いました。」
 
 
 



−−偶然ですが、小雪さんは『ALWAYS 三丁目の夕日』に出演されていました。比べてしまう方もいるのでは?

「最初はそう思ったんですけれども、作り手がこだわるほどお客さんはそんなにこだわってないんですよね。だから違うアプローチの仕方はあるだろうなとは思いました」

−−ハイボールのCMもそうですし、小雪さんには昭和の香りを感じることが出来て、非常にいい配役だと思いました。監督にとって小雪さんとは?

「やっぱり男側から見たある種の女神像、憧れ像みたいな存在だと思う。少なくとも僕が子どもの頃にはあんなきれいな人はいなかったですね(笑)。まわりはリアルだけれど、彼女だけはどこかファンタジー。彼女をキャスティングした段階で、そういうことになるだろうと思いました」

−−昭和が似合うのに昭和にはいない、ある種のファンタジー的な存在ですね。

「かといってそれを強調はしたくない。小雪さんには、僕らが昭和38年のマドンナに仕立てあげますから、あまり意識もして欲しくないし、無意識でもいて欲しくない。だから普通でいてくださいとは言いました」

−−信さんを演じた石田卓也さんも、順調に行かない人の役がうまいですね。

「卓也君は今回初めて組みました。彼がどういう風に小雪さんに惚れるか、距離を置くかということなんで、その辺になると俺、一番苦手なもんで・・・(笑)。男女のかけひきなんて演出したことがないんで、もうちょっと近づけとか、もうちょっと離れろとか、そういうことしか言ってなかったかもしれない」

−−信さんはここぞというときに、父親の死などがあって順調にいかない役柄でした。

「そこの部分は、(脚本の)鄭義信さんなんですよ。彼が書く人物は、いい人なんだけど、どこか不幸な人が多い。それはこの映画のテーマかもしれないですね。明るい不幸なやつを書かせると本当に彼はうまいんですよ(笑)」

−−鄭義信さんとのやりとりはどうだったんですか?

「最初に出てきたのは、アンポンタンという言葉だったんですね。なるほどなと思って。タイトルをアンポンタンにしようかと思ったくらい。この言葉に特に意味はないんですが、あの時代の空気がよく分かるんですよね。うまいなと思いましたよ。草野球の掛け声ということで、入りやすい入り口を作ってくれました」

−−信さんが美智代(小雪)の家の窓辺にひまわりを渡すシーンがとても印象的でした。

「実はある取材でひまわりは好きなのかと言われたんですよ。『学校の怪談』のときに、ラストシーンにひまわりが出てたことを思い出したと言われて。自分ではまったく意識してなかったんですが。ひまわりって神経質でないおおらかな感じがあって。」
 
 

執筆者

壬生智裕

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