『ユキエ』『折り梅』で家族の絆を描き、のべ200万人動員の大ヒットを記録した松井久子監督。待望の3作目に選んだ本作の題材は、世界的彫刻家イサム・ノグチの母レオニー・ギルモアの物語だった。

原作はドウス昌代の「イサム・ノグチ〜宿命の越境者」。香川県高松市のイサムノグチ庭園美術館でたまたま手にした同書に感銘を受け、推敲を重ねた脚本は14稿。作品完成までの道のりは7年にも及んだ。その松井久子の熱意に、フランス・セザール賞を受賞した世界的な撮影監督の永田鉄男や、アカデミー賞に輝く作曲家ヤン・A.P.カチュマレクなど世界で活躍する一流の映画スタッフが集結し、日米13都市にわたるロケ地での撮影を敢行した。

舞台は20世紀初頭のニューヨーク。文学の道に進む夢を持ち、希望に満ちた人生を送ろうとしていたレオニー。しかし、一人の日本人の青年との出会いによって彼女の人生は波乱に満ちたものとなっていく……。レオニーは彼を愛し妊るが、男は一方的に日本へ帰国してしまう。シングルマザーとなった彼女は、子供とともにアメリカと日本の二つの国で、困難な時代を生き抜いていく。我が身の不幸を嘆くよりも、潔く運命を引き受け、自分らしく生きていこう。それが彼女の信念であり、また我が子に伝えたいたった一つのことだった。イサム・ノグチと命名された子供は、長じて「地球を彫刻した男」として世界中にその名を知られる芸術家と成長していく……。

『マッチポイント』『シャッター アイランド』 のエミリー・モーティマーが激しくも凛としたレオニーの生涯を熱演。そして中村獅童、原田美枝子、竹下景子、吉行和子など豪華俳優陣がそろい物語をよりドラマチックに盛り上げている。

今回は、困難な時代に自らの意志で人生を切り開いていく、レオニーという一人の女性の切なくも力強い生涯を描き出した松井久子監督にお話を伺った。


−−イサム・ノグチの母親であるレオニー・ギルモアを映画化した本作ですが、彼女の何が監督を魅了したんでしょうか?

松井「だってこんなに映画の主人公にふさわしい人生を実際に歩いた人はいないじゃないですか。やっぱりトゥルーストーリーって強いと思うんですよ。頭で考えても、こんなにストロングな物語は書けません。たとえばアメリカのビッグな監督が、この人を知っていたら映画にしたいと思ったはず。そんな魅力的な人物をまだ誰も知らないんですから! この人を世に送り出さなければという使命感がありましたね」

−−確かにレオニーの人生はドラマチックですね。

松井「彼女の魅力を一言で言うなら、潔さですよね。潔いということは美しいことだと思っていますし、私自身そのように生きたいと思っています。愚痴や泣き言を言って、自分が犠牲者のように生きるのが一番恥ずかしい。特に女性はそういう風に陥りやすいんですが、自分で決断して、自分で選択して生きていくしかないですよね。だから責任は自分でとるしかない。
たとえその決断が間違いだったとしても、自分が死ぬときに、私は一生懸命生きた、私の人生良かったと思いたいじゃないですか。そのことをレオニーという人物のストーリーを借りて伝えられるのが魅力でしたね。

−−アメリカ人女性の人生を描き出すということで、脚本は大変だったのでは?

松井「台詞を英語にするという意味ではひとりではできなかったですね。今回はシナリオを14稿重ねたのですが、最終稿は3人目に出会ったデヴィッド・ウィナーという36歳のアメリカ人のシナリオライターが深くかかわっています。彼にはお母さんがいて、シナリオを読んだときに、自分のお母さんにだぶったと言っていました。カリフォルニアのどこかで市長をやっている結構強いお母さんらしいんですが(笑)」

−−14回改稿したそうですが、何が問題だったのでしょうか?

「一人の長い生涯を2時間ちょっとに閉じ込める作業が、上っ面というか、ダイジェストになってしまうということですね。私が飛びついたのは彼女の人生の強さなんですよ。だからあえてシナリオでストーリーテリングをやらなくてもいいんじゃないかと思ったわけなんです。それよりもワンシーン、ワンシーンを立ち止まって、レオニーが何を感じたのか、心の声を聞こうとしていたわけです。それは私たちの言い方で言えば、俳句を作るような感じなんですよ。たとえばブログでダラダラ書くよりも、ツイッターで140文字に閉じ込めるという。何を伝えて、何を捨てるのかということに時間がかかったということなんです」

−−撮影監督に永田鉄男さん、照明に佐野武治さん、衣装に黒澤和子さんと、そうそうたる面々がスタッフに参加しています。これは肩書きにとらわれやすい男性的な意見かもしれませんが、これだけの一流の面々と仕事をしようということに躊躇などはなかったのでしょうか?

松井「自分が得をするのに何で躊躇するの(笑)? たとえば私は『エディット・ピアフ〜愛の賛歌〜』を観て、永田さんとやりたいと思ったのね。それでうちに帰ってすぐにホームページを探して、コンタクト先を探して。彼に連絡をとったんです」

−−そのとき永田さんはどのようなリアクションだったんでしょうか?

松井「『「ユキエ」も「折り梅」も見ました。とても小品のいい作品でしたが、今度はああいう風にはいかないですよね』と言っていました。彼は優しい人だから、そういう口調でしたが、『松井さん、そういう大きいのが出来るんですか』というニュアンスを感じたんですよ。ですから、『だからこそ永田さんにお願いしたいんです』とお答えしました。そして佐野さんですが、『佐野さんに憧れていたので、日本でやるなら一緒にやってみたい』と永田さんが言うのでお願いしたわけです。黒澤和子さんは一番最初にアプローチした人なんです。この企画が実現したら、ぜひとも衣装を黒澤和子さんにお願いしたいと思っていて。私は映画界に生きていないから、組みたいと思った人と組んでいるだけなんですよ」

−−日本側だけでなくアメリカ側もすごい面々です。音楽にヤン・A.P.カチュマレクさん、衣装にアギー・ロジャーズさん、美術にジャイルス・マスターズさん……。

松井「それこそアギー・ロジャースさんは『カラーパープル』や『カッコーの巣の上で』をやっている人だし、ジャイルスは『ダ・ヴィンチ・コード』や『天使と悪魔』の美術をやっている人ですよね。そういう意味では贅沢な仕事をさせてもらいましたね。だからといって、みんなが私を軽く見るというのはなかった。常に私のやりたいことは何? と問いかけてくれて、それを実現しようとしてくださってね。彼らの姿勢で私が一番感じたのが、私という監督が女性か男性か、無名か有名か、どれだけ実績があるかということは、彼らにとって問題ではないということ。今、私が『レオニー』で何をやりたいかということだけに集中して、向き合ってくれることで、私はのびのびとああしたいこうしたいと言えましたね」

−−つくづく松井監督はパワフルな方ですね。そのパワーの原動力は何なんでしょうか?

松井「生きることに対して欲張りなんでしょうね。それと私は、自分が考えたことを共感してもらえることに一番の喜びを感じるんですよ。だからこういうものを作る人をやってるんだと思うんです。それは、『ユキエ』と『折り梅』という2本の映画を作って、日本中のたくさんの方々から『共感した』というリアクションを味わっちゃったことが大きいですね(笑)。それが幸せなんですよ。しかもわざわざ電車に乗って、お金を払って観に来てくれるなんて、こんな幸せなことはないですよ。それをちょっと知ってしまった。それをもう一回味わいたいとやっていくうちにここまで来てしまいました」

−−やはり全国で上映会をやってきて、ティーチインなりトークショーなりを積み重ねてきたことが大きいんですね。

松井「私はどの映画監督よりもお客様を信頼しています。私の2本の映画を広めてくれたのはお客さんだと思っていますから。ただしそれにはジレンマもあって、地方をまわっていると、福祉映画の松井さんというレッテルが貼られてしまうんですよ。それに対するストレスもあったので、今回は福祉の松井とは言われないぞと思っていました(笑)」

−−そういう意味では、前の2本と比べてスケールが大きくなった印象があります。

「やはり上映会形式では、映写状態も含めて、作り手の理想的な状態で映画が見せられないことがあったんです。もちろんそれでもある種のものは伝わるとは思うんですが、やはり映画館の大きなスクリーンで、ドルビーサウンドで上映したいと考えると、やはり全国ロードショーの形態を模索しないと。ただ、プレッシャーもありますよね。シネコンはお客さんが入らないとすぐにやめちゃうから。ま、そうなったらそうなったで、またゆっくりと各地を回って、上映会をしていけばいいかと思っていますが(笑)」

−−ただし、監督には「松井久子監督の第三作を応援する会 マイレオニー」と呼ばれる3000人以上の映画の支援者がいますよね。

松井「そうですね。これはかなり力強い存在ですよ。今回はシネコンで上映されるので、今までとは勝手が違いますが、ひとりでも多くの方に観ていただきたいですね」

執筆者

壬生智裕

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