母の病気を機に、5年ぶりに家族全員が集ったヴュイヤール家の面々がクリスマスに繰り広げる人間模様を綴ったアルノー・デプレシャン監督の『クリスマス・ストーリー』。61回カンヌ国際映画祭(2008年)のコンペティション部門に出品され、母親役のカトリーヌ・ドヌーヴが特別賞を受賞したこの作品は、マチュー・アマルリック、アンヌ・コンシニ、メルヴィル・プポー、エマニュエル・ドゥボス、キアラ・マストロヤンニ、ジャン=ポール・ルシヨン、イポリット・ジラルドらフランスを代表する豪華キャストのアンサンブル演技が楽しめる作品だ。
 ヴュイヤール家の三男で末っ子のイヴァンを演じたメルヴィル・プポーは、この作品に出演するに至ったエピソードを『ゼロ時間の謎』の来日プロモーション時に語ってくれたが、今回は“次男で一家の問題児アンリ”を演じたデプレシャン監督作品の常連俳優マチュー・アマルリックに話が聞けた。




Q=いつもクセのある役柄を演じていらっしゃいますが、今回の役アンリもまた捉えどころのない人物ですね。

A=俳優は、面白い監督と出会いがあってこそ色んな役柄を頂戴できるわけだが、それを楽しんでるよ。人生、何もなかったら退屈してしまう。一風変わった人物を演技という形で体験できるのは、とても刺激的なことさ。アルノー・デプレシャン監督の作品に関して言えば、彼独特の世界が既に構築されている。だから、そこに僕がすっぽりと入って演じてるって感じかな。

Q=演じられたアンリの行動の根源にある“家族への想い”というのは、どんなものだったと思われますか?

A=その質問はデプレシャン監督にした方がいいんじゃないの(笑)。『クリスマス・ストーリー』の撮影は3年前で、デプレシャンと話をしたのは、だいぶ昔のことだからね。でも確か、チャップリンのようにコミカルなところがあって、話をかき回すような人物を書きたいんだろうなと思った記憶はある。この作品に登場する人物は皆、それぞれに物語があり、色んな側面を持っているんだが、デプレシャン自身、一人一人をよく理解しようとは思っていなかった気がするね。各人の行動の理由や結果を描こうとしてないし、俳優たちも人物像をよく理解して演じようなんて気構えはなかったと思うよ。ただ、これまでのデプレシャン作品と少々違うのは、“男と女の関係”の描写だ。これは母親とアンリが病室で対面するラストシーンに如実に現れてるんだが、結局、双方がお互いを必要としている。対立し、争ってはいても、本当はお互いを思いあっていたという点さ。もちろん男女の関係といっても、今回は親子関係だし、年齢も違う。だけど、デプレシャンの映画ではこんな表現は初めてなんだ。

Q=デプレシャン監督はかつて、ご自分の演出について「指示を細かく出す」と仰ってました。『クリスマス・ストーリー』では、身体的、心理的にどのような指示がありましたか? また、マチューさんの方からアイディアを出したシーンがあったなら、お聞かせください。

A=デプレシャン監督は本当に指示が多い。だけど、その殆どは、手の動きや指の動きといった身体的な指示であって、「こんな風に思ってくれ。感じて欲しい」なんていう心理的な演出は一切しない。その人物の内面を動作で表そうとするんだよ。例えば、「あの窓の方へ行き、あっちを向いてくれ」だとか、「煙草に火を点けて欲しいんだけど、点けるのは左手でね」とかね、ものすごく細かい動作の指示が飛んでくる。あまりにも指示が多いので、感情を意識して演技をするヒマなんて全くない。彼独特のやり方なんだけど、面白いことに、そうすることで人物の内面が滲み出てくる。デプレシャンは、その手法で凄く感動的な作品を生み出しているのさ。彼が書いた素晴らしいセリフがあって、照明があり、編集もされる。“俳優”もそれらと同じ要素の1つ、道具でしかない。しょせん俳優なんて動物と一緒のようなものだから、アイディアを出すとか何とか言わない方がいいし、言うような俳優は殺した方がいいね(笑)。

Q=貴方が道路でドーンと倒れる印象的なシーンがありますが、どのように撮影したのか知りたくて堪りません。どんなトリックを使ったのですか?

A=料理と一緒でね、何でも明かしてしまうと面白くないでしょ。なので、“あんな風に倒れた”と信じてもらった方がいいと思う。舞台裏を知ると凄くガッカリするんじゃないかな。あまりにも単純だから(笑)。人間って、とても脆いんだよ。実際に、あんな倒れ方をしてたら死んでもおかしくない。でもまぁ、こうしてチャンと生きてるからね(笑)。それにしても、あの倒れ方は本当に変なアイディアだった。でも、実はね、デプレシャン作品では、この“人が倒れる”っていう描写は結構多くてね、隠れ主題になっているんだよ。

Q=俳優としては、「カット」の声を聞いたら、すぐ素の自分に戻れるタイプですか。それとも役を引きずる方ですか?

A=引きずるか、引きずらないは、監督や作品によって違う。デプレシャン監督の映画の場合、カットの声が掛かっても次の撮影に入るまでの間に脚本にはない指示が次々と出てくるので、まるで障害物競走をやらされているような気になる。次の障害物を倒しちゃダメだというプレッシャーに似ていて、指示された全ての動作と順番をこなすことに必死だから、素の自分に戻っているようなヒマはない(笑)。さっきも言ったけど、“手の動き”の指示がすごく多いのが、デプレシャン監督の演出の特徴なんだけど、三男役のメルヴィル・プポーと一緒にクリスマスツリーを飾る場面は、もうホントに大変だった。踏み台にのり、ただ楽しく飾り付けしているように見えるだろうけど、あのボールはこっちにやって、この星はこっちにやってと、全てにおいて手順があった。しかも、その合間には山のようなセリフを言わらなきゃならなかったんだからね(笑)。

Q=撮影したばかりの監督作があるそうですね。その作品について教えていただけますか?

A=『On Tour』って作品なんだけど、今、編集にかかりっきりになっている。アメリカのバーレスクのダンサーたちのフランス・ツアーの模様を描いた映画さ(笑)。面白い構成のストリップ・ショーを披露するダンサーたちの物語で、出演してくれたのは現役の女性ストリッパー。彼女たちは、みんな容貌も体型も生活感にあふれていてね、凄くイイんだよ。
 
 

執筆者

Y. KIKKA

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