本作品は『家族ゲーム』『間宮兄弟』『椿三十郎』など、話題作を世に送り続ける森田芳光監督の『(ハル)』以来13年ぶりの完全オリジナルである。
常に時代の先を捉えてきた監督の今回のモティーフは「お金」の使い方。サブ・プライムローンに端を発した世界的経済不況の真っ只中に生きる我々に、「明日の幸せのつかみ方」のヒントを教えてくれる。

「お金」の力や在り方だけでなく、人間の強い愛情がいかに大きな奇跡を生むのか——人を大切に思う気持ち、コミュニケーションを描く美しい物語だ。森田監督ならではの観客に思考をゆだねる演出手法にも惹きつけられる。

森田監督の集大成的作品である本作に、単独初主演作品となる小雪ほか、黒谷友香、井坂俊哉、山中崇、小澤征悦、小池栄子、仲村トオルという実力派かつ豪華キャストが集結した。

映画『わたし出すわ』の脚本・監督を務めた森田芳光監督にお話しを伺った。



——冒頭で、お金にまつわる格言、名言が文字のみで画面に出てきますが、何か意図はありましたか?

森田芳光監督「映画を見る前に襟を正していただきたいという意図ですね。お金に関してこういう考え方をもった人がいるのだ、と観客の方に感じてもらいたい。それをふまえて映画を見ると、また違った視点で鑑賞できるんじゃないかなと思います。」

——冒頭も含め、風景と静かな音楽の中に文字だけを映し出す手法が多かったのですが、あのような演出はどのように生まれましたか?

森田芳光監督「文字というのは抽象的なものですから、映像と文字を組み合わせてる事で、想像力が広がります。そのため多く使用いたしました。」

——小雪さん演じる摩耶が「わたし出すわ」と友人それぞれに言った直後、高校時代の回想シーンが始まり、セリフが画面に浮かび上がります。あの一つ一つのセリフには共通点はありますか?

森田芳光監督「5人が摩耶に始めて声をかけたセリフなのです。摩耶っていうのは自分から言葉を発することができない、世間話ができない人間です。しかし、摩耶に対して彼らは声をかけてくれた。摩耶はその言葉にとても勇気付けられた。声をかけてくれたというのは、自分のことを認識して頂いたと言う事で、摩耶にとっては忘れられない事だったのです。」

——摩耶が引越し屋さんの一人は10万円、一人には1万円を封筒で渡しました。この金額の違いは何なのでしょうか?

森田芳光監督「摩耶のサプライズテストみたいなもので、お金をあげると人はどういう反応を示すのか、というのを見ているわけです。日本人にはあまりなじみがありませんが、海外にはチップという心づけの現金があります。いかに自分にサービスしてくれたのか、それによって値段が違うわけですよね。摩耶が見て、一生懸命働いた人には10万円、ダメな人には1万円わざと差をつけて行い、その人たちがどのように反応をするか試したわけですね。」 

——見返してみると確かに10万円渡された人の方がきびきび働いているなと感じます。

森田芳光監督「見返せばはっきりわかりますね。先輩であるから、というのもあるのですが。」

——摩耶というのは、何をしてお金を稼いだ人なのですか?

森田芳光監督「株のトレーダーですね。」

——不正なお金ではない?

森田芳光監督「不正ではありません。ただ、世界中のインサイダー的な情報を取りやすい組織の中にいるトレーダーです。株の取引、〈利ざや〉でお金を得ています。」

——摩耶が意識のない母親と非日常的な病院の中で〈しりとり〉をするシーンが、印象に残っています。母親というのは脳に支障があるという事でしょうか?

森田芳光監督「そうですね。何らかの原因で脳が挫傷してしまった。また、映像として描いていないのですが、摩耶の父親というのは裏社会の人です。友人の川上の家に行った時に「摩耶ちゃんのお父さんには随分御世話になった」というセリフがあります。あそこで、ピンとくる人にはわかるんですね。摩耶の母親の病院のシーンではベットだけでなく、側面においてある掛け軸など映しています。あれは純日本的であった父親の名残です。全て細かく見てみると分かるようになっています。」

——そのような設定が映像で描かれていない分、観客は「何でだろう?」と考えるわけですが、そういう事を狙っているのですか?

森田芳光監督「そうですね。映画っていうのはやはり1〜2時間のものですから、その中で人の人生を語るなんて無理があるわけです。そのため、映画において一番の表現の仕方というのは、そこに存在があれば、その存在全てがわかるように描かなければ本来はだめなんです。例えば26歳の男がいたら、その男はこういう高校生だったとか、こういう生まれでこういう故郷でとか、そういう事を類推できるようなカメラワークや演出が不可欠です。それを今回は徹してやったという事です。」

——摩耶の母親の病院というのは、普通の病院とはかなり違いますね。

森田芳光監督「要するに、違法な病室なのです。あんな個室があるわけないし、最先端の科学と医学が集まる場所なわけです。」 

——仲村トオルさん演じる謎の男、溝口が「ここまで親孝行する人を僕は初めて見ましたよ。」というシーンがあります。この言葉が引っかかったのですが。

森田芳光監督「それが完全な皮肉ですよね。摩耶はお母さんが目覚めるために莫大なお金をかけているのです。友達には、「自分のためにお金を使わないの?」といわれているけれど、実際自分のために一番お金を使っているわけですよ。自分の母親とコミュニケーションするために。ある種の賭けですよね。」

——母親が意識を取り戻し、〈しりとり〉を返した最後のシーンは、胸にグッときました。意識を取り戻したのは、最新設備の医療からなるお金の力でもありますが、摩耶の愛の力でもありますよね?

森田芳光監督「その通りです。そこを理解していただければ、後のディティールはどうでもいいくらいです(笑)観客の皆様にも、そこでグッときてもらえればいう事ありません。」

——同窓生の男性3人はそれぞれ摩耶を慕っていますが、これは友情という形で理解していいですか?

森田芳光監督「はい、友情ですね。」

——山中崇さん演じる川上君は、特に摩耶を大切にしている感じが伝わりましたが。

森田芳光監督「家族愛を含めてですね。自分のお母さんが摩耶のお父さんに御世話になったという事も理由としてあります。自分の母親が摩耶のお父さんを知っていて、子供の頃から「自分たちの商売はマヤさんちのお父さんがいなきゃだめだったんだよ。」と聞いているわけですね。そのため川上としては一種の家族、親戚みたいに摩耶の事を想っているのです。だから、恋愛とは接し方がまたちょっと違うわけですよね。」

——小澤征悦さん演じる保利も同様でしょうか?

森田芳光監督「あれも、いやらしい事を言っているのは口だけであって、友だちとして大切なのです。」

——映画『わたし出すわ』は函館が舞台となっています。監督にとって函館の魅力は何ですか?また、函館の路面電車を映画に取り入れようとしたきっかけなども教えて下さい。

森田芳光監督「函館は観光都市でありながら、観光ルートが終わってしまうと、夜はあまり人が歩いていないんです。じゃあ寂しいのかっていうとそうではなくて、ライトアップされたデートコースのような道が多く、その感じがとても映画的・絵画的で気にいっています。それぞれ監督によって函館の風景がまた違った形で活きてくると思います。
路面電車に関しては、環境問題の影響で路面電車を活用しようという動きが世界的にありますよね。そういう事もを含めて取り入れてみたんです。」

——普段の生活で感じる、監督自身のお金の価値観を教えて下さい。

森田芳光監督「例えば、恋愛の中でのお金の価値観ですが、本当に好きな人同士だったら公園でパンをかじるだけでも語れるし、幸せだと思うんですね。クリスマスにいいホテルでいい食事をする良さもわかりますが。本当に質素な舞台設定でも、好きな人同士だったらお金はそれほどいらないと思うのです。心の問題だから。 
しかし自分の好きな人が病気になったりとか、自分の好きな人の親が危なかったりしたらお金は使うわけだし、そこでのジレンマっていうのはありますよね。」

——完成披露会見の際に、監督は「もし大金をもらったら、その金額に見合う映画を作って、皆を幸せにしたい。」とコメントしていますね。

森田芳光監督「はい、その気持ちは変わりません。僕はそれが人のためになると思うし、映画しかできないですからね。」

——映画監督になりたいと考えている方に、成功のアドバイスを教えて下さい。

森田芳光監督「何が成功で、何が失敗かわかりませんが、自分に対する自信ではないでしょうか。他の人からだめだ、と言われても自分が自信を持たないと崩れますから。ヒットしたからその映画がいいとは限りませんし。ただ、自分が信じている人たちが好きな映画を撮り続けたいなとは思います。」

——ポスターやイメージカットで摩耶はジャージを着ています。また、黒谷友香さん演じるサキと買い物の最中で摩耶が「ジャージが欲しい」と言うシーンもあります。何かジャージにこだわりがあるのですか?

森田芳光監督「チープなものでも摩耶にとっては豊かである、という事です。サキは、まさか摩耶がお金を持っているとは思っていません。つまり、摩耶は存在としてとてもお金持ちなのに、サキは後で説明しなければわからなかった。そして、ジャージを欲しい、というだけで彼女が貧乏人だと思い、サキは彼女に服を与えたりします。そんなサキに「わたし出すわ」とお金を与えたら、かえって彼女を傷つけるんじゃないかと摩耶は思うのです。だから、最後に摩耶がお金を渡したのはサキなんです。彼女にはそういうデリカシーはあるんです。」

——監督自身が脚本を書かれているわけですが、リアルな女性同士の会話描写に驚きました。どうしたらあそこまで自然に女性の会話を再現できるのでしょうか?

森田芳光監督「街を歩いてて、小耳に挟んだ女性の会話を取り入れています。それしかできないですからね(笑)」

——この映画を通して一番伝えたい事を教えてください。

森田芳光監督「お金っていうのはある種のコミュニケーションだと思うんですね。助けたい人を助けるためにも、自分が何かになりたい!と思った時にもお金が必要になる。お金を人に投資する事で今までになかったコミュニケーションが作れる。でも結局、コミュニケーションっていうのは人の心なのです。人を大切にする心や愛情をどうやってはぐくめば良いのか、そこが一番伝えたい事です。」

執筆者

椎名優衣

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