全世界の映画賞54冠!『レスラー』ミッキー・ローク、インタビュー
全世界の映画賞54冠!
本作は、2008年ヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞を皮切りに全世界の映画賞を総なめ、またアカデミー賞では主演男優賞と助演女優賞の2部門にノミネートという快挙を達成し、世界中の映画ファンの注目を集めている。
金、家族、名声をも失った元人気プロレスラーのランディ。肉体の限界という悲哀を背負った中年プロレスラーにミッキー・ロークは自身の波乱万丈な人生を投影させ、観客の心を揺さぶる魂のパフォーマンスをみせる。そんな彼を脇で支えるのは、『いとこのビニー』のオスカー女優マリサ・トメイ。不器用な主人公を不器用に愛することしかできないストリッパーを好演。主人公の娘役には繊細な演技で魅了する個性派エヴァン・レイチェル・ウッド。監督は、『π(パイ)』、『レクイエム・フォー・ドリーム』で脚光を浴びたダーレン・アロノフスキー。さらに、ロークと親交のあったブルース・スプリングスティーンが主題歌を提供している。
誰も避けることの出来ない老いと孤独。迫りくる死の影。その足音を間近に感じながらも、自分が最も輝ける舞台に舞い戻っていくランディの生きざまは、哀しく美しい。そう痛烈に感じさせるランディの勇姿には、誰もが盛大な拍手を送らずにはいられないだろう。
ミッキー・ローク(以下、MR): 悪いな、眼鏡(サングラス)かけたままで。これがないと見えないんでね。
Q:昔の自分に戻った感じがしませんか?
MR:昔の自分!?とんでもない、戻りたくなんかないよ!絶対にゴメンだ。『ノー!』だよ。
Q:でも、名声は戻ってきましたよね。
MR:14年も経ってね。なんていったらいいかわからないんだ。「カムバック」した気分は、と聞かれると、「カムバック」を辞書で引いて、ちゃんと定義してくれと言ってやるんだ。サンドイッチを食べに戻ってくるのもカムバックなら、イラクに行って片脚を失くして帰ってくるのもカムバック、仕事に復帰するのもカムバックだろ。みんな意味が違う。オレの場合は14年かかった。幸いなことに、オレを認めて味方してくれる監督がいて、オレのためにとことん闘ってくれた。金儲けに『ノー』と言ってくれたために、かつかつの予算を余儀なくされて。オレの4倍は金の集まる俳優より俺を信じ、その俳優に代えてオレを起用してくれた。そんな監督のためだったから、オレが久しくしてなかったことをしたのさ。オレの全てを賭けること。学生の頃、なぜ、自分の能力の許しうる最高の役者になりたかったのかを思い出した。すごくいい気分だったからさ、とことん全力を尽くすっていうのは。誰かがオレを信じ、リスペクトしてくれたって、たったそれだけの理由からね。監督はオレの信頼とリスペクトを勝ち取った。オレのほうも彼の信頼とリスペクトを獲得した。
Q:この作品はあなた自身のストーリーと重なる部分がたくさんあって面白いと思うのですが。
MR:これは本当に偶然なんだ。テーマになる素材があるものだしね。オレ自身の人生にここが似てるとかあそこが似てるとか確かによく言われるよ。オレは「そうかもね」とか答えながら、恥辱でいっぱいになって、つい渋い顔になってしまう。でもその反面、役をもらって、ほっとしたんだ。自分がもう落ちぶれた、大成しなかった役者だということを思い知らされ続けていたから…。でも、静かにさっさと消えてしまうつもりオレには毛頭なかったんだ。オレのエージェントが仕事を捜してくれてた時、あるスタジオが「うーん、彼はいい役者だけど、自分でチャンスを全部、台無しにしちゃっただろ?」と言ったらしいんだ。やつらの言い分を要約すれば、そういうことだったのさ。当時、オレはまだ若くて、プロフェッショナルであるとはどういうことか、てんでわかってなかった。責任を取るとか、自分の行動がどんな結果を招くかなんてことにはハナも引っ掛けなかった。そういうふうに育ったというのも大きな理由だろうけど、ハードな面は自分で意識的に育てたふしもある。精神的にも、肉体的にもね。
14〜15年前、全てを失なったんだよ。家も、妻も、金も、キャリアも、自尊心も失くして暗闇の中に立っていた。暗闇の中で、鏡の中の自分の姿を見つめて、「こんなにしたのは誰だ!?」とね。雷光の中をよろめくように歩いていた晩、稲妻に照らされて、鏡に映った自分の姿をふと見てしまい、赤ん坊のように泣き叫んだ。「こんなにしたのはこのオレ自身だ!」
「立ち上がれ」と言ってくれる人がいた。だから、なぜ自分が自己破壊に走るのかを理解するまで助けてくれる人を捜しまわったんだ。なぜそういった行動をとってしまうのか…あらかじめ決まっていたかのように、得たものをすぐさま破壊せずにいられない。まるでそれを待っていたかのようにね。爆発してしまうんだ。でも、これは避けられないことだったんだ。これは、ずっとルールというものを自分の信条として持たなかったせいで、オレの目には全てのものが権威と映ったからなんだ。要するに、オレには自分を強く恥じる気持ちがあり、その問題を隠すために肩を怒らせて、「ハードマン」を装って歩き回っていたってことらしい。そのほうが、自分が取るに足らない、ちっぽけなヤツだと感じるよりずっと楽だからね。そんな自分をオーケーだと認めて、鎧を脱ぎ捨てる必要があった。医者が、「あなたの鎧は強固で、しかもすごい量ですね。もう戦いなんかどこにもないんですよ。200年前に生まれてたら使い道もあったのに、残念ながら、今の世の中では使えないんですよ(笑)。現代の世の中で、そのままで生きていくのはとても無理ですよ」とか言ってたな。せいぜい1年か1年半かそこらで変われると思ったんだけど、10年以上かかったね。5?6年ボクシングをやって、役者に戻ったけど、8年間ほど、仕事がほとんどもらえなかった。それはオレ自身の態度が災いしていたということは100%認めるよ。
Q:ランディはリング上で死んでも良いと覚悟し、試合に臨みます。あなたにとって、リングにあたり場所はスタジオということになりますが、自分をランディと重ね合わせ、演じるというより、自分のことのように感じたりしましたか?
MR:うん。ちょっと回りくどい答え方をしていいかな。
脚本を読んだ時点で、ランディは確かに自分と似ていると思ったけど、自分、すなわちミッキーはとても幸運だと感じたんだ。オレは、貴重な助言をくれる人たちに、コンタクトしようと思えばできる立場にいるからね。進むべき方向とか、アドバイスとか、どのように理解すれば良いのかとか…。
脚本を読んだ時、ランディはそういったアドバイスをもらえない立場にいるんだとわかった。自分の絶頂期はすでに来て、そして過ぎてしまったんだということが理解できるような生き方をしていない。それほど彼は知的ではないし、ラッキーでもないし、教育も十分受けていない。生き残りたければ、自分の方が進化し、変わって、自己改革し、残された日々をきちんと見据えて、それに備えなければいけない。でも、彼にとってはリングのライトの下、それが全てなんだ。ライトの下にいるほんの短い時間だけがね。でも、ライトはいつか消されてしまう。
この映画は普遍的だと思うんだ。フットボール、ラグビー、テニス、いろいろなスポーツの選手みんなに、その瞬間はやって来る。バスケットの選手にもね。歳をとったなと思う瞬間が必ずやってくる。それは31歳かもしれないし、33、34歳かもしれない。サヨナラと手を振られて、他のチームに安く売り飛ばされたり、もっと若い、強い、速い選手に取って代わられる。選手生活を送ったことのあるヤツならみんな、この映画の登場人物たちの経験に共感できるはずさ。彼らはパフォーマンスを向上するクスリなんかを常用して、全盛期の頃の鋭さを取り戻そうとしたり、平然と、絶頂期の栄光がまた戻ってくるのを望んでいるけれど、パーティーはもうお開き寸前なんだ。それが現実なんだよ。
Q:出演料はゼロというのは本当ですか?
MR:最低限のギャラはもらった。映画の出演料としては十分とはいえない少額をね。
Q:ギャラが目的ではないということですね?
MR:そういうことだ。ダレン・アロノフスキーの映画でなければ、出演はしなかった。
いいかい、彼はここにいる誰よりもアタマがいいんだよ。
Q:そうなんですか?ラインディを演じるにあたってあなたから監督に出したアイディアなどはありましたか。
MR:会う前に、彼のことをちょっと調べてみた。過去の作品を観た限りでは、執拗なくらい、革新性を追及する監督だと感じた。思いもよらない方向から見る者に飛びかかってくる。テーマとして取り上げる素材に大博打をうつ。彼に初めて会う前にオレが得たこういう情報は、昔、フランシス・コッポラについてオレが集めた情報を彷彿とさせた。コッポラは『ワン・フロム・ザ・ハート』なんていうミュージカルも作れば『地獄の黙示録』も作るし、他にもずいぶんメチャクチャなスゴイやつを撮ったかと思えば、『ランブル・フィッシュ』で違う方向に飛んでいって、今度は全然別の方角から跳ね返ってくる。そんな感じ。ダレンも、オレは本気で金を賭けたっていいけど、ある種のスポーツ界でよく言う、「30年に1人の逸材」ってやつだと思うんだ。ものすごく長い、輝かしいキャリアを享受するやつらの1人なんじゃないだろうか。
彼に会ったとき、まず「いいかい、これから言うことをちゃんと聞いてくれ。何もかも、僕が言うとおりにやってもらうからね。時間厳守。クラブなどでの夜遊び禁止。スタッフの前で絶対僕に対して不遜な態度をとらないこと。これが守れたらギャラを払うから。」オレは「こいつ、なかなかやるじゃないか」と思ったね。
Q:今までそういった監督はいなかったんですか?
MR:オレに面と向かって言った監督はいなかったね。それをダレンのやつは、あのかわいいピンクの指をオレに突きつけて言ってのけたんだぜ。(笑)
Q:ジョナス・オークランド(訳注:スウェーデンのミュージシャン,Jonas Oakland??)からよろしくといっておいてと頼まれてますので、忘れないうちにお伝えします。クリスマスのちょっと前に、一緒に映画を観たんですよ。
僕は、プロレス業界がこの映画をどんな風に受け止めているのか、とても興味があるんですけど。
MR:オレはボクシングをやってたから、プロレスには一切敬意を持ってなかったんだ。台本通り、振り付けどおりにやるなんて、クズだと思ってた。ところがだ。レスリングのトレーニングを始めたら、すぐ病院通いになった。1週目、3週目、4週目、6週目。脚がやられた、膝がやられた、首がやられた、腰骨L5がやられた、腰がやられた。自分の2倍はありそうなデカいやつにひょいと持ち上げられて、ぶん投げられる。ロープを使ってフリップしようとして、失敗してひどい目にあう。レスラーのキャリアが、まあ13年として、彼らは、最後のほうでは、靴紐すら満足に結べなくなってくる。
80年代の伝説的レスラーたちがLAでのプレミアに来てくれたんだ。彼らを本当に尊敬しているよ。でも、みんな嬉しそうに登場してくれたんだ。リック・フレアー(Ric Flair)、ロディー・パイパー(Roddy Piper)が映画を観て、泣いていた。一世を風靡した男たちなんだぜ!彼らの世界を描こうとしたオレたちの努力を、そんなふうに喜んで受け入れてくれるなんて、これ以上の賛辞はないよね!認めちまうと、部外者のオレたちがレスラーの世界を映画にしたことを、当事者たちはどう思ってるんだろうかと、内心ものすごくハラハラしてたんだ。リック・フレアーから携帯にメールが入り、会いたいという。で、フォー・シーズンズで会ったら、がっちりハグしてくれて「サンキュー、ブラザー、オレたちのやってることをリスペクトしてくれて。お前はオレたちの仲間だよ」と言ってくれた。最高の誉め言葉だと思わないか?
レスラーたちには強い仲間意識があってね。一緒にドサ回りしたり、ガソリン代や食い物を分け合ったり、テクニックを教えあったりするんだ。試合は多分にチームワークだからね。お互い、相方に頼るところが大きい。そして相方に対する信頼がなければ成り立たないし、その信頼が強ければ強いほど、互いにすごいワザを繰り出せて、客を熱狂させられる。レベルの違う振り付けや高度な運動能力が必要なワザを披露できるからね。オレがその存在すら知らなかったような高度なやつをさ。彼らはライトの下の一瞬、そのためだけに生きる。客のアドレナリンが噴出する。それを浴びて、彼らは自分を極限まで駆り立てるのさ。人体の能力の限界を超えてね。だから鎮痛剤が要る。酒や、ステロイドが要る。止まれない、止まっちゃダメなんだ。
みんな、ダレンになぜこの映画を作ったのかと訊ねるんだが、それは、ダレンがでかい脳ミソを持ってるからだと思うよ。ダレンはオレに「でかいイチモツを持ってるからだ」と言ってもらいたいだろうけど、脳ミソと言っておくよ(笑)。ダレンは、レスラーたちの心理が読めて、彼らを突き動かしているものが何かわかるからなんだな。彼らは珍種なんだ。彼らは稀な種類の人間達なんだよ。筋トレのシーンを観ればそれがよくわかるはずだ。ステロイドの情報を交換したり、女や酒のことも含めて互いを助けるためならなんでもする。
そういう仲間意識は他のスポーツではめったにないだろう。特定の1人や2人となら、もしかしたらあるのかもしれないけど…。ちょっとバイカーズ・クラブに似てるかな。
Q:『レスラー』はコンペにも出品されて、あなたの名前もずいぶんいろいろな賞でささやかれていますが、受賞を期待していますか?
MR:オレは何も期待してないよ。舞踏会に招待されただけでうれしいよ。(笑)
Q:アカデミー賞なんかはどうでしょう?
MR:16年前のオレは、期待で一杯だった。でも、自分でその可能性をつぶしちゃったからね(苦笑)。誰かの言うように、「自分で自分の足を吹っ飛ばした」ってやつさ。質問をはぐらかせちゃって悪かったね。で、それからなんだっけ?
Q:アカデミー賞です。
MR:いいかい、オレたちはこの映画の配給元を見つけられるかどうかさえ、わからなかったんだぜ。わずかな制作費で映画を作って、ベニスに持ってった。そこでぶっちぎりの成功を収めて、金獅子賞を獲った。なかなかの快挙だ。40年の歴史で、アメリカ映画はたったの3本目だっていうし。でもまだ配給元がない。それから、トロントへ持ってった。そこでフォックス・サーチライト(Fox Searchlight)といういい配給元を見つけた。それでキャンペーンにもっと資金を投入できるようになった。オレたちの成功を信じてくれてるからね。というわけで、オレも以前ならやらなかった仕事をこうしてこなしてる。エンジンがちゃんと回り続けるように気をつけてるってわけだ。
今、このポジションにいるってことを、本当にラッキーだと思うんだ。14年間という余りにも長い期間なんで、よくわからなくなってて、12年とか13年とか言ったりもするんだけど、実際は16年かもしれない(苦笑)。延々ベンチを暖めた後だしね。あんまり長く座ってたもんで、ケツにこんなにでかいトゲが刺さっちまった(笑)。
Q:ブルース・スプリングスティーンが『The Wrestler』という楽曲を提供しています。それはあなたとブルースとの友情から生まれた曲だと言われていますが、その経緯を教えてください。また、この曲をどう思いますか?
MR:すごくいい曲だよね。ブルースに手紙を書いて直接オレが頼んたんだ。そしたら快く引き受けてくれてツアー中に、この曲を書いてくれた。オレへの友情の印として作ってくれたんだよ。
MR:本当に気前のいい人間なんだよ。アクセル(ローズ)や、スラッシュも本当に心のやさしい人達なんだ。
Q:オスカー、獲れるといいですね。
MR: (黙ったまま笑っている)。
Q:きっと獲れますよ。みんなで応援しています。
MR:(にっこり笑いながら)ありがとう!
執筆者
Yasuhiro Togawa