科学が進歩した近未来。大気圏外で殉職した宇宙飛行士・高原耕平はクローンとしてよみがえる。その現実を受け入れられない妻らが見守る中、彼はある場所を目指して旅立つ…。そこは少年時代の記憶がよみがえる懐かしい故郷だった…。

クローン技術がもたらす生と死の矛盾を、日本古来の伝統的な死生観によって深く見つめた映画『クローンは故郷をめざす』。国際的に優れた脚本に与えられる、サンダンス・NHK国際映像作家賞2006受賞作品となっている。さらに2008年東京国際映画祭「ある視点」部門でワールドプレミアとしても上映されている。本作は単なるSFストーリーではなく、幽玄な静けさに満ち、忘れかけていた日本の美しい風景など圧倒的な映像美で描かれている。

今回映画初主演となる及川光博が、孤高で気品ある存在感をもって、宇宙飛行士・高原耕平役と、耕平のクローン2役という全部で3役を演じ分け、難しい役所に見事な演技で臨んでいる。独自の美意識で作り上げられた固有の世界観を持ち、「ミッチー」の愛称で広く多くの人に親しまれている、及川光博さんの合同インタビューで、本作に関するお話し、及川さんの素顔に迫った。



Q本作は及川さんの「初主演作品」ということで多くの方々が楽しみにしています。そんな及川さんにとって、この作品をみる方々にどういった思いがあるでしょうか?

(及川さん) この作品は、観てくれた方それぞれ別の感想を持つと思う。そんな人それぞれの感想に、僕はとても興味がある。本作には明確な結論がない。だからこそ、完結しているものかもしれない。ラストシーン主人公、(及川さん演じる)高原耕平の姿に、何を感じるかが大切なのではないではないだろうか。個人的には、「生きていこうという覚悟」「生きているという事実」を描いたものだと思っている。生と死、魂と肉体について考えさせられることの多い作品だと思う。

Q:今回の及川さんの演じる役は、とても細かく繊細に役を作り上げ、「今までにはない」及川さんの一面をみたような気がしました。本作の撮影は「とても大変だった」とお聞きしましたが、そんな苦悩を感じながらも、表現者として、ここが「楽しかった」という喜びを…お教え下さい。

(及川さん)監督の本作にかける思いが強く、要求や指示もかなり細かくて、ノイローゼになるかと思った(笑)。そこまで、自分をおいつめて、なお心が折れなかったことが出演してよかったと思えるところ。もちろん、過去何度も大変な作品に出演したことはあった。例えば、『キューティーハニー』で、顔を白と黒に塗りわけられたり…(笑)。「白い巨塔」で演じた弁護士役の長台詞も本当に緊張したし。でもやっぱりこの作品が過去最高に疲れた(笑)。クランクアップした時は、心の底からホッとしたね。

Q常にどの作品に対しても、及川さんの「全力で取り組む姿」は伝わってくるのですが、今回の作品を通じて表現者として、得たものは大きかったと思うのですが…?

(及川さん)僕の性格は、どちらかといえばSなんだけど、Mに目覚めたかも(笑)。アーティスト活動をしている時の僕は、プロデュースも演出もダメ出しも全部自分でやる。それを今回は全てを監督に委ねた。そうすることによって成長できたと思う。撮影中、監督がなかなか「OK」を出してくれない。そうすると、当然ストレスもうまれる。でも、撮影が中盤にさしかかっていく中で、一発で監督から「OK」が出るようになって…それはとてもとても嬉しかった(笑)。人として器用な方であるとは思うけれど、積み重ねてきたキャリアをとっぱらって、カメラの前に立つということが、これほど恐ろしいものなのか…、という良い経験をさせてもらった。パブリックイメージや、「ミッチー」というキャラクター性を全く必要とされなかった現場であり、それは僕自身チャレンジすべきことであったと思う。

Q:今回の作品に出られた経緯はどういったものなのでしょうか?

(及川さん)以前から監督は、僕に注目してくれていたようで…オファーを頂いたことから。最初にオファーを頂いたのは二年前。マネージャーから一報を聞いた時は、「あぁ〜、僕の顔がクローンっぽいからかな?」と思った(笑)。でも、監督はぼくのエンターテイメント性やサービス精神を必要としていたわけではなく、僕の「内面性」を暴きたいという欲求があったようで。そうして実際に台本を読んでみたら、「これは、真剣にとりくまないと、いけない」と感じた。また演技者として「パブリックイメージやキャラクター性を取っ払いたい」と思っていた時期でもあり、出演することに決めた。

Q:本作を全て演じ終わり、「ほっとした」といいましたが…役を演じたことで達成感を得たりはしたのでしょうか?

(及川さん)達成感は…非常にありました。へとへとでぼろぼろになったけど…。約2週間、山奥にこもり、世間との繋がりを断ち切られた状態でずっと撮っていた。そうすると自分自身の顔の表情も、声のトーンも変わる。うさを晴らせない状態が来る日も来る日も続いた。で、雨にうたれ風に吹かれ、川にも入り…。それが功を奏したのか、スクリーンの中の自分をみて、本当に「孤独」だなと(笑)。でも、それが監督の作戦であったら、本当にすごいよね(笑)。

Q今回演じられた役は、普段テレビで見る「ミッチー」の姿と、やはり全く違うものだと思います。そんな普段の「ミッチー」と、今回演じた役というものに対して…?

(及川さん)職業としては「ミッチー」のほうが楽(笑)。ただね、自分の内面とむきあわなければならない状態になった時、「演技者」として、僕がどれくらい魅力的なのかを知っておきたかった。だから、この作品に出演できて、本当に良かった。勿論今まで多くの個性的な役をやらせてもらい、演技の幅の広さにはある程度自信があった。ただそういうテクニック的な意味ではなく、被写体としての自分の「存在感」に興味があった。

Q;若干、演じている上で、「欝になった(笑)」とお聞きしておりますが…、今後このような役どころが来た時は?

(及川さん)この作品を1から撮り直すのはごめんだね(笑)。チャレンジすべき作品との出会いがあれば、是非とも。僕には根性はあるけど、忍耐力がない。でも、今回の撮影は本当に「抑制と忍耐」の日々であり、その点で成長できたと思う。じっくりものを作るっていうのは、やはり完成したときの達成感はもちろんのこと、真剣である自分に酔える。そういった過程を今後も楽しめれば良いと思う。

Q;本作に出演したことで学んだことはありますか?

(及川さん)演技に対して、客観性をもって望むということ。脚本を読んでいると、「自分はこう演じたい」という私欲が出てきてしまうけど、自分がどうしたいかという主観は、演技者にとって必要のないものだと思った。本作は、「及川光博初主演作品」というより、「中嶋監督の作品」であるということを大事にしました。

Qこの作品に出演によって、変わったことや影響されたことはあるでしょうか?

(及川さん)「映画の監督」をしたいと強く思った。とにかく、監督がとても楽しそうだった。もがきくる苦しみながらも、とても楽しそうだった。その姿を見ていて、正直、羨ましいな…と思った。僕も中嶋監督のように、細かく指示を出したいとか思った(笑)。もし、そのような機会があれば、僕は「人を笑顔にさせる」作品をとりたい。

Q;今まで出演してきた及川さんの作品の中で最も及川さんの内面性がでている作品だと思います。その本作は東京国際映画祭でも注目を浴びて、世界でも観られていくことだと思いますが、その点をどのようにお考えでしょうか?

(及川さん)海外での展開でも含めつつ、書き上げられた作品だと思うので、多くの人にみてもらいたい。日本の原風景の美しさをしっかり撮っているので、海外の人が興味を持ってくれたら嬉しい。それから、海外の人は僕のことなんかを知らない分、先入観を持たずに観てくれる。ただ、「MITSUHIRO OIKAWA」というのは覚えづらい名前だろうな…(笑)。

Q:「日本人ならではの死生観」が描かれている作品だと思うのですが、監督には海外にその日本人ならではの思想を伝えたいという思いがあったのでしょうか?

(及川さん)撮影中、監督との雑談の中で、「宗教的な作品にはしたくない」と話していた。この物語には、数え切れないほど多くの矛盾した部分があると思う。そういった部分を「ファンタジー」として受けとめてくれればなぁと思う。非現実な物語であるのにとてもリアルな描写、そんなミスマッチが独創的で素晴らしいと思う。

Q:映画の撮影に入ったりすると、及川さん自身、落ち込んだり、壁にぶつかったりすることがあるかと思います。そういった時の打開策などはあるでしょうか?

(及川さん)歌でもお芝居でもそうだけれど、心が折れるということは妥協してしまうことだと思う。とにかく僕は納得の行くところまで、締め切りぎりぎりまで…諦めない。多分放り出してしまったら、悔いだけが残ってしまうと思う。だけど、自分の納得させるところまで…やるだけやったら、反省点は残っても、悔いは残らないと思う。いつもそういう気持ちで仕事に望んでいる。

Q:失敗してしまったら、悩んでしまったりするものですが…及川さんは切り替えとか出来ますか?

(及川さん)切り替えは出来る。「負けてられない」って思う。僕は負けず嫌い。それは、競合他者に対する負けず嫌いというのではなくって、「自分に対しての負けず嫌い」。突拍子でない限り、頭で想像したことって、実現可能だと思う。こうなりたいとか、こういう結果をだしたいというゴールから逆算していけば、今何をするべきかがみえてくる。逆算をして生きていくと、あまり失敗がなくっていいですよ(笑)。

Q:、今回演じた役というのは普段の日常でだしきれない感情が多かったと思うのですけれども、それは及川さんが役になりきって演じているのでしょうか?

(及川さん)よく「役になりきる」と言うけど、全くの別人にはなれないわけで。想像力をフルに活用して、そこに説得力をプラスするだけ。じっくり本を読み、監督の「要求に応える」のが仕事だと思っている。そこが腕の見せ所だと思う。

Q:最後に、ベイベー(男子)へのメッセージをお願いします。

(及川さん)皆さんの大好きなミッチーはこのフィルムの中にはどこにも存在しません(笑)。この映画を通して、僕の新しい一面を楽しんでくれれば嬉しいです。

執筆者

大倉真理子

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