舞台は大阪の下町。松坂慶子さん演じる肝っ玉お母ちゃん、お父ちゃんが死んで家に転がりこんだ岸部一徳さんが演じるおっちゃん、そして3兄弟の家族の物語である。老け顔の長男は年齢を偽って大学生に恋をし、ヤンキーな次男は自分が誰の子なのかと悩む。三男は女の子になりたいが、周りから冷やかしを受けてしまう。平凡な暮らしの中でも、各自が抱える問題と現実は意外と厳しい。

でも、用意されている結末は悲劇ではない。むしろ、見終わったらほんのり心が暖かい。明るく前向きになれるエネルギッシュなヒューマンドラマだ。

「少年アシベ」などを手掛けた森下裕美原作の同名コミックを映画化した。脚本の段階から原作と取っ組み合い、物語の表面だけでなく真髄を丁寧に表現した光石富士朗監督。穏やかな語り口から、本作の熱い思いを語った。




光石監督は庶民や普通の人生に焦点を当てて表現したいとおっしゃっていますね。その中でなぜこの『大阪ハムレット』を選んだのでしょうか?

この手をやろうというのが最近なかなかないんですね。こういう地味な家族の物語をほのぼのとしていて、リアルにぐっとくるものが書かれている原作を企画にしていくことがなかなかなかった。言ってしまえば、『大阪ハムレット』は寅さんみたいな話です。そういう話ってそんなにないと思うんですよね。

この企画のオファーが来て、やろうと思った決め手はなんですか?

ちゃんと人間ドラマがあって、そこを邪魔しないようにやらせてくれる感じがしました。昔からこういう映画は好きなので、映画らしい映画になるだろうなってそう思いました。そういうのをやりたいとずっと思っていました。

光石監督の“映画らしい映画”とは?

人間の核、そこに触れる映画ですね。僕も映画ファンから始まっていて、色んな映画を見て、「好きな映画はなんですか?」って言われると困る時期もありました。でも最近、ここ10年くらいのスパンで考えれば、好きな映画の系統が似ているなあと。それが、『大阪ハムレット』みたいな人間ドラマだったんです。好きな映画って地味だったりするんですけど、人間のその機微に触れているものが好きですね。

脚本づくりでとても悩んでしまったそうですね。一番どこに悩みましたか?

やはり漫画が原作のところですね。原作が強いので、そことどう付き合うか。どう取っ組み合うか。そこが一番悩みましたね。

光石監督自身、原作を咀嚼してどう表現しようと思いましたか?

それぞれ別の話を一つの家族の話をするときに、そのエネルギーをぎゅっと凝縮することになるだろうなと。主要の登場人物が多いので、そこを僕がうまくさばいていく、描ききっていくところが勝負になるだろうと思いました。

5人家族のキャラクターを一人ひとり丁寧に描いている印象を受けました。主要人物を描くときに気をつけたことはありますか?

原作と対比にもなってしまうんですけれども、僕が持てる武器というのは俳優さんです。俳優さんが今まで培ってきたものを生かしてあげたり、悩ましてみたり、両方のやり方で作る俳優さんとの関わりや人間関係ですね。

松坂さんと岸部さんは生かすアプローチでしたか?それとも悩ますアプローチでしたか?

最初、松坂さんは悩ませました。岸部さんも同じですね。二人とも最初から垣根をとっぱらったという感じではなかったと思います。たぶん向こうもそう思っていると思います。だんだん生かしていったというか。いい感じでいかせるまでは、数日、エンジンがかかるまでかかったんじゃないかな。最初、松坂さんに構わず僕は言っていたと思います。

構わず言っていたというのはどんなこと言っていましたか?

「もっと乱暴に」とか「怖く」とか。朝の支度のシーンとか、ただ遅いってだけで怒っているお母さんとか居るじゃないですか。意味もなく怒っているというか。そういうところに人間が出ると思うんです。

岸部さんには“殺し屋の目をしないで”という演技指導をなさっていましたね。他にはどんなことを?

それが一番でしたね。ファーストコンタクトである衣装合わせってなかなか重要な場だと思うんです。言ってしまえば、「こんなことで僕、悩んでいるんですよ」というのをぶつけるんでしょうね。

光石監督の悩みをぶつけて、俳優さんの反応を見るんですか?

俳優さんに考えさせているんです。岸部さんは喪服の衣装のときですね。一人よれよれで、つんつるてんの衣装です。でもあの人お洒落だから、着こなしちゃうんですよ。しかも黒なので、しわを寄せても洗いざらしにしても、なかなか風合いが出ないんです。岸部さんもそれをわかってくれて、「なかなか出ないんだよね。」と言いながら。結局それをやっているうちにね、岸部さんもそのキャラクターになっていってくれるわけです。だんだん僕の言うこともわかってきてくれて。衣装合わせの後半ぐらいに「これちゃうか」ということで、現場で着ていたような衣装がきて、「これですね」と。そのときはあんまり深いことお互いしゃべらなくても会話ができるんです。映画の落としどころみたいなところ、お互いにありますよね。衣装を通して、そのへんを二人で探り合っていくんです。

この映画をどんな人に見てもらいたいですか?

家族連れの方とか親子とかいいなと思いました。試写のときにそう思いました。満員だったんですけど、子役の子のお母さん達が来ていて、見終ったあと上気した顔でにこにこしていました。反応がすごく良かったですね。助かりました。

この映画のどんなところをおすすめしたいですか?

誰の子でもええやんけ、と何回か僕の人生で思っていたことがあります。そういったこだわりで自分や家族の中が余計おかしくなるときってあるじゃないですか。そんなのとっぱらっちゃえばいいのになあと。「大阪ハムレット」を読んでいて、そこが僕とシンクロしました。どうせ一緒に暮らすんだったら楽しくやれればいいなと。“ねばならぬ”的なしがらみって窮屈な気がするので、“良い加減”にいくところですね。

執筆者

Hiromi Kato

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