2007年1月に公開された『悪夢探偵』続編が、早くも『悪夢探偵2』となってスクリーンに登場する。主人公は悪夢探偵こと影沼京一。「ああ、いやだいやだ・・・」が口癖で、まるでやる気のない後ろ向きな性格が今までの探偵のイメージを大きく覆した。

『悪夢探偵2』は単なる続編ではない。前作では明かされなかった幼少期の京一と今は亡き母親の姿が描かれている。自分を取り巻く全てのものに対して恐怖を抱いていた母と、そんな母に育てられた京一。なぜ彼が悪夢探偵になったのか、そしてなぜ実の母親に殺されかけたのか、京一は自分の心に深く刻まれた母との哀しい過去に向き合うべく、今回の依頼者である女子学生の悪夢の中に飛び込んでいく──。

悪夢探偵=影沼京一を演じたのは、前作に続いて「本当に夢に入れそうなのはこの人しかいない」と塚本監督が太鼓判を押す、松田龍平。亡き母を想うラストシーンの表情は見る者の涙を誘う。

恐怖だけじゃない、今度の悪夢探偵は愛の物語でもあるのだ。





女子高生の話と京一の母親の話は、最初パート2とパート3で描く予定だったそうですが、それを2で一本化してしまった理由とは?

パート2をホラーにすることは決めていたんですけど、どのような感じのホラーにしようかと考えていたときに、“怖がる女の子を主人公にしよう!”というアイデアが浮かびました。そのアイデアが浮かんだとき僕自身ゾーとしたので、この怖さを追求すれば何か得られるのでは……と。それに映画を作ること自体、何かに達するために作っているという考え方もできるので、この話を追求すれば何かに到達できると思ったんです。パート3で描こうと思っていた幼い頃の京一と母親の話は、この怖がりな女の子の話にくっつけてしまった方が、より「怖い」というものの正体に近づける気がしたので今回このような物語にしました。

では、パート3では何が描かれるのでしょうか?

先ほどお話した流れで本来考えていたパート3はもうなくなってしまったんですけど、小さいアイデアはたくさんあるので、機会さえあればそういう他のアイデアを引っ張ってきてやろうかなと思っています。京一の出生の秘密まで描いてしまったので、今後はいろいろな悪夢に入れる自由な悪夢探偵にさせようかと思っています。

前作の記者会見のとき、「これは勝新太郎で言う『兵隊やくざ』にあたる」と言っていたと思いますが?

そもそも悪夢探偵って不思議な夢の話だとか、ちょっと実験的精神にのっとったりするやつだとかいろいろなアイデアがあるので、ジャンルにとらわれないような感じになるといいんですけどね。あるときは寅さんチックな悪夢探偵だったり(笑)、あるときはアメリカンホラーっぽい悪夢探偵だったり、この悪夢探偵はいろいろなことができるなぁという感じがします。

悪夢探偵の話を思いついたときは、「これはいいシリーズになる!」と思ったわけですか?

そうですねぇ、鉱脈を掘り起こしたような気になりましたね。僕は子供の頃「ウルトラQ」というテレビドラマで育ったんですけど、今思えば白黒で、それが夢か現実かわからないような雰囲気を作り出していたんですね。だから『悪夢探偵』は「ウルトラQ」や、怖い思いを抱えて眠ったときに見た悪夢とかに対してオマージュを捧げるような作品にしようと思っていたわけです。
それで後から(テレビドラマシリーズの)「ツイン・ピークス」や「キングダム」などを観て、ちょっとそういう感じでいきたいなぁとも思って。元々これは、テレビ用として考えていた企画だったんですよ。でも長編にしようということになり、第一弾として考えていたものを映画化しました。それがあまりにも実験的でわかりにくかったので女刑事(hitomiさん演じる霧島慶子)を登場させ、観客に近づけさせようとして作ったのが前作ですね。また、テレビ企画の段階で京一の幼少期の話はすでにありましたけど、怖がる女の話はかなり後になってから出てきたものです。

松田龍平さんの幼少期を演じた子は松田さんにびっくりするくらいそっくりですね。

子役っていうとやっぱりかわいかったり、カッコよかったりする子が多いんですけど、彼は松田くんにそっくりな上に芝居が誰よりも自然でした。逆を言えばお芝居がうまい子より弱いんですけど、弱いって言ったらおかしいかもしれませんけど、いかにもやっているような演技じゃなくてすごく自然な演技をするんです。他の子はいかにもっていうような演技をサッとやるんですけど、それよりはボーとしていて、その感じも松田くんに似ていたので見つけたときは「やったー」という感じでしたね(笑)。撮影中は彼を自分の膝の上に乗せて演技指導したりしていましたよ。ちょうど僕の子供が彼と同じくらいの歳なんです。

最近、塚本監督のお子さんもいろいろなものを怖がり始めたそうですね。

はい。でも、 “なんで?”っていうような怖いおばけの絵ばかり書くんですよ。その絵を一枚一枚くれるので、「おー」と言いながらもらいますけど(笑)。

松田さんを選んだのは、「探偵物語」 との繋がりも多少あるのでしょうか?

それは全然関係ないかもしれないですね。僕は「傷だらけの天使」(主演:萩原健一)や「野獣死すべし」(主演:松田優作)とかは好きだけど、「探偵物語」はそんなに見ていなかったからそこまで深い思い入れがないんですよ。でも松田優作さんは大好きです。松田くんは大人になってどんどん優作さんに似てきている気がします。時々、あまりにも似ている瞬間があってびっくりするくらいです。もちろん龍平さんは龍平さんであって、ひとりの個性的な俳優さんですが。

松田さんの黒マントが前作よりかなり薄い生地になっていてとてもセクシーでした。

前作では江戸川乱歩を意識した黒マントだったんですけど、理科室のカーテンのように重かったので、今回はもう少しペラペラした雨合羽みたいなマントにしたいなぁと思ってあのような黒マントにしました。水に入るとペチャと肌にくっつくのがいいんです。でも思ったよりはだけられなかったですねぇ。撮影前にボタンを外したり工夫はしたんですけど、動いているうちにゴワゴワと肌が隠れてしまうのでまだまだ工夫が必要です。本当は裸がいいんですけどね(笑)。それが起点なんで。

ラストシーンで初めて京一の人間らしい部分を見た気がしました。あのシーンを撮るときの監督のお気持ちは?

最初に、京一は母親に殺されかけた過去があるからこんな風になってしまった……と乱暴に考えていたんですけど、自分の奥さんや子供、そして病気と闘っている母親のことを全体的に引っ括めて見たときに、ただ乱暴なお母さんを描こうとしても自分の中にリアリティが沸いてこないので無理だと感じたんです。今、怖がりな自分の子を育てている奥さんや、かつて怖がりだった自分を育ててくれた母親、そういった怖がりな子供を育てるお母さんの気持ちが、僕も歳を重ねるごとにわかってきたんでしょうね。だからストーリーを考えていても、典型的なホラーとして書いているのに自然とそういった想いが入ってきてしまうんです。

実は僕の母親は今、けっこうあぶない橋を渡っていて向こうの世界とこちらの世界を行ったり来たりしている状態なんですけど、その行ったり来たりしている繰り返しの感じが、ラストシーンで京一が台所に立つ母親を繰り返し見て確認するという行動にぴったりだったので、僕としてはそういう気分も持ちつつ「ヒーヒー」言いながら撮影していました。だからとても自然なシーンになりましたし、松田くんも僕の気持ちを知ってか知らずか感覚的に嗅ぎ取っていい演技をしてくれたなぁと思います。松田くん自身は子供の頃、病気になったときにお母さんがかなり一生懸命看病してくれたらしくて、京一はそういうお母さんがいないのか……と思ったら涙が出てしまったそうですけど。

京一にとってはあまりにも残酷なことが生きていく上で多いので、最終的には救ってあげてほしいです。

そうですね、あまりにもかわいそうですからね。でも元々、少しずつ京一を救っていく話にはなっているんですよ。一気にドーンとは救われませんけど、微妙に2ミリずつくらい救われていく・・・という話にしたかったので、前作で2ミリ救われ、本作でまた2ミリ救われたはずです。

京一の母親を演じた市川実和子さんのキャスティングが意外に感じました。なぜ市川さんに決めたのでしょうか?

目のでかさですよね(笑)。あの役のイメージが草間彌生さん……(苦笑)で、目が大きくて何でも見えてしまうような目ですね。。歌手のCoccoさんもああいう目なんですよね。びっくりしたみたいな。本来見えるべきものは見えていないけど、普通の人が見えないものは見えてしまう感じというか……。彼女たちにこの役をお願いするわけにはいかないし、お母さんという難しい役をやらなくてはいけないので、俳優さんで大きい目を持っていて、嫌な演技をしない自然体な人は誰かと考えたら市川さんになったんですよ。確かに誰もが意外と言うように、一番意外に思っていたのはご本人だったようで「自分がお母さんになるという感覚がよくわからない」とおっしゃっていました。それでちょっと迷っていらしたんですけど、僕が「これはお母さんになりたかったけどなれなかった人の話です」と言ったら、「それならわかります」とOKしてくれました。

体育館のシーンは奥さんが実際見た夢をそのまま反映したそうですが……

そうですね。本当にそのまま映像にしました。装飾を加えるとなんかちょっと理に落ちてしまいそうな感じがしたので、“なぜ体育館のど真ん中にトイレが?”とか、“なぜ急に水をかけるの?”という夢ならではのよくわからない部分もそのまま描きました。実際、奥さんから聞いたときあまりにも怖かったんですよ、何か致命的な怖さを感じたというか。

探偵映画に対してこだわりのようなものはありますか?

本当の探偵ものを作るほど僕は頭がロジカルにできてないので無理ですけど、自分だけの探偵を生み出したいという思いは強いですね。ある雑誌に「昭和の名探偵」というような特集が掲載されていて、それにはいろいろな探偵の名前や性格や活躍が書かれていたんです。それを見たとき、“うわー!この中に自分の探偵入れてくれないかなー”という思いがきっかけとなり、悪夢探偵が作られたというのもあります。
あと、僕自身あまりカッコ良すぎる探偵より、人間味のある探偵の方が好きなんですよ。子供の頃、少年探偵団みたいなのを作ったことがあるんですけど、乱歩の小説にでてくる少年探偵団の団員たちは普通の家庭の子供たちがやるので夕方5時くらいまでしか動けないんです。だから夜に動くチンピラ別働隊みたいなのがいるわけですけど、僕はどちらかと言うとそっちに憧れましたね(笑)。

本作では髪の長い幽霊が夢の中で登場しますが、この幽霊は何か重要な鍵を持つ存在なのか、それとも日本の古典的な幽霊として登場させたのでしょうか?

後者ですね。幼少期の僕を一番怖がらせたのがあの幽霊で、まさに『リング』とかに出てくるような典型的なおばけです。髪の長い女性の幽霊って日本独特らしいんですけど、小学校のときに“将来結婚する人は髪の毛が短い人がいい!”と思っていた記憶があります(苦笑)。

人はなぜ「恐怖」を感じるのでしょうか?普通の人間でも、例えば今までに見たことのないようなおかしな手の動きとか、後ろ向きで突進してくるとか、異形な姿に人は怖さを感じるものなのでしょうか?

そうですねぇ……、多分それはホラーを専門とする人に聞くとすでにそういう論議を持っていらっしゃるかもしれませんね。高橋洋さん(『リング』脚本)とかホラーのキングな方々がね。僕はまだきちんと勉強はしていませんけど、異形なものというか、確かに普通のものが何か異常な動きをすると怖さを感じますよね。でも、僕が夢の中で見た幽霊というのは髪の毛が長くて白装束姿で、僕が夜に近所を歩いていると電信柱の影にぬぅーと立っているだけでした。それで“うわぁ〜いるわ〜”と思いながら無視して通り過ぎて延々逃げていました。激しく追いかけてくるわけじゃないんですけどね。これはもちろん夢の話で、実際に見たことはないですよ。

夢日記とかはつけていらっしゃるんですか?

子供の頃は夢日記をつけようかと思うくらいたくさん夢を見たんですけど、今は見ても忘れちゃいますね。それに夢日記をつけると幽霊が見えるようになってしまうと誰かに聞いたか見たかしたので、結局書かずに終わってしまったんですけど、今となってはちょっと勿体ないような気がします。つげ義春さんはずっとつけていらっしゃるみたいですけど、見てみると本当におもしろいですよ。夢ってめちゃくちゃだから昼に考えると戯言のように感じるんですけど、夢を見た当人は興奮して話すんです。でもそれを聞いている側にとっては退屈だったりして……(笑)。でも僕は奥さんの夢だけはちゃんと聞かなくちゃと思っています。そのおかげでこの映画のアイデアもできたわけですし。

監督はこの映画の小説も出版されていますが、内容は全く同じですか?

基本的には映画に沿っているんですけど、映画を撮り終わったときに自分でもわからないところがいっぱいあったんですよね。それをまた探偵するという意味で書いたんです。小説の方が私的な作業になるから最初にやって、映画という多くの資金と人を動かす方ではみんなが同じ見識を持った上で作るというのが普通かもしれないけど、僕としては映画の方がより感覚に正直になって作り飛ばしたところがあるんです。だから後から“あれはどういうことだったんだろう?”とか思いながら、小説に起している感じです。

シナリオを書くときは箱書きですか?

そうですね。だからこれからは別の話の作り方もしなくちゃいけないんだろうなと思いながらも、まだ頭が固いところがあって、全く違う作り方にすんなりシフトできないこともあります。それでも以前と比べたら箱書きでシナリオを書くことは少なくなりましたね。箱と言っても自分のやりたいことを成立させるための箱ということで、ストーリーとしての箱ではないんですけど、キャラクターだけを決めて後は何も筋を決めずに書いていくようなやり方もやってみたいです。

前作『悪夢探偵』を発表した後、海外からリメイクオファーが殺到しましたが、様々な取り決めのあるハリウッドとの契約の進み具合はいかがですか?

そうですねぇ、僕がちょっとこだわり過ぎてしまったのかな?僕はごく当たり前のことを言っていたつもりだったんですけど、いろいろと話し合いを進めていくにあたって、相手に嫌気を差されてしまったというかね(苦笑)。でも完全にリメイクの話がなくなってしまったわけじゃなく、一時期の怒涛のような状態からは脱したという感じです。最終的には、僕が「それなら納得できます」というところで決着がつくのかなと思いますけど、小さくてもいいから納得のいくものを作ってもらうか、それとも内容はどうでもいいからお金をとるのか、究極の選択なんですよね。でも後者はどうしても嫌だったし納得できなかった。割り切ることもできたのかもしれないけど、全てが割り切れるわけでもなく……本当に難しいですよね。
リメイクという響きは日本人としては憧れを感じたりするんでしょうけど、アメリカ人はオリジナルの『悪夢探偵』なんて全く意識しませんからね。僕がリメイク版も監督したら話は別ですけど。まぁ、自分の考えに則したやり方でちょっとずつ進めていければいいかなと思います。

執筆者

Naomi Kanno

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