舞台は台湾全土を巻き込んだ悲劇的な野球スキャンダルの時期、1996年。
台湾のプロ野球連盟である中華職業棒球聯盟の起こした賭博事件を時代背景とした、9人の高校生のの青春群像劇、『九月の風』。
ひとつの致命的な過ちが、人生を大きく揺るがす出来事になろうとは——誰もが経験し得る“あの頃”の儚さや切なさ、心の揺らぎを瑞々しく描いたのは『西瓜』(05)『Tatoo-刺青』(07)などのチーフ助監督をつとめてきた台湾のトム・リン監督。
上海国際映画祭では、アジア新人賞作品賞を、台北電影節では審査員特別賞、メディア推薦賞、脚本賞、新人賞を、2008台北金馬奬ではオリジナル脚本賞、編集賞、年度台湾傑出映画賞の3部門ノミネートされている。

台湾の人気アイドル番組のメンバーであり、現在は莊敬高職表演藝術科で演劇を学ぶ17歳のマオディーと、今作で台北電影節、最優秀新人賞を受賞したワン・ポオーチェ、トム・リン監督にお話を伺った。












——この映画のストーリーや登場する7人の少年たちは、トム・リン監督の実体験に基づいたものなのですか?

トム・リン監督:「そうですね。私の体験したひとつの印象深い出来事、それから他の思い出を繋げてひとつのストーリーに仕上げました。」

——出演なさったお二人は、自分の演じた役が自分に近いものでしたか?また、この映画の世界観に最初から入り込みやすかったですか?

ワン・ポーチェ:「まず最初に、こんなに自分に近い役をキャスティングした監督に感心しました。僕が演じたシンは昔の自分を感じさせられる人物です。
撮影に入る前に皆で何ヶ月か一緒に過ごした時間があったのですが、その時7人は全員本当に仲良くなれて、役に入りやすかったですね。」

マオディー:「初めてキャスト全員が集合した時に、トム・リン監督は皆を学校の教室に連れてきて、自分の役と台本しか知らない段階で、誰がどの役なのか当てっこをさせたんです。そうしたら、見事にお互い思っている役が当たったんです。監督のキャステングの力は素晴らしいですね。」

ワン・ポーチェ:「役の中で似ていると思ったのは、先輩にいじめらた時に勝てない気持ちというのが実際の僕と重なって、学生の頃の衝動的な気持ちが引き出せ、上手く演じられたと思いますね。」

マオディー:「僕の演じたチョンハンは、先輩の言う事をよく聞いて後ろについていくようなタイプなのですが、思い返せば自分も中学時代も同じでした。ただ、チョンハンは友達がいじめられたり喧嘩をしている時は、混じるのではなくて野次馬根性で見ているような人物なんです。そして、やっぱりそれは良くないと思って成長していくのです。」

——この映画では、小さな失敗が大きな失敗へと波紋のように広がっていく様が描かれていますが、実際にこのような体験はありましたか?

トム・リン監督:「この映画では、私の実体験が色濃く反映されていますが、実際の体験は映画にしてはいけない部分もありました。
この映画は自分自身の縮小版でありながら、ある程度控えめなところもあるのです。」

——この7人の少年たちの中で、最も監督に近い自分自身の縮小版は誰ですか?

「それはタンですね。タンを演じたチャン・チエをキャスティングした時に印象的だったのは、彼は凄く平凡な少年で口数が多い訳でも凄くかっこいい訳で目立ちたがり屋な訳でもなく、誰の隣にもいそうなお兄さんのような人なんです。私の少年時代も同じであり、平凡でしたが周りにかっこいい友達やおしゃべりな友達がいて、その憧れが非常に強くありました。ですから、静かでありながらも特色を持った友達をこの映画でタンの周りに作りたかったのです。」

——現場での監督はどのような感じでしたか?

ワン・ポーチェ:「監督ははっきり皆さんをしかった事は一度もありませんでした。皆さんは演技の経験がまだ多くはないので、勢いよく怒ると怖がっていい演技ができないのではないかと思ったのでしょう。
でも、一回だけ監督が少し大声を出したら一人が怖がって本当に泣いてしまったのです。その時から方針を変え、上手くいかなかったテイクでは励ましたりするようにした、優しい監督だと思います。」

マオディー:「僕は演技や映画出演が初めての事だったので、現場に入る前には色々な人から監督は怖いものだと聞かされていました。トム・リン監督は口数が少ない方なので最初は怖かったのですが、撮影を進めていくうちに優しい方だとわかりました。学校の校庭のシーンの撮影日に、たまたまセミの鳴き声がうるさかった事があったのですが、監督がセミに対して“黙れ!”と怒ってしまい、次の瞬間普通の顔に戻ったのです。その時、トム・リン監督がいかに周りの状況を管理するのが上手い人なのかを知りましたね。」

——9人の登場人物のうち、女性は2人ですが男性が多い中での二人の存在はどのようなものでしたか?

トム・リン監督:「女性二人への特別な扱いというのは特に無く、皆本当に仲良く漫画を読んだり音楽を聴いたりしていました。
撮影中は待機室を四つに分けたのですが、いつも9人が同じ部屋にいて一緒に喋ったり遊んだりしていました。夜になると助監督さんたちがその部屋に行って、“もう遅いから自分の部屋に戻りなさい”と言って戻していました。」

——映画の中では野球が共通の話題でしたが、実際の皆さんの中での共通の話題は何だったのでしょうか?

トム・リン監督:「基本的にはこの映画についての話を論じ合うのですが、皆さんは若いのでお互いの友達を紹介し合って、その友達がまた友達を紹介し合って、どんどん輪が広がっていきました。
今の若い子は、野球より学校の事や音楽の話題が多かったです。」

——野球よりも、バスケの方が人気があるのでしょうか?

ワン・ポーチェ:「そうですね、ここ五年間は野球よりバスケの人気の方が高いです。」

トム・リン監督:「最近、大リーグのヤンキースの王健民さんが人気で、台湾ではヒーロー的存在です。彼がいるから、台湾の野球ブームが盛り返してきているのではないでしょうか。ただやはり、台湾の大リーグよりアメリカの大リーグに注目が集まりがちですね。」

——尊敬する俳優などはいらっしゃいますか?

マオディー:「金城武さんですね。今回の東京国際映画祭にいらっしゃると伺ったので、お会いできるかもしれないとドキドキしていたのですが、結局会えませんでした(笑)彼の昔の出演作は多く観ているので、ひとつの目標として見習っています。」

ワン・ポーチェ:「僕はトニー・レオンが好きです。」

——ラストシーンについて伺います。最後に映る人物はタンですが、もし自分の役がラストを飾るとしたら、どんな最後になっていたと思われますか?

ワン・ポーチェ:「この映画のシンの結末は結構気に入っていて、最後は牢屋に入るので軍隊に行くのですが、プラスの要素があるので好きです。

マオディー:「シェンは、この映画の中に出てくる学級委員長の女の子がお互いにいいなと思っているのですが結局告白はできていないのです。
もし彼が最後を飾るならば、シェンは学校を退学した後、彼女とは別の制服を着て学校に通っているシーンがあれば心の中でハッピーエンドになりいいかなと思いました。」

執筆者

池田祐里枝

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