第21回東京国際映画祭:“『ハーフ・ライフ』は「エヴァンゲリオン」に影響を受けた”ジェニファー・パング監督 インタビュー
第21回東京国際映画祭 コンペティション部門出品『ハーフ・ライフ』は、観る者によって全く違う表情を見せるおもしろい作品だ。本作では父親を突然失い、心にぽっかりと空いた穴を必死で埋めようとする母親・姉・少年ティムの家族三人が、“現実と夢”の狭間で微妙なバランスを保ちながら何とか生きていこうとする様子を描いている。
主人公たちがそれぞれ持っている秘密、過去、痛み・・・そこから派生する感情は監督独自のアニメーションによって表現され、観る者を不思議な世界へと誘う。
監督はジェニファー・パング。本作はフィルム・インディペンデントのディレクターズ・ラボでロドリゴ・ガルシア(『彼女をみればわかること』(’99))に師事して制作された初の長編作品である。アジア系アメリカ人の女性監督として今後が期待されるジェニファー・パング監督は、本作を制作するにあたって日本のアニメーション「エヴァンゲリオン」にも影響を受けたと語る、とてもロマンティックな性格の持ち主。
「まだまだ自分は監督としては駆け出しです……」と謙虚な姿勢で、本作への想いと共にこれから監督になりたい女性に向けて貴重なアドバイスをしてくれた。
そもそもこの話のアイデアはどこから生まれたのでしょう?
もともとの着想は、自分の弟が育つのを見ていて感じたことを表現したかったんです。私は母親ではありませんが、一人の子供が成長していく様子を間近で観察することができました。弟は私より13歳も年下なので、普通の兄弟とは違う特別な関係性だったんでしょうね。また、私が住んでいた環境ではアイデンティティを確立したいと考える若者が多かったんですが、とてもコンサバティブな環境でもあったため、2つの世界の接点を模索したかったというのもあります。世界全体のことも本作の中で表現したかったことです。
では、劇中の男の子・ティムには監督の弟さんの姿が投影されているのですか?
そうですね、ある意味あの男の子は自分の弟の姿を投影しているとも言えます。あとは、いい人間になろう、母親や姉を自分が守って大切にしよう、そう自然に思える子供の感情をもう少し表現したいと思いました。年齢を重ねると、特に私が住んでいた環境においては意図的にいい人になろうと思わないといけないところがあって、自然な感情ではないんですよね。どちらかと言うと自己中心的な考え方を抑える方がむずかしい。だから弟の姿を通して、自然な振る舞いというのをちょっと観察したいなと思ったんです。
水のシーンが多かった気がします。それは水に飲まれる=現状に飲まれる無力感のようなものを表しているのかな?と感じたのですが・・・
水自体に昔からものすごく関心が高いんです。昔、私がまだ小さいころ家族がスキューバダイビングに連れて行ってくれたりしたことも関係しているかもしれませんが、一番最初に撮った作品も水がいかに環境に適応できるか……というテーマでしたし、水は形をいろいろと変えるので興味深いです。例えば凍ったり、熱くなったり、蒸気になったり、変幻自在に姿を変える水には昔からすごく愛着があります。
あと、あなたがおっしゃった水のシーンというのはたぶん、主人公ティムが廊下に立っているときにすごい勢いで水が流れ出るシーンのことだと思いますが、あれは涙が溢れ出ているのを表わしているんです。水はいろいろなシーンで使いましたが、水を使って人間の感情やパワー、愛というものを表現したつもりなので、シーンによってそれぞれ違った感情があることに気づいてくれたらうれしいです。
それ以外でも太陽や星など、エネルギーを持った宇宙的なものが登場しますね。
太陽自体が地球にとても重要なものだし、世界の運命に大きな影響を与えるくらい強い存在なので、自分自身がとても夢想家ということもあっていろいろなことを考えてしまうんですよね。小さいころはよく月を眺めながらいろいろなことを考えてたり、あるいは心を持ったキャラクターとして考えて一人ワクワクしたりしていました。特に太陽はすごくミステリアスでパワフルなので、とても関心は高いです。星も同様ですね。
とてもロマンティックですね。
普段はもう少し現実的なんですが、質問がすごく私のツボにはまってしまって……(笑)。
所々で入るアニメーションはとてもおもしろいですね。あのような演出によってどのような効果が得られたと思いますか?
あのような手法を取り入れることによって人の目を引くことができると考えました。とにかく目立つんです。そしてドラマ性を伝えやすくすることができると思いました。
以上が現実的な効果の一つとして挙げられますが、もう一つの効果として、現実と夢の世界が同等の価値を持つものだということが皆さんに伝わればいいなと思ったんです。
私は日本のアニメ「エヴァンゲリオン」が大好きで、エヴァのあるシーンで主人公シンジは自分がアニメの中のキャラクターだと悟ってしまい、やがて自分を作り出す作者のことを神のように思いはじめる……というシーンがあったと記憶していますが、そういうところからも影響を受けてアニメの世界(夢の世界)と現実の世界は同じくらい大切だということを表現しようと思いました。
先ほど夢と現実のお話がありましたが、母の年下の彼氏ウェンデルが一番謎が多い人物だったと思います。もしかしてウェンデルは実在の人物ではなく、少年ティムが創り上げた妄想の中の人物だったんじゃないでしょうか?
すごくいい質問です。とても抽象的な説明になってしまいますが、ウェンデルは確かにミステリアスで謎の人物です。あなたと同じように、ウェンデルはティムの想像の中での人物なのでは?という見方や、いなくなってしまった父親の場所を埋めるために家族(母・姉・弟)三人が作り出したのでは?という見方もあります。無意識に欠如した父親の存在を埋めようとしていますが、どうもウェンデルはぴったりの存在ではなかったんですよね。
なぜかと言うと、ウェンデルはアンチキリスト的な存在に対して、少年ティムはキリスト的な存在だからです。ティムが一生懸命に家族を助けよう、世界を救おうとするのに、ウェンデルの存在は家族を、そして世界を壊そうとする。そこで対立が起こってしまうのです。結局、ウェンデルの存在に関してはミステリーだったとしか言いようがありません。
今は本当にすばらしい作品を撮る女性監督が増えてきていますが、監督はいつくらいからこの仕事に就きたいと考えるようになったのでしょう。
今度はむずかしい質問ね(笑)。大学のときに実験的なビデオを撮っていたんですが、いろいろな人から「がんばれ!」と後押ししていただいて、自分の作ったものも喜んでもらえたり、何より自分自身がやっていて楽しかったので追求しはじめたんです。それが19歳くらいのときですね。
今、監督になりたいとがんばっている女性へ何かアドバイスをいただけますか?
私のようにインディペンデントのフィルムメーカーになるというのはとても重大な決断だと思います。映画監督もテレビ系の監督も、どのような道を選ぶにしてもとても競争の激しい世界です。インディペンデントで映画を作るというのは、資金面でとても苦労するので経済的に独立しなくてはいけません。また、そのような選択肢を選ぶと自分の人生に大きな影響を与えることになるので、女性なら将来持つであろう家族や子供のことを考えずにはいられないでしょうね。
すでに家族を持っている方は、やはり仕事と生活のバランスを保ちながらやりたいと考えるでしょうから、編集やエグゼクティブとして映画に関わる、または製作会社で働くといった方がおすすめじゃないかと思います。
私自身この映画が完成するまでに3年以上かかったんですが、その間は本当に血と汗と涙の作業でした。それでもやりたいという強い意志を持っていました。逆にそれくらいの意志がないとなかなか難しいと思いますね。あとは、業界全体がまだまだ男性主体なので、特にアメリカでは自分が女性監督として映画祭などに出品していても「どんな短編作ったの?」みたいな扱いを受けることも多いです。アジア系アメリカ人の映画のサポートをするなんてチャリティみたいなものだ、という偏見も多少あると思います。女性は感情的で財政面でもきつい立場ですから、市場性の少ない映画を撮ると思われがちですが、そういうときには自分が何をやりたいのか、ジョン・ウーみたいになりたいのか、あるいはアン・リーみたいになりたいのか、しっかり考えながら前に進むことです。ちなみに私はアン・リーのようになりたいです。
あとは、アメリカにはあまりありませんが、政府からのサポートを受けるという手もあります。アメリカではNPO法人が財務的サポートではありませんでしたが、ネットワーク的なサポートをしてくれたので、日本でもそのような組織的サポートをしてくれそうなところを探すのをおすすめしますよ。一人で全部やるのは厳しいですからね。
執筆者
Naomi Kanno