中国・少林武術学校から修行帰りの少女、凛(柴咲コウ)は未知なる力を備えている。
日本で少林拳を広める事が目標だが、亡き祖父が開いた道場は廃墟と化し、門下生たちも散り散りに。
かつての師、岩井(江口洋介)も現在は中華食堂の店長と化しショックを受ける。そこへ、中華食堂でバイトしている国際星館大学ラクロス部部員のミンミンが現れ、凛から少林拳を習う替わりにラクロス部に入ることとなる。しかし、その時、凛の強さを狙う黒い影が近付きつつあった・・・。
『少林サッカー』などでお馴染み、香港の俳優・映画監督のチャウ・シンチーをエグゼクティブプロデューサーに迎え、未だかつて見た事がない少林拳が超ド級のスケールで描かれる。
柴咲コウ、仲村トオル、江口洋介、岡村隆史などの日本キャストをはじめ、『少林サッカー』よりラム・チーチョンとティン・カイマンという香港キャストたちが織り成す豪華カンフーアクションエンタテイメント『少林少女』。

本広克行監督は、『踊る大捜査線』シリーズの演出、監督をはじめ、『サマータイムマシン・ブルース』(2005年)『UDON』(2006年)など数々の映画を手掛けている。
また、2007年から舞台FABRICAの演出も始め、その活動は多岐に渡る。
撮影時のエピソードや、11月5日に発売されるDVDについてお話を伺った。






——この『少林少女』を監督する事になった経緯は?

「『少林サッカー』でプロモーション来日していたチャウ・シンチーにお会いする機会があり、その時に“何か一緒にできればいいですね”というお話がありました。本作のプロデューサーの西冬彦氏の熱い思いもあったのですが、言葉の壁もありますし、香港で活躍されている方とのフィールドの違いもあり、これは無理だろうなと思っていました。
それを亀山千広プロデューサーがうまくまとめて、企画に柴咲コウさんが乗ってきて下さり、話が進んでいきましたね。
これまでの映画は、香港からアクション指導の方を呼んできて撮影する事が多かったと思いますが、今回はワイヤーアクションなど、すべてのアクションを日本人でいちからやろうという画期的な計画がありました。」

——監督自身、小さい頃からのアクション映画やカンフーものへの思い入れはあったのですか?

「美しいものとパワーには昔から憧れていました。猪木さんからブルース・リーまで強い人は全員好きですね(笑)ブルース・リーという存在がいて、ジャッキー・チェンがいる訳ですが、ジャッキーの方がもう少し等身大なんですよね。やられて強くなっていくというところが、全ての男の子は皆がハマるものだと思います。ジャパン・アクション・クラブには当時、千葉真一さん、真田広之さん、志穂美悦子さんという方々がいて、強くてかっこいい人がいっぱいいる時代でしたね。」

——今回、柴咲コウさん演じる凛はヒロインですが、アクション・ヒロインへの思い入れは?

「僕の中では志穂美悦子さんしかいませんね。アクションもやって、普通の芝居もやるというところが凄くて、カリスマ性があると思います。昔の出演作を紐解いて、何が凄かったのかを理解しようと思いましたが、本当に戦っているのがとにかく凄いんだなと思いました。その頃の映画って話が破綻していますからね(笑)でも、パワーがあるから最後まで見れてしまう。『少林少女』もそうなればいいなと思い、二時間ぐらいかかる難しい話よりも、凛の強い姿勢が一本の軸となって通っていればいいなと思って作っていきました。」

——柴咲コウさんに対しての、見て欲しい作品や指導などはありましたか?

「西プロデューサーが、ブルース・リーを見せていましたね。かっこいい出で立ちを見せるための初級編としては一番いいですからね。それから、“ジャッキー・チェンと誰々が戦ったあのシーンを見てくれ”という指示があったりしました。柴咲さんは、これまでそういったアクションものには触れた事がありませんでしたが、岡村隆史さんと西プロデューサーとはさらにマニアックなレベルでの話し合いをしていましたね。」

——柴咲さんが、台本からイメージする詩を書いたと伺いましたが、どのような内容でしたか?

「最後に仲村トオルさんと戦うシーンで、凛が繰り出す最後の必殺技というのがどうしても思い付かなかったんですね。女性にしかできない技って何だろう、とずっと思っていて、考え付いたのが“母性”でした。柴咲さんと話し合いながら、男には無くて女にはあるもので、暖かい感じがする戦い方って何だろうという事になり、柴咲さんから“母性はどうでしょう”と言われたんです。彼女はしょっちゅう本を読んでいて、その時読んでいた本は母性に関する本だったんです。そして僕が、“今何か言葉が思いつくなら、メモしてみて”と言ったんです。その詩を、頭の中でイメージ化したら、空から包み込むような暖かい光が降り注いで、落下しながら降りてくるというシーンになり、「守る」という技にたどり着きました。あれは最初、台本にも無かった技です。
ああいう精神世界に入り込むような絵の表現というのは難しいですね。」

——仲村トオルさんは悪役として登場しますが、具体的な悪のイメージはありましたか?

「亀山プロデューサーと、ダースベイダーのイメージだと最初から言っていましたね。力が強くなりすぎて、どんどん力を欲するようになっていく。人間というのは皆そうだと思いますが、“もっともっと”という欲深さに染まってしまったのが仲村トオルさんの役ですね。戦わないと凛と誓ったのに戦ってしまったのが江口洋介さんの役で、皆様々なトラウマがあって凛に憧れていくようになればいいなと思いました。」

——仲村さんには、アクションものの話やイメージ指示などはしましたか?

「それもやはり西プロデューサーがしましたね(笑)僕はほとんど、まとめる役だったので。西さんが考える事を、なんとか実現させてあげたいなという思いでした。
何かトラブルがあると、全部西さんに持っていって、“それでいいんですか?”と投げかけていました。仲村さんに対しても、西さんは自分の好きなカンフーもののダイジェスト版などを見せて、足の上げ方などを一緒に練習していましたね。
仲村さんは体の動く役者さんなので、西さんの注文を全部こなす事ができるんです。そんなトオルさんと戦うようになった柴咲さんは、もっと強くなっていきましたね。
体のキレがよくなっていって、どんどん覚醒していくのを見て、“おぉーっ凄い!”と思いましたね。」

——以前も『踊る大捜査線 THE MOVIE2』に出演してた、岡村隆史さんの魅力とは?

「岡村さんは、見ていていつも涙が出るくらい凄い人だなと思っています。こんなに有名なのに、凄く性格が良くて、どんなにピリピリした空気でも岡村さんが来ると皆笑って空気が和むんです。“凄い、こんな人いるんだ!”という感じですね。
芝居はそんなに上手くはないんですけど、台詞を自分のものに置き換えた時にとてもナチュラルな演技をするんですね。柴咲さんもそうでしたが、スタントの人は一応いるけれども絶対にスタント無しでやるんです。このDVDは、本人たちが本当にアクションをやっているというのが一番の見所かもしれないですね。特典映像にも西さんの解説のもと、撮影風景がありますが、ここでしか見れない映画を越えたコンテンツがあったので、今回は何も手を加えずに見て頂きたいなと思います。」

——西プロデューサーの思い入れが強すぎるあまり、暴走してしまう事もあったのでは?

「それもありましたね、僕はとにかく客観視していようと思いました。現場にディレクターを何人も立てて、僕の絵コンテを元に動くというやり方でした。
“もっとこうしたらいいのでは”というアイディアは全て西さんに伝えていましたね。
芝居の部分でしか柴咲さんに対して言う事はありませんでした。ラクロスにはラクロス担当のディレクターが、五重の塔にはその担当が、中華食堂のアクションにも担当がいました。」

——担当の方だけでも大人数ですが、さらに言葉の壁も加わり、その中で全体をまとめていくのは大変だったのではないでしょうか

「そうですね、とにかくこの作品は色々な要素がてんこ盛りでしたから。『少林サッカー』はサッカーと武術でしたけど、これは『少林サッカー』と『カンフーハッスル』のいいとこ取りのような映画を作るつもりでいたので、お金も労力も多く必要になりますよね。
でも、皆さんの作る思いは一緒だったので、影では様々な苦労があったと思いますが、
あまりぶつかり合いなども無く、“とにかく成立させなければ、まとめなければ”という気持ちでいっぱいでしたね。
クランクアップした時に、柴咲さんが泣けば達成感もあっていいなと思っていたので、ドキドキしていました。彼女がどれぐらいやりきったのか気になっていましたが、最後スピーチしている時に泣いていて、それを見た西さんも泣いていて、それを見た僕は“よし!”と思いましたね(笑)」

——もし続編を作るとしたら、やりたいと思われますか?

「もちろん、できるのであれば是非やりたいと思います。当初より、勉強してきた中で色々なアイディアもありますし、今度は香港の名も無いワイヤーチームたちと協力してやりたいですよね。今回この映画のキャンペーンで香港に訪れた時に、ワイヤーチームと交流する機会があったのですが、やはり彼らは蓄積が我々とは違うなと感じましたね。無名だけれども、凄く熱を帯びて頑張っている人たちとできたらいいなと思います。」

——『少林サッカー』の持つ、ありえないけど面白いアクションのユーモアと、本広監督が持つユーモアが同時に『少林少女』の中でひとつになっていましたが、双方をどう取り入れていきましたか? 

「それについては未だに悩んでいるのですが、ある時から“うちの子供が喜べばいいや”と思ったんですね。リアルを追求すると、ボールが火を吹いて龍になって加速していくなんて事はありえないじゃないですか。
最初、皆に描いてもらった絵コンテを見たら地味で、アクション・スポーツではなく、単なるスポーツでした。これを見せたら子供たちは喜ぶのか?と、その時疑問に感じたんです。それまではずっと大人向けに作っていましたが、それから子供向けにしないといけないと思いました。僕も子供の頃、カンフーやアクションものに惹かれた気持ちを大切にして、CGも沢山入れてお金のかかった漫画にして、それがひとつになれば新たしい形になると思ったんです。
大人向けにしようと思ったら、途中でミンミンを殺して凛の反抗心を際立たせていたと思います。子供には見せられないような内容になっていたのではないでしょうか。昔のアクションものというのは、ひどいやられ方をするのですが、この作品は復讐をアピールし過ぎては駄目だなと思ったんです。そのために、「守る」という風に現代風にアレンジが必要でした。」

——DVDの特典映像「君もなれるぞ少林少女」というのは? 

「これは西さんの暴走ですね(笑)
熱いものよりも、ちょっとふざけた、ほっとするものを入れた方がいいなと思いました。西プロデューサー自ら、カンフー体操のようなものを伝授するという内容です。」

——今回も、「ラクロス花子」や「カエル急便」という本広監督作品ではお馴染みの小ネタが登場しますが

「これは、10年ぐらい前に、将来見た時に自分で振り返って笑うために取り入れた遊びだったのですが、いつの間にか皆知ってるものに広がっていきましたよね。
僕の中では、全ては繋がっているという意味でやっていきました。」

——DVDでご覧になる方に、ここは特に注目して欲しいという点はありますか?

「音には特に力を入れました。この作品は邦画では珍しく全てアフレコなのですが、普通アフレコの音声というのは浮いて聞こえてしまうので、今回は技術的チャレンジでした。
ハリウッドは全部アフレコで、日本でもそれが可能なのではないかと思っていました。音響も、『スター・ウォーズ』シリーズを手掛けるスカイウォーカー・サウンドという会社に頼んで、サンフランシスコに行って全部作って貰いました。
音楽は、最近よく一緒に仕事をしている菅野祐悟さんに100曲以上作って頂きましたね。東洋のアクション技術と、西洋の映画技術を交ぜ合わせて、日本からひとつの『少林少女』という作品になるといいなと思いました。柴咲さんのアフレコだけでも3日かかっていましたから、相当大変な作業ではありましたね。」

——映画を作る上で、一番重視する事は?

「以前は、映画を見る人のターゲットを何才代なのかなど絞っていたのですが、最近ではより身近な人に楽しんでもらえるかどうかを気にするようになりましたね。
自分の子供や祖母が面白いと思うかな、という事を重視するようになりました。」

——最近、気になっている映画や小説、舞台などは?

「僕が今ハマっているのは演劇で、平田オリザさん率いる青年団という劇団が物凄く好きです。90年代に静かな演劇というのがブームになりましたが、音楽も使わずにひたすら会話劇なんですね。現代口語演劇と言って、普通に話している言葉を演劇にしていくという方法です。腹式呼吸を用いずに、普通の話し方で小さな劇場で上演するというのが今凄く面白いと思います。あの人たちが今のエンタメを変えていくのではないかなと僕は思っていて、そこへ行って勉強したいぐらいの気持ちです。
最初は何が面白いのかわからなかったのですが、段々、人間の発する言葉の面白さや特殊さに惹かれていくようになりました。きれいに言葉を伝える事の素晴らしさを40過ぎてから知るといのは恐ろしいですね。
その面白さを、この映画の世界にそのまま持ってきてしまうのではなく、巧みな言葉というものを伝えていければいいなと思っています。」

執筆者

池田祐里枝

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