サスペンスの女王と称されるアガサ・クリスティー本人が生涯の自作ベスト10に選んだ傑作ミステリー小説『ゼロ時間へ』をパスカル・トマ監督が映画化! 風光明媚な海辺の避暑地を舞台にして起きる殺人事件の顛末を綴った本作で、メルヴィル・プポーは、叔母(ダニエル・ダリュー)が所有する別荘に現在の妻(ローラ・スメット)と前妻(キアラ・マストロヤンニ)とともに訪れる裕福なテニスプレーヤーを好演している。(Text by Y. KIKKA)







Q=このような登場人物が多いミステリー作品の場合、演技のバランスが難しいと思うのですが、演技のアンサンブルはどの様に?

A=シナリオが本当に良く出来ていてね。パスカル・トマ監督の狙い通り、登場人物1人1人のキャラが立っているんだ。つまりね、曖昧なところが全くなく、新妻の方はすごく奔放な若い女の子。前妻の方は少々暗めな女性といった具合に、ルックスからしても一目瞭然なのさ。監督が演出で心がけたのは、キャラクターの人物像を観客に明確に伝えていくこと。このような演出方法はフランス映画においては古典的な手法なんだが、観客にとっては実に判りやすい。特にこの映画は観客が推理しながら観ていく物語なので、誰に嫌疑をかけるべきか、誰が無実なのかを観客が見極める上での大きなポイントとなる。それぞれのキャラクターの状況をフィジカルな面でもメンタルな面でも的確に表現しているので、子供でも楽しめる映画に仕上がっていると思うよ。フランスには“クルエド”という犯人探しをするボードゲームがあるんだが、この映画は1人1人の観客がそのゲームに参加しているがごとく、スクリーンをゲーム盤に見立て、手がかりを掴みながら犯人探しを楽しんでいけるんだ。僕自身はね、良家の坊っちゃんを演じることに徹していたので、演技自体はそれほど難しくはなかった。ただしテニスのチャンピオンという設定に信憑性を与えるために筋肉はつけたけどね。僕が演じたギョーム役に関して、監督からは「とてもエレガントで、貴族的な教育を受けてきた子息だというイメージで演じてくれ」と言われたよ。フランスの貴族ならではの騎士道精神あふれるフェアプレイを身に付けた美しいスポーツマンで、スーツもシャツもオーダーメイド仕立てというギョームの人物造形は最初から確立されていたんだ。観客から全く疑いが掛からない、非のうちどころのない人物としてね。

Q=実際にテニスの腕前を披露するシーンがありましたが、これまでにテニスの経験はあったのですか。それとも映画のために特訓したのですか?

A=実はね、祖父がパリのローラン・ギャロス(世界4大テニス大会の1つである全仏オープン)の審判を務めていた関係もあって、テニスは幼い頃からかなりたしなんではいたんだ。だけど随分長いこと遠ざかっていたので、今回の出演が決まったのを機にコーチについてトレーニングすることにした。夏休みの期間中、ず〜っとね。撮影するテニスのシーンは結構長い上、難しいテクニックのバックハンドを何度も見せなきゃいけなかったからね。そのシーンを撮った日は、撮影が終わったとたんに倒れ伏してしまうぐらい疲労困憊してしまったよ(笑)。細かいことなんだけど、この映画の時代背景については全体的に曖昧なままにするというスタンスを取っている。1950年代の話のようでもあり、2000年代の話のようにも見える。なので僕自身、このテニスのシーンにもそんなタイムレスな感じを残したいと思った。テニスの黎明期の選手は長いズボンを着用していたよね。さすがに今回の撮影では長ズボンははかなかったけど、現代風のアグレッシブでスピーディなスタイルの過激なモダン・テニスではなく、優雅なクラシック・スタイルのテニスをやりたいって監督に進言したんだ。手本にしたのはアルフレッド・ヒッチコック監督の『見知らぬ乗客』の主人公であるハンサムなテニス選手。彼がプレイするテニスシーンもあってね、僕はこのヒッチコックの映画に目配せしながらテニスのシーンの撮影に臨んだんだよ。

Q=子役からスタートし、今もスターとして活躍されていますね。子役出身の俳優の多くは、なかなか成功しないものですが、現在のポジションを築くことができた理由を自己分析していただけますか?

A=成功の秘訣? 子役時代に大ヒット作がなかったからじゃないかな。子役の僕が出演したのは作家主義的というか、ラウル・ルイス監督の作品のようなね、知る人ぞ知るみたいな映画ばかりだったんだ。子役で出た映画が大ヒットしてしまうと、その役と子役自身がオーバーラップしてしまい、観客のイメージが固定化されがちになる。僕の場合は幸いにして、そんな経験はなくてね。ティーンエイジャーになって成長するにつれても、作品ごとに違う役柄を演じていたので、世間の目には、また新しい役に挑んでいるなとしか映らなかったんだ。そんなわけで、今は自分が本当にやりたい方向にうまく進んでいけている。9歳で仕事を始めたんだけど、今の段階に至るまでは、修業時代だったと考えているよ。自分の存在がメディアや大衆の目に晒されて“パブリック”にならずにすみ、スターシステムの枠から外れて、人知れずコツコツと修行を積んできたって感じさ。なので、自分はショービジネス界とは違う世界に身を置いていると自負しているよ。

Q=以前、やはり子役出身のブノワ・マジメルさんに同様の質問をしたことがあります。その時ブノワさんは、フランスでも子役が成功するのは本当に珍しく、僕とメルヴィル・プポーは例外中の例外なんだと仰っていました。そして2人とも、成長後も容貌があまり変わっていない点を成功の要因の1つに挙げられていましたが、この点については、どう思われますか?

A=ブノワ・マジメルが僕のことをそんなふうに言ってくれたとは…、いやぁ〜本当に嬉しいな。彼とは昔、共演したことがあり、知り合ってからも長いんだけど、俳優としても、とっても好きな俳優なんだ。子役から出発して、長く俳優業を続けていけるのは確かに珍しいことかも知れないな。容貌に関しても、確かに30歳ぐらいまでは、あまり変わっていない。なので、30歳あたりまでは、とても若くて、ロマンティックで優しい青年という役のイメージが映画業界内でもあったと思う。だけど僕自身では、この2〜3年でかなり変わってきたと実感しているんだ。それなりの年となって、容貌においても肉体的にもね。演じる役柄も徐々に変わって、成熟した大人の役、あるいは性格的にハードな役や意地悪な役が、30歳を過ぎてから、ようやく廻ってくるようになったんだ。僕はこの変化を歓迎している。監督や映画界の人たちが僕自身の変化に気付き、それに適合する役柄を提供してくれるのは、とっても嬉しいことだよね。

Q=映画の中で、ギョームは当初、前妻のゲールをふったという設定でしたが、後になって実はゲールが彼を捨てたのだと判明しますね。メルヴィル・プポーさんご自身は、女性にふられてしまった時、未練を残すタイプですか? それともスッパリと諦められるタイプですか?

A=子供の頃から僕は、誰かと1度つきあったら、かなり長期間つきあうタイプなんだ。だから別れることになっても、それは偶発的には起こらない。急に彼女が「もう貴方のことを嫌いになったわ」と言って立ち去り、僕はワケもわからずに呆然とするなんていう類のことはね。長い関係の中でお互いが徐々に変わっていくこともあれば、親密になり過ぎて情熱が冷めてしまうこともある。長い生活の中では、相手の心境の変化を少しずつ感じ取れるようになる。なので、その時が来たら、あぁ、やっぱりそうかって、穏やかな気持ちで“別れ”を認識できるモノなんだ。だから“判らない!”という気持ちや、未練なんかは残らない。ただ、片思いをして、好きで好きでたまらなかった相手が、僕のことを全く好きじゃなくて、待ち焦がれていたって経験はあるけど、結局それは相思相愛の関係には至らならなかったから、ちょっと立場は違うよね(笑)。

Q=今年から来年にかけて出演作が目白押しですね。製作国も様々でバラエティに富んでいますが、出演の決め手となるのは監督ですか? それとも脚本ですか?

A=やっぱり監督だね。でも、それは監督の知名度なんかじゃなくて、僕と波長が合うかどうか、そしてその監督がやりたいと思っていることに対する情熱の度合いの大きさが決め手となるんだ。シナリオやキャラクターは、その後に考慮していく。何と言っても一番重要なのは監督のモチベーションの高さと相性だね。フランソワ・オゾン監督の『ぼくを葬(おく)る』に出演後、僕は2年間ほど映画には出演しなかったんだ。なので今、少し多作になっているんだけど、そこで考えたのは、色んなタイプの監督と仕事をしてみようということ。『ゼロ時間の謎』のパスカル・トマ監督の場合は、家族を扱った映画。アルノー・デプレシャンの監督作(「UN CONTE DE NOEL」)はフランスの伝統的な作家主義のインテリ映画。ニューヨークで撮影したゾエ・カサヴェテスの初監督作(「BROKEN ENGLISH」)は、とってもロマンティックで可愛らしく、ちょっと遊び心がある映画。イギリスで撮ったのはスリラー的な作品(ショーン・エリス監督作「THE BROKEN」)。こんなふうに監督もジャンルも変え、あるいは国も越え、色んな影響を受けて僕自身の中に吸収していきたいんだ。そして今後もこの方針でいきたいと思っている。あのね、実はアルノー・デプレシャンと組めたのは日本のおかげなんだよ。『ぼくを葬る』のプロモーションで僕が来日していた時、彼も“カイエ・ドゥ・シネマ週間”でちょうど東京に来ていてね、2人でゴールデン街の“ジュテ”でお酒を酌み交わしながら共感を深めていき、役をゲットした映画なんだよ(笑)。

執筆者

Text by Y. KIKKA

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