好きな人を抱きしめたい、好きな人に抱かれたい、そんな思いを持つことすら許されない環境の中で、差別という壁に阻まれつつ求めあう少女と青年。愛や夢とはぐれ、風の外側にいる二人が、やがて優しい風に抱かれる。美しい海峡の町、下関を舞台に、モントリオール世界映画祭三冠を受賞した『長い散歩』の奥田瑛二監督が放つ待望の最新作。『長い散歩』で「愛」を描いた奥田監督が、真摯に「夢」を見つめた珠玉の恋の物語。

主演はモデルとして東京・パリ・ミラノ・コレクションなどで活躍する佐々木崇雄と、本作で裸体もいとわぬ体当たりの演技を見せている奥田監督の次女・安藤サクラ。二人は共に本作が映画デビュー作、初主演となるフレッシュな新人。また、夏木マリ、北村一輝、奥田監督自身ほかの奥田組常連に加え、若手注目株の石田卓也、かたせ梨乃、ロックミュージシャンの大友康平、ジャズシンガーの綾戸智絵、作家の島田雅彦、スピリチュアルカウンセラーとして名高い江原哲之など豪華なキャスト陣が作品に深みを出しています。

今回は映画デビュー作にして、主演を果たした佐々木崇雄さんにお話を伺った。







奥田瑛二監督はこだわりの人というイメージがありますが、お会いしたときはどうでした?

「監督独特の不思議なこだわりが随所にありました。本当に些細なことなんですけど、半分シャツを出して、半分出してなかったりといった服の着こなし方とかもそうですし。そういう微妙な部分のこだわりが言葉の端々から感じましたね。言い回しとか、全体の雰囲気などもそうですよね」

それは監督が役者であるということも関係しているんでしょうか?

「そうですね。役者としてもそうですし。破天荒な人生を送られてきた方なので(笑)。そういうところから来ているのかもしれないですね」

ヤクザになりきれないチンピラという風情の役柄だったかと思いますが、この捕らえどころのない人物について、監督からはどのような人物だと言われましたか?

「監督からアドバイスされたのは、この男は陽炎のようなやつだということですね。でも最初は何を言っているのか分からなかったんですよ」

陽炎のようなって、結構抽象的な言葉ですからね。

「でもやっていくうちに分かっていくというか。実際に陽炎の意味は分かりますけど、具体的にどのように動いたらいいのかなと思って、歩き方なども含めて試行錯誤していきました。最初の方は僕はほとんどしゃべらないので、実際の雰囲気などを通じてやってみて、画面を通して見たときに陽炎のような男になれたのかな、とは思います」

監督から「今の演技は陽炎みたいだったぞ」みたいなお褒めの言葉は?

「たまにありましたね(笑)。でもなかなか褒めてもらえないんですよね。いつもガンガンに怒鳴られていましたから」

この映画に入る前に監督から指示されたことは?

「最初は細かい指示はなかったですね。髪を切るな、ひげを伸ばしてこい、筋肉を絞るかというようなことだけで。それもやっているうちに、その意図が分かってきましたね。この男はそんなにきれいに髪を揃えたりしないな、というのは分かってくるんですよね」

分かってきた、というのは、動いていく中で心がついてくるというか。気持ちがしっくりいく、という感じですか。

「それはありますね。僕自身も考えていたことはありますけど、実際に動いてみると、自分の想像以上に気持ちが深かったりとか。逆に考えていたことが実は違ったりとか。そういうのは多々ありましたね。役者って、台本を読んだ上ですべてが分かった方がいいんでしょうけど、逆に動いていくうちに分かっていくことが結構あるもんなんですよね」

監督が役者でもあるということで、助けられたことはありますか?

「僕の演技に対して、監督から『違うよ、こうだよ』と言われた瞬間に役者の奥田瑛二になるわけですよ。監督が演じることが出来ますからね。もちろんありがたいことなんですけど、僕としては複雑な感じもありますね(笑)。でもそのおかげで言葉で伝わりきらないものが、ダイレクトに自分の中に入っていくのは感じましたね」

そうすると、ある種演技の基準を奥田瑛二さんのレベルにまで高めなくてはいけないということになりますね。けっこう厳しくないですか?

「厳しいですね(笑)」

ある種、監督の基準を越えろということですよね。

「そうですね。ものすごく厳しいことですし、でも贅沢な現場というか、贅沢な環境ですよね。その中でやらせていただいたのは財産です。奥田映画学校の生徒ということで。でも演じるときはガチンコの勝負という気分でやらせていただきました(笑)」

下関のフィルムコミッションが協力していましたね。

「この映画は地元の方の協力なくては出来なかったですよ。この映画に出演することが決まってから、監督にロケハンに連れていってもらったんです。歩いていると、うちでお茶を飲んでいきなよと言われるんですよ。監督は有名人だから。じゃ、ということで、一緒にお茶をしながらお話をするわけです。いろいろと地元でしか分からない情報や、その土地の人にしか分からないことを教えていただいたりしました。皆さんの協力があって、僕もこの土地で生まれ育った人間として演じることが出来たんだと思いました」

北村一樹さんとのシーンは印象的でした。

「すごく尊敬している方だったので、最初は緊張していました。でも実際にお会いさせていただくと、その緊張が解けていくというか、僕のやりやすいような雰囲気を作ってくださるような方だったんですよ。何をやってもストライクにとってくれるというか、受けとめてくださったりして、いろいろと助けていただきました」

アイスを食べながら話しあうというのがいいんですよね。ご自身で好きなシーンは?

「もちろん北村さんとふたりで話すシーンも大好きですし、あとは、ラストで走っているシーンが好きですね。僕の中ではあれをやったことで、ひとつ自分が自由になれるというか、ひとつ壁を越えたというか。次に行けるという感じがしているところなんで、そういう意味で自由への疾走というか。自分の中で意味のあるシーンですね」

執筆者

壬生智裕

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