何かを確実に失いながらそれでも生きていく田舎医者の運命を描いた「田舎医者」は1917年に執筆されたカフカの短編小説。チェコのプラハに生まれたカフカはプラハ大学在学中に小説を書き始め、卒業後は保険協会の職員と執筆という二重の生活を長い間続けた。二度婚約するが、生涯独身。若くして結核にかかり、1924年6月に41歳で死去。

国内外で高く評価されているアニメーション作家・山村浩二は田舎医者に感情移入し、新たな可能性を求めて20分の独自の世界を表現した。

ボイスキャストには、人間国宝である茂山千作をはじめとする“お豆腐狂言”茂山一家が参加、また、「蛇にピアス」で芥川賞を受賞した金原ひとみが女中のローザ役で声優に初挑戦している。音楽には1928年にフランスで発明されたオンド・マルトノという珍しい電波楽器を使用し、吹雪や人間の孤独な感情を美しく奏でている。




——カフカの「田舎医者」とは二十代に出会ったそうですが、カフカを読もうと思ったきっかけは?
「十代の時に家に学習百科があって、その文学特集の巻にカフカの「変身」が紹介されていて、すごく面白そうだなと思ってカフカを意識し始め、二十代の頃に積極的にカフカの本をいくつか古本屋で買って読み始めたという感じですね。」

——カフカの作品の中でも「田舎医者」が特に気に入られたのですか?
「「田舎医者」が特に一番という訳ではなく、どの作品もそれなりに色々面白かったですね。その時はアニメーションにしようとは思わず文学的な興味でした。アニメーション化のきっかけは、はっきりとは覚えていないんですが、カフカの短編の中でもやりがいがある面白くなる要素があったので、表現としてアニメーションに適しているんじゃないかと思ったんです。」

——『変身』をアニメ化しようと思ったことは?
「実は「変身」は、70年代にアニメーション化されていて、それもよく知っていたし、「変身」自体は、虫の変化の部分以外は非常に淡々とした日常が綴られているので、多分アニメーションにしてもあまり面白くならないかなと思っていました。もしかすると実写とか演劇の方が面白くなるかもしれないですね。「田舎医者」は時間の変化や精神の歪みの要素、少年合唱がいきなり出てきたりと、バラエティに富んだ中身があるのでアニメーションに適していると思ったんです。」

——キャラクター作りについて
「田舎医者と少年を早い段階でスケッチしていて、実は少年は最初のスケッチから変わっていったんですけど、田舎医者自体は最初のイメージと変わってないですね。最初少年については、もうちょっと病的なダークな部分に視点がいき過ぎていたんですけど、以外とこの少年は病弱なだけでなくて、嘘をついていたり、どこかタフなところがあったりするんじゃないかと思い始め、はっきりしてきたという感じです。」

——ボイスキャストで狂言師の茂山一家を起用しようとした経緯は?
「まず、狂言でやるというアイディアが絵コンテを作っている段階からあって、茂山さんたちにお願いしようと思い始めたのはかなり始めですね。徐々に狂言の資料を見たり、実際に行ったり、茂さんにお会いして相談をしました。狂言でできるとはっきり思い始めてから茂山さんたちのキャスティングをしていったのですが、女性のローザだけは狂言師の方々ではできなかったもので、考えてもなかなかいい人が思いつかなかったんですけど、ラジオでたまたま聞いた金原ひとみさんの声がイメージ通りの声だったので、異分野の方でしたがお願いし、すぐに興味を持ってもらえました。」

——ユーモアの要素として、ブラックユーモアが強いと思うんですが、お好きなんですか
「そうですね。ちょっとシニカルな笑いの方が好きかもしれないですね。ストレートな明るいギャグというよりは、ちょっと含みを持ったユーモアの方が好きかもしれませんね。基本的に、ちょっとおかしみというかユーモラスな部分は大事にしていますけどね。いつも盛り込んでいるつもりなんですけど、今回もかなり怖い方が目立ってしまって気付いてもらえない人もいるんですけどね。」

——東京国際映画祭での上映の際に舞台挨拶されていらっしゃいますが、「力をいれずに見て欲しい」とおっしゃっていましたね 観客の方には気軽に見て欲しいという気持ちが強いんですか?
「そうですね。特に日本の方は、まじめで考えすぎてしまうきらいがあるかなと思って。まず、今回、どちらかというと難しく語られることが多いカフカというところで、先入観を持って見られる方がすごく多いので。でも僕は、色んなカフカの研究本を読んだり、作品も何度も読み直したりする中で、カフカはすごくユーモアがあって、人を楽しませるところでは、エンターテインメントをしようとしていた小説家でもあると思ったので、そこにスポットを当てたいなと思ったんですね。なので、何かすごく意味があるんじゃないかとか、何か考えなきゃいけないんじゃないか、もちろんそういう風に取れるところも面白いところで、それはそれで考えて頂ければ面白いんですけど、ただ難しいから自分には解らなかったという風にはとらえないでほしい。その映像上で起こっているそれぞれの瞬間瞬間を楽しんでもらえればそれでいいのになと思うので、あまり力まずにちょっと軽い気持ちで見て面白いなと思ってくれればいいかなと思うんですけど。」 

——カフカの作品は、十代に読むと難しく感じることが多いと思うのですが、二十代、三十代になると、全然違う視点で読むことができると思います。山村監督の作品が、カフカを読み返すきっかけになる方も多いと思います。またカフカの作品を理解するにはカフカ自身を知りたくなりますね。
「池内紀さんのトークでもおっしゃっていましたけど、身内の人に笑いながら自分の話を読み聞かせたり、人を楽しませようという気持ちがある人なんだなというのを感じますね。僕も二十代の頃というのは、どうしても奇異な部分、怪奇な部分に目がいってしまったんですけど、三十代、四十代になって読み直して、実人生とかに照らし合わせてみると、以外と理解しやすくて、生きるっていうことのすごくストレートな思いが裏にちゃんとあって、その上でのユーモアだったり、ちょっとした皮肉だったり、暗喩だったり、その辺りがすごく面白い作家ですよね。」

——カフカの「田舎医者」にもいろんな解釈がありますよね。
「知り得た限りでも何通りもありますね。実生活の芸術についてじゃないかとか、宗教的な暗喩なんじゃないかとか、不安という部分で当時の世界情勢に引っかけた解説なんかもあるし、でもそれは広げすぎのような気がするんですよね(笑)。」

——山村監督自身の解釈としては?
「僕としては、物を作っている同じ人間としての共感の部分で、自分自身の作り得たい、形にしたい物づくりの理想だったり、芸術の目に見えない物の暗喩のように感じますけどね。それが花でもあり傷でもあるという。自分が背負ってしまった業でもあるんだけど、でも、それはやりたいことでもあるし。僕は作り手の見方でそう読んだけど、多分色んな人の思いがそこにあって、かなりセクシャルなメタファーにもとれるし、そこは面白いところですね。」




——原作物とオリジナルのどちらに興味を持たれますか?
「このところ、たまたま原作ものが続いているので、はっきり原作がないものをちょっとやりたいなとは思っています。」

——今後、映像化したいものは感情的な物なんですか?
「最終的には言葉とかでは表せないけど人間の持っている根源的な感情とか感覚みたいなものが描き出せたらいいなと思いますし、それがアニメーションでしかできないようなことですかね。だから、どこか心の奥にあって言葉に出来ていないこういうものというのができたら面白いなと思います。」

——アニメーションの世界では新しい試みがありますが、アニメーションの世界自体はどういう方向に向かっていくと思いますか?
「色々な方向性があると思いますけど、アメリカの産業の方は完全にCG一辺倒になっていって、中身はカートゥーンなんだけどフォトリアリスティックな表現を写実的な方向でCGで作ったり、アニメーションから離れてニュアンスも含めてやっていくという方向にいって、僕がやっているような手書きなものだとか、ショートフィルムというのも様々な方向に向かっていて、純粋にアニメーションだけの表現としての面白さというよりは、コンピュータグラフィックが出てきて、境目があやふやになって作り手もアニメーションだからとこだわった意識をしないで作っている人が増えているような気がしますね。僕としては、もっとよりアニメーションでしかできないような面白いことが見たいし、自分も作りたいので、そういうのが出てきてくれればいいなと思うんですけど、それはどちらかというとより少ない存在になってきているかなという気がしますね。」

——今いるアニメーションの作家の中で気になっている方は?
「僕と同じような土俵にいる人たちで、イゴール・コヴァリョフというウクライナ生まれのロシア人でロスで短編を作っている作家とか、イギリスで活躍しているフィル・ムロイという作家でラフな線というか、墨一色で描くような人はいるんですけど、その2人の動向は気になりますね。この2人も普通には配給されていなくて、広島のフェスティバルで上映されるぐらいなので残念なんですけど、何とかもうちょっと普通に見られる状況にしたいなと思っているんですけどね。」

——彼らのようなアニメーションを普及する活動もされているんですよね。
「僕が一番大きな影響を受けた作家の一人でプリート・パルンというエストニア人の方がいるんですけど、DVDのセレクトの手伝いもして、もう少しで劇場とDVDで公開できると思います。もう一つ、「知られざるアニメーション」というブログで短編のアニメーションを紹介していて、二枚のDVDになって発売されています。知られていない面白い作家がいるので、できれば続けて出していきたいと思っています。」

——では最後に、当サイトをご覧の方にメッセージをお願いします
「短編ですから、多分一回で把握し切れない中身の濃いものだと思うので、他の映画よりも入場料も安いですし、ぜひ2度、3度と劇場に足を運んで頂けたらいいなと思います。」

執筆者

Miwako NIBE

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