類い稀な人物であり、また友人でもある女性を演じることについて、アンジェリーナ・ジョリーは責任を重く感じていた。殺害されたジャーナリスト、ダニエル・パールの非凡な妻、マリアンヌ・パールをこの映画で演じるのは、名誉なことであると同時に、大きな挑戦だったとジョリーは言う。
「気が気じゃなかったわ。あんなことは初めて。仕事には真剣に取り組むけど、気張らずにやるほうなの。夜、眠れないなんて初めてだったわ。
撮影前夜はこんなことになったらどうしよう、あんなことになったらどうしようと焼きもきしっぱなし。とても尊敬しているこの女性を自分が演じられると考るのが、申し訳なく思えたわ。人の心を動かすことなんてできないんじゃないかって。でも私の中にも芽生えた彼女の誠意に、大いに助けられた。」
完成した映画をマリアンヌに観せる時、彼女の反応が気になってとても緊張したそうだ。







Q:映画はとても好評でした。ここに来られてよかったですね。

A:そう。皆すごくホッとしたわ。論評も一様でなく色々あって。その中からいいものをダニーのご両親に送ってあげたの。有り難いことに、とても上手くいってますって報告できるわ。

Q:マリアンヌとダニーのご両親が最も気になる観客でしょうね?

A:もちろんよ。彼らが気に入ってくれたのが何より。一番手厳しい批評を下されることだってあり得るわけだから。それでも私はマリアンヌが納得してくれたら、それで十分だわ。

Q:この企画はどのようにスタートしたのですか。あなたとブラッドとの間で進められたのですか?

A:私が加わったのは最後。マリアンヌとは一緒に子供を遊ばせたことがあるので面識はあったけど、単に同じく子を持つ母親として出会っただけだった。ブラッドが独自に映画化権を取ったの。ブラッドは何度かマリアンヌに会って、彼女はブラッドを信用するようになって、話しが合うようになって、「よしそれじゃあ映画にしよう、マリアンヌ、君はどう思う?」みたいな。それで、キャスティングの段階になって彼女が私を推薦してくれたの。すごく嬉しかったわ。

Q:出演が決まってどう思いましたか。マリアンヌを正しく表現できるか不安でした?

A:気が気じゃなかったわ。あんなことは初めて。仕事には真剣に取り組むけど、気張らずにやるほうなの。夜、眠れないなんて初めてだったわ。

撮影前夜はこんなことになったらどうしよう、あんなことになったらどうしようと焼きもきしっぱなし。とても尊敬しているこの女性を自分が演じられると考るのが、申し訳なく思えたわ。人の心を動かすことなんてできないんじゃないかって。でも私の中にも芽生えた彼女の誠意に、大いに助けられた。それにたとえ最も相応しいわけでなくても、心に迷いが無く、やってみたいのなら運命の巡り合わせだと感じたの。努めてそう思い返したわ。

Q:今やマリアンヌと完璧な友情と信頼関係を築いていますが、どのくらいかかりましたか?

A:そうね、さっきも言ったように初めは一緒に子供を遊ばせるだけだったの。数年前に出会ったんだけど、お互いシングルマザー同士だったから、「じゃぁ、子供たちを連れてどこかに行きましょうよ」って。そういう関係から始まったし、これからもそれは変わりないわ。自分にとって非常に重要な作品で、しかもとても大切な友人の役を演じるってすごく不思議な感じ。まして、彼女の最も辛い時期を世間に伝え、私も愛して止まない小さな男の子が将来大きくなった時にそれを観るのだから。これが私たちの関係。でも、つまるところ私はこの映画をとても誇りに思うし、これが一番大事なことだけど、マリアンヌと友達になれてとても幸運だったと思っているわ。

Q:あなたにも経験があるから、あの時期の妊婦にとってどれだけ酷なことだったかよく理解できたのでは?

A:とても役立ったと思う。現実問題として、もし妊娠の経験がなかったら、すごく大袈裟に演じてしまったり、妊婦がとらないような行動をとってしまうと思うの。妊婦である彼女がどうやってあの状況を切り抜けたかを思うと、それは想像を絶したわ。身重であるのは大変なことで、後半の数ヶ月はストレスを減らし、睡眠とかもたくさんとらないといけないのに。でもマリアンヌは自分を哀れんだりしないの。ダニエルが二度と家に戻らないかもしれないと考えることを自分自身に許さなかったに違いないわ。お腹にいる子供への責任も自覚し、きちんと食べて体調を管理しながら更にダニエルの捜索にあたったなんて。何より、その頃、私はシャイを出産したばかりで、特別な時期だったし、ブラッドとも特別な時期を過ごしていたから、役作りの過程でとっても感情移入したの。赤ちゃんが産まれて、その子を眺めて、部屋の反対側にはその子の父親がいて、そんな状況を誰かに取り上げられるとしたら、ものすごく頭に来るわ。

Q:パキスタンやインドでの撮影はどうでしたか?

A:ああいうところは大好きだし、旅をするのも好きなの。大きくて綺麗なモーターホームやハリウッドのスタジオよりずっといいわ。あの現場にいるのが嬉しかった。皆ああいうマイケルのやり方が好きだったわ。作品に真実味が増すだろうと確信できたから。そういうのってとても大切よ。素晴らしかったわ。個別のモーターホームもなしで、食事などが別の特別な場所に用意されることもなく、いつもあの家でみんな一緒だった。それで強い結びつきが生まれたし、そういう雰囲気が映画にも表れているわ。家のなかにメイクとか衣裳のための部屋が一部屋あったんだけど、一歩出て来たらもうカメラに写りかねないの!(笑)最高よ。

Q:映画はどんなメッセージを送っていると思いますか?

A:いくつかあると思うんだけど、マリアンヌという人物の他に私を引きつけたことのひとつに、色々な宗教や生立ちが混在していたというのがある。今の世の中は人を簡単に判断しすぎるし、恐れを抱きすぎる。この作品では、状況が状況だけに、ヒンズー教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒、仏教徒、イスラム教徒が、信仰も背景も違うのにあの家の中で、それぞれの考え方とか誠意からお互いに助け合い、最後にはひとつになるの。その友情はすごく堅いものよ。パキスタン人のイスラム教徒であるキャプテンは、今でもマリアンヌやアダムととても親しいの。一方でアダムの父親を奪い、違ったかたちで自分の信仰を表明してみせた人間もキャプテンと同じ信仰を持ち、同じ背景を持っているわけ。キャプテンは生涯をかけてマリアンヌとアダムを守り、ふたりのために出来る限りのことをしようとしているわ。

Q:では、より広い意味でのメッセージとは?

A:私たちは色々なことが起こっているって理解するために、心を開く必要があるわ。急いで物事を判断すべきでない。今現在にも色々なことが起こっているけれど、人種、宗教や人々を一様に判断すべきでは絶対にないの。自分の身に起こったことへのマリアンヌの立ち回りは賞賛に値するわ。容易にうんざりしてしまったはずなのに、自分の殻に閉じこもらなかったのだもの。

ダニエル殺害を知ったほんの数日後に、マリアンヌは皆の前に現れてこう言うの。『私はパキスタンを愛しています。他に10人の人が亡くなっているけれど、その人たちは皆パキスタン人でした。つまりパキスタンの人たちも私たちと同様に苦しい思いをしているのです』。すごく驚いたわ。一体どうやったらそんな風にあっという間に立ち直ることができるのって。マリアンヌは本当に素晴らしい女性よ。

Q:マリアンヌがダニー死亡の知らせを受ける場面は一見に値しますね。どんなことを考えて演じましたか?

A:あの夜はちょっと特別な夜だった。数年前、実際にダニーのニュースが流れた日のことが蘇ってきたわ。カメラに写っていない出演者たちも目に涙を浮かべていた。演じていたんじゃなくて、人はこんなふうにふるまうだろうなとか、マリアンヌはこう感じたはずだとか、将来アダムはどう思うだろうとか考えていたの。皆が心を痛めた感慨深い夜だったわ。

Q:あなたにとって人生とは?

A:最高!『マイティ・ハート』以来、映画に出ていないの。家にいるって最高よ。ブラッドも今は家にいるし、私もちょっと働いているだけ。彼はとてもいい父親で、実の父親さながらよ。一緒に子育てを思い切り楽しんでいるところ。

Q:国連の仕事はまだしているんですよね。

A:そうよ。難民関連の仕事はいつでもしているわ。彼らってとても素晴らしいの。彼らと過ごす時間は格別よ。だから、これからも続けるわ。でも、今はそれ以上に関わっていることがあって…裁判のことを集中的にやっているの。国際刑事裁判所の専門員になったのよ。

Q:国連の仕事をしてみて、以前よりも楽観的でなくなりましたか。それとも、前よりも希望を持っていますか?

A:私がこの仕事を始めて以降、世界は増々前手に負えない状況になってきたと思う。私の母国は間違いなく戦争中だしね。適切に事態の解決が促されないようなこともいっぱい見てきて、思うところが多くあるわ。だとえばカンボジア。私たちはカンボジアでミレニアムビレッジ・プロジェクトを立ち上げ、環境保護に取り組んでいるの。色々な国から参画者がいるんだけど、とある国から参加したひとりがダムを建設して、それを腐敗した政府関係者とかに売ろうとするの。また別な人は宝石を掘ろうとしたり、そうやって商売しようとする人がいっぱいいるのよ。ひどく腐敗した世界があるから、統制が保たれなければならないわ。そうね、幻滅するとは言わないけれど、とても難しいなと思う。ほら、井戸って有り難いけど、もしジャンジャウィードのメンバーがやって来て、導管を抜いて旗にしちゃったら意味がないじゃない。何かがなされなければならいわ。

Q:こんなに多くのことを、どうやってバランスとってやっているんですか。また映画の仕事に入ったようですが…。

A:9ヶ月間休んでいたのよ。その間、子育てをしたり、色々なことを片付けたわ。それで、今度は仕事に戻るの。今年、2本の映画に出演する。それぞれ2ヶ月づつ。ひとつはプラハで撮影の「Wanted」で、ジェームス・マカヴォイと共演。彼はとてもいい役者よ。物語が気に入ってるんだけど、すごくワイルドでダークなタイプの作品なの。タフで健康な人間になり、しばらくの間ヘビーな事柄を忘れて走り回る格好の機会だわ。

執筆者

Yasuhiro Togawa

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