昭和3年、中国から来た14歳の少年。その澄んだ瞳の奥には、「何百年に一度」と言われる才能が秘められていた…。ノーベル賞作家・川端康成も敬愛した、実在する囲碁界の至宝 呉清源。日中戦争前の日本に帰化し、国籍や人生を変えてまで囲碁を打ち続ける彼が、清源の如く澄んだ瞳で捉えた<昭和>とは———。『呉清源 極みの棋譜』は、数奇なる運命に導かれながらも、囲碁の追究に人生を捧げる呉清源の、波瀾と孤独の半世紀を描いたドラマである。

現在も神奈川県小田原市で囲碁の研究を続ける呉清源の半生を映画化したのは、中国第五世代を代表する田壮壮。『盗馬賊』で鮮烈な印象を残し、その後『青い凧』で93年東京国際映画祭グランプリに、『春の惑い』で2002年ヴェネチア国際映画祭コントロコレンテ部門に輝いた巨匠が約4年ぶりにメガホンを取った。映画化のきっかけは『中の精神』をはじめとした呉清源の自伝。中国で翻訳出版されているそれらを読んで感動した田壮壮は、3年以上もの準備期間を経て撮影。呉清源と数え切れないほどの対話を重ねながら、天才の知られざる内面を、深い共感と尊敬を込めて映像化し、2007年度上海国際映画祭で最優秀監督賞と最優秀撮影賞を受賞した。

撮影のほとんどが日本語、日本ロケで行われた本作には、日本からも最高レベルのスタッフ・キャストが集結した。衣装デザインとプロダクション・デザインを手掛けるワダエミは、田壮壮と共に当時の雰囲気を細部に至るまで徹底追及。結果、田壮壮がイメージしたという昭和最高の写真家、木村伊兵衛の作品を彷彿させる<失われた日本>の美を見事に再現した。また、俳優陣も柄本明、松坂慶子、伊藤歩、仁科貴、南果歩、野村宏伸、大森南朋はじめ、実に豪華な顔ぶれが揃い、繊細かつ格調高い映像美の中でそれぞれの個性を放っている。日中国交正常化35周年となる今年、孤独を抱えながらも自分にとっての真理を探し続ける呉清源の生き方は、あなたの心に深く刻み込まれるに違いない———。

当時のトップ棋士をことごとく打ち込み、長らく日本囲碁界の頂点に君臨した呉清源。華やかな棋風と抜群の戦績で、男は彼の才能に、女は彼の美しさに夢中になった…。そんなカリスマを演じたのは、台湾の俳優、チャン・チェン。<東洋の美>を体現した完璧に整った顔立ちと、物静かで優雅な佇まい。会った瞬間から「彼しかいない」と田壮壮に感じさせたオーラを発する彼は、呉清源の家を訪れ彼の細かな癖までも習得。若き呉清源を知る人から「30歳代の呉さんにそっくりだ」と言われるほど、呉清源になり切った。

今回は本作に主演した俳優のチャン・チェンさんにお話を伺った。





存命である実在の人物を演じるにあたって大切にしたことは?

「身近に呉清源先生をご存知の方も多いわけですから、非常にプレッシャーを感じていました。ただ、一番大切なのは僕の演技が先生に近づくことですから、その部分に関しては監督が非常に助けてくれました。先生の衣装など本物そっくりにしてくれましたからね。
呉先生はわりと寡黙な人なんですが、非常に親しみやすい人なので、そういった彼の立ち姿、振舞いなどをとにかく近づけるようにと監督と話し合いました」

眼鏡に着物という特徴的なファッションですが、衣装について教えてください。

「とてもいい感じでしたよ(笑)。和服を着る場面が多かったですから、自分にとっても新鮮な感じ、とても特別な感じがしました。衣装のワダ(エミ)先生が言うには、物語の展開にしたがって、衣装のカラーやトーンなどに微妙な変化をつけていったわけです。細かいところにもこだわっていて、完成した作品を見ても、とても詩的な雰囲気をかもし出していると思います」

田壮壮監督と初めて組んでみてどうですか?

「まず感じたのは、今まで僕が出演してきた映画と雰囲気が違うこと。大陸出身の監督と仕事をするのは初めてだったわけですが、ちょっと話をしただけで、この人と前に会ったことがあるんじゃないかと思うような、不思議な感じがしたんです。何か縁があるんじゃないかなと思いました」

日本語のセリフは大丈夫でしたか?

「この映画の難しい部分というのは、日本語のセリフが非常に多いことなんです。僕はこの年代の人物に関してはよく知らないわけですから、理解出来ない部分もありました。
ですから撮影前に日本にやってきて、1ヶ月ほど日本に滞在することになりました。その間は囲碁をしたりして準備をしていました。田監督は、役者に演技を教えるのではなくて、生活に溶け込んだ自然な形で入っていくというやり方をやるわけです。こういうやり方だと、暗黙の了解のようなものが生まれてきますから、非常に自然な感じがします。これは田監督の特別なやり方ですね」

日本滞在の間は何をやっていたのですか?

「この暮らしが非常に淡々としていて、シンプルなんですね。毎朝起きて、囲碁の練習をするだけ。午後になると、呉先生の自伝の本を読むわけです。囲碁の世界は静かな世界なので、30分ほど瞑想の時間を。そして夜になると、運動、たとえばジョギングをしました。そういう形で、非常にシンプルな生活をして、役作りに取り組みました」

映画を拝見して、木谷と呉清源の関係性が面白いと思いました。外国人同士でライバルでありながら、仲が良い関係であると。木谷役の仁科貴さんと共演してみていかがでしたか?

「とにかくひとこと、素晴らしい役者だと思います。木谷と呉清源というのは、ライバルでありながら親友。年齢が非常に近いですが、どちらかといえば、木谷は呉清源の兄のような存在だと思います。実は現場でもそうでした。仁科さんが兄のように世話をしてくれました。
どちらかというと呉清源は寡黙で、木谷の方が積極的な感じですよね。しかし、内面の世界においては、このふたりの交流は、言葉がなくてもやっていけるわけです。実際の現場でもそうでした。彼との間には何も隔たりはなく、自然にうまくいった。今でも良い友だちです」

執筆者

壬生智裕

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