第20回東京国際映画祭のアジアの風部門上映作品『さくらんぼ 母の愛』は、知的障害がありながらも必死でわが子を守ろうとする母親と、母が大好きでありながらも、成長するに従い母親を疎んじるようになっていく少女と、そんな二人を見守る父親との、3人の親子がはぐくむ愛の物語である。
舞台は観光地としてもよく知られる雲南省。のどかで美しい田園風景のなかで、母の愛の姿と娘の成長をチャン・ヂャーベイ監督が丁寧に紡ぎだす。

今作が待望の3作目となるチャン・ヂャーベイ監督と、知的障害のある母親役を熱演した主演女優のミャオ・プウさん、『初恋のきた道』が日本でも大ヒットした脚本家のバオ・シさんにお話を伺った。





(監督へ)この作品を作られることになった経緯を教えてください。

「1996年の1月頃にバオ・シさんとお会いして、母の愛を描いた作品を撮りたいというお話をしたときに、バオ・シさんが以前農村の知恵おくれのお母さんを見たことがある、接したことがあると仰っていたんですね。そこからこの話が生まれました。」

(監督へ)母の愛というモチーフはどこから生まれて来たのでしょうか?
また、今回の作品の舞台となる雲南省は観光地としても有名な非常に美しい場所ですが、なぜ農村地区を選ばれたのでしょうか?

「母の愛についてですが、私は自分が小さい頃とても母の愛を感じていました。現在の母親の愛のかたちというのは、溺愛とでもいいましょうか、母親が作った愛だと思うんですね。子供が欲しいものはすぐに買ってあげるとか、そういうことです。そういうのは本当の愛ではないと私は思います。ですから、もっと本能的な愛を私はこの作品で描きたかったのです。また、なぜ農村地区を舞台に選んだかということですが、都会よりも農村の方が知恵おくれのひとが多いんですね。以前雲南省のすばらしい景色に感動して、是非ここで作品を撮りたいと思っていました。」

(パオ・シーさんへ)監督とお二人でどのように脚本を練り上げていかれたのですか?

「最初監督からお話をお聞きして、この作品を撮ろうということになったのですが、私が住んでいた農村地域には、知恵おくれのお母さんがいらして、書いているときにはその人のしぐさなどを思い出しながら執筆していました。その女性が桜桃のモデルになったような感じですね。ですから今回の話を書くときには私の幼少期の体験を基にして、脚本を練り上げていきました。」

(監督へ)キャスティングについてお聞きします。桜桃の役は、知的障害を抱えた難しい役どころですが、ミャオ・プウさんに抜擢された理由は?

「ミャオ・プウさんとは前作のホラー映画で一緒に仕事をしているのですが、そのときから演技がうまいという印象を持っていました。抜擢の一番の理由は私が彼女のキャラクター、演技をよく知っていたからといえるでしょうね。最初は桜桃には台詞があったのですが、試してみたらどうもしっくりいかなかったんです。それでミャオ・プウさんと相談して台詞を省いて、しぐさで表現しようと言うことになりました。」

(監督へ)ホンホン役の女の子とお父さん役のキャスティングについては?

「キャスティングは本当に大変でした。というのも、ミャオ・プウさん以外はすべて素人の役者さんなんです。彼らはあの土地に住んでいる人たちで、ホンホンは小学校6年生の女の子ですが、200人くらいの女の子から選ばれた一人です。彼女は、天才かもしれないと思うくらい、演技がうまかったです。役者よりも役者らしいというか。彼女は泣きのシーンでテイクを重ねても、いつも本当に泣くことが出来るんです。
お父さん役の人は、ただ芝居ができるだけでなく、二胡ができる人を捜していました。ですから、ぴったりの人を捜すのは大変でしたね。最終的には、地方で文化活動をしていた人を見つけることができました。ただ、彼も芝居に関しては素人なので、現場での演技指導は大変でした。」

(パオ・シーさんへ)なぜさくらんぼを選ばれましたか?

「さくらんぼは中国人にとってとてもなじみのある果物なんですね。ですから監督と相談して、ひとつ果物を決めようと言うときに、さくらんぼがいいということになりました。」

(パオ・シーさんへ)『初恋のきた道』が日本で大ヒットしましたけれど、毎回作品の台詞や情景のアイディアはどこから生まれてくるのですか?

「故意に何かを書き出す訳ではなくて、そういった情景、台詞の発想は脚本を書いている過程で自然に出てくるものなんです。」

(ミャオ・プウさんへ)今回の難役を引き受ける決め手はなんでしたか?

「それはもう、生理的な反応だと思います。まず、私が普段脚本を読んで、そこから何も感じない場合は、役をひきうけるということはしません。今回の脚本を読んだときにとても感じるものがありまして、それで引き受けようと決めました。」

(ミャオ・プウさんへ)洋服の裾をひっぱったり、口を開けていたりと、本当に知的障害を抱えているとしか思えない迫真の演技でしたが、役作りはどのようにされましたか?

「最初は自分でいろいろ考えてたくさんしぐさを試みたりもしたのですが、あまり考えすぎるのもとよくないと思いまして、いくつか外したものもあります。
役にはいるためには、自分の持っているものを捨てなくてはなりません。さくらんぼの母の、人間に入りきってしまうんです。自分でもないし、その演じる人間でもない、不思議な存在になってしまうんです。しぐさなどは、自然に出てくるものです。撮影中は、誰が見ても私は知恵おくれのお母さんに見られました。」

(ミャオ・プウさんへ)今回のように、泥まみれになったり、衣装が一着しかない役を演じられてみていかがでしたか?また、一番大変だったエピソードは何でしょうか?

「本当にたくさんのシーンが印象に残っています。現場では苦労しましたよ。殴られたり、蹴られたりもするわけですから。そういったことは確かに大変でしたが、でも私にとってはたいした問題ではないんです。体力的に大変だったことよりも、知的障害者の役を演じて精神的な苦しみを味わったことがとても強く印象に残っています。もちろん、全身傷だらけでしたよ。ホンホンを追いかけて全力疾走するシーンは、何回も撮ったのですが、夢中で足の爪が剥がれているのにも気づかずに走っていました。」

(ミャオ・プウさんへ)監督とは前作の『陶器人形』にひきつづきご一緒にお仕事されていますが、監督の印象と今回の現場の雰囲気についてはいかがでしたか?

「監督とは前作でご一緒しましたが、監督は非常に自由にやらせてくれる方で、私にはそういう自由にやらせていただけるというところがとてもよかったです。3作目も是非監督とご一緒したいです。」

(監督へ)一作目が人間ドラマ、二作目がホラー、三作目が親子愛を描いた文芸作品と、様々なジャンルを手がけられていますが、今後やってみたいと思われるジャンルはありますか?

「そうですね、監督の気持ちとしましては、いろんなジャンルに挑戦したいと思うのですが、基本的に私は文芸作品が好きなので、今後も文芸作品を撮りたいと思っています。次は、芥川賞を受賞された加藤幸子さんの『夢の壁』を映画化しようと準備しているところです。」

執筆者

Akiko INAGAKI

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