エディット・ピアフの人生は、巷にありふれた映画や小説などのフィクションより何倍も波乱万丈である。

第一次世界大戦の真っ只中である1915年にピアフは誕生した。彼女の母親は路上で歌を歌い、そのわずかな収入で彼女を養っていた。やがて、祖母が経営する娼館にピアフは預けられた。この幼少期に彼女は一時失明してしまう。
様々な経験が彼女を早熟にし、16歳の時には自立した人生を送るようになる。天才的な歌唱力を持つピアフは母のように路上で歌を歌う生活から、パリの名門クラブの舞台へ、そして更には世界に羽ばたいていく。
殺人事件の容疑者、薬物中毒、交通事故、病気など数々の困難に直面しながら、歌うことだけは決してやめることが無かった。

少女時代のピアフが、道の上で友達のモモーヌと一緒に写っている写真を目にしたことがきっかけとなって、この作品を撮ることになったというオリヴィエ・ダアン監督にお話を伺った。





——最初は脚本を書くことには乗り気ではなかったそうですね

僕は脚本を書くのが嫌いです。どちらかというと、一人で閉じこもって作業するよりも、みんなで一緒に仕事をするのが好きなんです。だからプロデューサーには別の脚本家を見つけてほしいと依頼しました。でも、最初に10ページほど書いて、それをプロデューサーに渡したら気に入ってくれて、続きも書いてほしいと説得されたんです。それで僕が引き受けることになりました。

——制作するにあたり、生前から今に至るまで、彼女に関する全ての資料を読み、同時進行でシナリオも書いたそうですが、ピアフを実際に知っている人からのリサーチも行なったのでしょうか?また、実際にピアフを知っている方がこの映画を観た時の反応はいかがでしたか?

執筆中はピアフの知人とは会わないようにしていました。そして書き上げてから、彼女と20年近く親友だった方にシナリオを送りました。僕としては、調べた事実に関しては自信がありましたが、彼女の素顔に迫る心理的な描写については、理解してもらえるかどうかが不安だったんです。ですから、その方から「本当にエディット・ピアフを見ているようだ!ピアフそのものだ!」という言葉を頂けて、とてもうれしかったですね。完成した作品を観たピアフの知り合いの方からも、「色々な意味で正確だし、とても感動した」と言ってもらえました。

——ピアフが47歳で亡くなった時の外見は70歳のようにも見えました。この役を30歳のマリオン・コティヤールに最初から一人で演じてもらおうと考えていたのでしょうか?彼女の役作りについては何か具体的な指示をしたのでしょうか?

最初から一人の女優でいこうと決めていました。死期が迫っているシーンでは、ヘアメイクの力もずいぶん借りました。髪の毛がほとんど抜けている状態なので、特殊なカツラを使い、曲がった腰には詰め物をしました。そういった様々な力を借りながら、マリオンは老女を演じきりました。また、マリオンの演出については、“自分をトランス状態へ持っていくように”という指示を出しました。彼女は感性に秀でた女優です。僕と彼女の間には、信頼関係がありました。僕の映画ではリハーサルは行ないません。現場で役作りをして、そのまま演じてもらっているんです。

——マリオンが歌うシーンはとても素晴らしく、まさにピアフそのもので、本当に彼女が歌っているようにしか見えませんでした。どのように撮影されたのでしょうか?

今回は歌手の人生を描くということで、歌うシーンには特に力を注ぎました。僕としても完璧なものに近づけたかったし、マリオンにとっても、一番苦労したところだと思います。彼女の大変な努力に加え、編集で吹き替え編集の専門家が24分の1、25分の1という細かい単位で合わせていく作業の結果なんです。

——ピアフの親友モモーヌ役のシルヴィ・テステューも素晴らしい演技でしたが、なぜ彼女を起用したのか、また、ピアフに比べて彼女についての資料は少なかったと思いますが、役作りはどのようにされたのでしょうか?

シルヴィ・テステューだけではなく、今回の脇役たちはは、全員主役を演じている一流の俳優ばかりなんです。シルヴィとは今までの作品を観て、一度一緒に仕事をしたいと思っていました。彼女はとても才能があり、自然に演技ができます。モモーヌについてはある程度資料が揃っていたので、その事実に基づいていますが、あとは自由に演じてもらいました。それはシルヴィに限ったことではなくて、どの役にも共通していることで、俳優の想像力に任せて演じてもらう部分が多かったですね。シルヴィとはまた一緒に仕事をする機会があると思います。

——47年のピアフの生涯を描くにあたって、年代順ではなく、時代を前後して展開させています。最初はこの展開についていくのが大変なんですが、これは実際に過去を思い出すときと同じですね。

まさにその通りで、人の記憶がどう機能しているかを見せたかったんです。時にはそれほど重要ではない記憶がよみがえってくることもありますし、記憶の中の順番がばらばらだというのも、誰もが経験していると思います。この作品では感情を中心にストーリーを組み立てていったので、観る側としては大変かもしれません。でも、理解しようとする必要はありません。論理的であることより、感じてもらいたいんです。

執筆者

Miwako NIBE

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