人生に絶望感を抱いていた女性が、ある男の15年ぶりの帰郷を共にしたことがきっかけで、新たな人生を歩み出すハート フルストーリー。本作は「演じ屋」「駄目ナリ!」「春、君に届く」などでカルト的な人気を誇っている野口照夫監督の劇場映画初長編作品となる。

主人公の宮野真奈美役に、来年公開の日本・イタリア・カナダ合作の「SILK」(フランソワ・ジラール監督)のヒロイン に抜擢された大型新人・芦名星。ホリプロの会長が直接スカウトしたという逸材で、第二の菊地凛子とも期待される実力 派女優の初主演作となる。また、相手役の長田寛治(おさだかんじ)役には、いまや大人気のTEAM NACSの安田顕。そして彼らのキューピット的な存在を果たす、妙田荘の管理人役に、いまや日本映画に欠かせない個性派俳優・大森南朋。

このあまりにもせつなく、なのに心が温まる不思議な物語を作り出した野口監督にお話を伺った。



初の劇場長編映画という触れこみですが、この企画が動き出した経緯は?

「元々は2年半前ほどに、テレビの深夜枠向けに書いた脚本なんですよ。(この映画では大森南朋さんが演じる)妙田という男が出てくる話を3本くらい書いていて。
 ただ、その企画自体は流れてしまったので、自分でもその存在を忘れていました。ところが今回の映画のプロデューサーがその脚本を気に入ってくれていて、ネットシネマとして企画が通ったんですよ。だから最初はネットコンテンツを書いているという意識でした。そんなこともあって、初の長編映画に向けて鼻息が荒かったわけでもなかったんです。もちろんネットシネマだろうが、映画だろうが、手を抜くということはないですし。いつもどおりやっていたわけです」

それがいつから映画ということに?

「それがいつのまにか映画になっていたんですよ。シナリオの初稿を書いているあたりで、劇場でも上映できたらいいねという話になって。そのときは話半分で聞いていたんですが、直しを加えていくなかで、みんなが『これは映画なんだから』というようになって、だんだんネットムービーという言葉を使わなくなってきたんですよ。僕としては映画だったの? という驚きもあったんですが、せっかくだから、その流れに便乗しちゃえと」

『演じ屋』もショートムービーだったわけですし、映画に対するこだわりはあったわけですよね。

「(テレビドラマだった)『春、君に届く』も、映画っぽいスタイルで撮っていましたしね。『駄目ナリ!』もシネアルタの24P(ソニーのカメラの名前)でしたし、今回も同じカメラですからね。特別大きく変わったというのはないですね」

とはいえ、映画ということで違った点があったのではないですか?

「いざスタッフが集まり、キャストが集まると、テレビと映画は違うんだなと感じますよね。平泉(成)さんとか、白川(和子)さんとかが、若い映画人のために一肌脱ぐぞという、その心意気が本当によく分かるんです。スタッフもみんなそうですよ。
 もちろんテレビのスタッフが手抜きをしているというわけではないんですが、テレビ以上にみんな力が入っていたというか、熱いものを日々感じましたね。それがすごく感動的で、もっと頑張らないとと励みになりましたね」

そうすると、まわりが盛り上げてくれた部分もあるわけですね。

「それは本当に感じました。映画というものを愛するスタッフ、キャストが集まってくれて。儲からなくてもね(笑)。いい仕事につけているんだなと改めて思いましたね」

『演じ屋』『駄目ナリ!』などに出演する、いわゆる野口組と言えるような俳優さんが本作にほとんど出演していないのは意外でした。

「確かに今まで出てくれたキャストは全然出ていないんですけど、意図的にそうしたわけではないんです。いつもシナリオに合ったキャストを使おうと思っていますし、それをプロデューサーに伝えて、出演交渉にあたってもらうというのがいつもの流れなので。
 そういう中で今回たまたま常連組の名前が出なかったというだけなんですよね。ただ、今考えると、常連組をあまりにも端役で使いたくなかったというのは、意識として働いてしまったかもしれないですね」

常連組が出ていないのは寂しいですが、それでもキャスティングが絶妙ですね。

「主演女優と、安田顕さんのポジションは、プロデューサーからいろいろ提案されていたんです。ただ、監督が嫌だと思うキャスティングを僕ははめたことはありませんからと言ってくれて、僕のいうことを全部聞いてくれたんです。それはありがたかった。
 僕がこの人がいいと言ったら、ポンポンはまっていくんですよ。自分の理想的なキャスティングが出来るなんて、こういう低予算の作品では奇跡的ですよね」



大森南朋さんは?

「こういう話だったら、おそらくほとんどの人が大森南朋の名前を挙げてくると思うんですよ。ピッタリだと思いますし、大森さんが出てくれてよかった」

安田顕さんと、芦名星さんのキャスティングは?

「実はこのふたりは、キャスティングイメージが浮かばないまま、架空の人物として脚本を書いていました。
 何となくストレートの黒髪で、気の強そうな女性。ちょっと過去に不幸なことがあったんじゃないかというイメージで。プロデューサーからはネームバリューのある女優さんの名前も上がってきたんですけど、どうも違うなと思って。
 そういう中で偶然に芦名さんの写真を見つけて、お会いしたんですよ。その時は演技経験はあまりないんだと言ってましたけど、ただ『シルク』という大きい現場を一度踏んでますし、芝居については問題ないと思ったので、お願いすることにしました」

そしてヤスケンさんですね。

「最後まで残っていたのが安田顕さんの役でした。意外にみんな、この長田という役は三枚目だと意識する人が多くて、いろんな三枚目的な方の宣材写真を見せられたんです。ただ、短期間に芦名さんの役と恋愛関係になるというのは、顔がある程度よくないと、説得力がないんですよね」

方向性としては二枚目だったと。

「かといってただの二枚目では面白くない。二枚目なんだけど、もろさというか、頼りなさがある人を探したんですよ。前々から思っていたんですけど、二枚目、三枚目のどちらかという俳優さんは多いんです。でも両方を兼ね備えている人って少ない。それが分かっておきながら、そういうキャラクターを書いちゃったな、なんて思っていたんですけど」

なるほど。確かに難しいかもしれないですね。

「ちょうどその時、僕の奥さんが『ハケンの品格』というドラマを観ていたんですよ。たまたまそこで安田顕さんを見て、長田がいた! と。シナリオで書いたような人が出てきたなという衝撃がありました。

 それで安田顕さんのことをネットで調べたんです。僕は『演じ屋』の時に、どうやってお客さんに観てもらうかというのを狂ったように考えていた時期があったので、ネットを見ると分るんですよね。ブログの数とか、その書かれ方で、この人には確実にコアなファンがついているなということが。この人は、絶対にお客さんは持っていると。

 そこでプロデューサーをどう説得しようかと考えたんですよ。既に大森さんは決まっている。芦名さんは『シルク』のヒロインだという経歴がある。この二人と並べる時に、たぶんプロデューサーが知らないであろう俳優さんをどう思うだろうかと考えたわけです。でもそこに、確実にコアなファンがいるという情報がもうひとつ加われば決まるだろうなと。もちろん安田顕さんがこのオファーを受けてくれるかどうかは別ですが。

 プロデューサーに提案してみたらところ、安田顕という名前を知らない。『ところがこの人には〜』、と僕が言いかけた時、制作会社のデスクの女の子が、『実はファンたくさんいますよ』と先に言ってくれて。彼女も安田顕さんのファンだったんです(笑)。僕が言うよりも説得力がありますよね。そこで、プロデューサーがネットを見ると、確かにファンは多そうだと。

 この長田という役の決まり方は非常に心地よかったですね。自分の中ではすごくドラマチックでした」



本当にドラマみたいな話ですね。平泉成さんの父親など、脇のキャスティングも良かったですね。

「シナリオを書いていた時から、平泉さんの顔を思い浮かべていたんです。『どんなキャスティングがいい?』とプロデューサーが言うから、『平泉成さんみたいな人いないですかね』と言ったんですよ。そしたら『平泉成さんじゃ駄目なの?』 と言われて。いいも何も出てくれるのかなと思っていたら、あれよあれよといううちに出てもらえることになったんです」

お母さん役に白川和子さんを当てるのもいいですよね。

「白川さんはプロデューサーのアイディアでした。今思えば愚かなことですが、こんなハマる人がいたのに、僕からは白川さんの名前が思い浮かばなかったんです。前からずっと気になっていた役者さんだったにも関わらずですよ。プロデューサーから『白川さんはどうなの?』と言われて、『ああ!』と思ったくらいですから。

 白川さんもすごくこの企画にのってくれました。撮影の時間は2、3日しかなかったんですけど、終わるときが寂しかったですね。撮影の最後に白川さんが『これからはあなたたちの時代だから頑張ってね』と言ってくれて。僕らみたいな世代が映画を頑張っているというのが、本当に嬉しいらしくて。平泉さんもそうでしたね。『こういう若い世代と仕事をするのは楽しいな』とずっと言ってらして。いろんなアイディアを出してくださるし、最高のキャスティングだったと思います」

シナリオを読んだ皆さんの感想などは聞きましたか?

「安田さんは、いいシナリオに出会えて、本当に感謝してますというありがたい言葉を何回も何回も言ってくれて。白川さんは、物語の意味を理解していなかったみたいで、それはそれで面白かったですね。この子は死んで幽霊なのよね、とか言いながら。分かりづらい話ですみません、と謝りましたが(笑)。でもスタッフもキャストもみんなシナリオを楽しんでくれていたみたいで。シナリオ読んでオッケーしてくれた人も多かったですから」

監督といつも一緒にやられている花澤孝一さん、玉城ちはるさんに加えて、監督の作品に初参加となるcorin.さんの三人で音楽が手がけられていますが。

「三人でやったわりには統一感が保たれていたと思います。corin.さんという方は、後半の新婚旅行に行ってから以降の曲をやってもらっているんですけど、その人との出会いは大きかったですね。すごくいい曲がかかってきましたから」

相乗効果があったというわけですね。

「今回は編集した映像に、僕の好きな曲とか、こういうイメージだというような既存の曲をまずのせちゃったんですよ。それを音楽スタッフみんなに見せたので、それで統一が図れましたね。逆にそれがイマジネーションを狭める恐れもあったんですけど、でも今回は三人でやるということで、効を奏したかなとは思いました」

野口監督というと、ついつい小ネタに期待してしまうんですが、今回は?

「今回はわりと真面目に作っているんであまり(笑)。でも、妙田の写真をポスターにするとか、ああいう遊びはやってますね。一瞬しか写ってないんですけど、あれ10枚くらい撮ったんです。大森さんがすごくいい顔をしていてるんですよ。すごく面白かったので、DVDの特典にしたいと言っているんですけど。
 あと、だるまさんが転んだのシーンで、大森さんが1万円札のかぶとをかぶっているんですけど、あれは『駄目ナリ!』にも出てくるかぶとだったりとか。そういうリンクはあります」



監督の作品を拝見すると、コミュニケーションを主題にしてきたという流れがある気がします。それは本作でも如実に現われていたと思うのですが。

「もともと僕は人がすごい好きですし、人と対話するのが好きなんですよ。『演じ屋』にしても『駄目ナリ!』にしても、大勢キャラクターが出てきて、そいつらがどうからんでいくのかというところを好む傾向があったと思います。『春、君に届く』はまさにコミュニケーションを主題とした物語でしたし。確かにある特殊の状況下でのコミュニケーションの術みたいなのを描きたいとは思ってるかもしれないですね。
 そういう意味では今回の作品って、前半のコミュニケーションが少ないんですよね。ただ、そこは狙いでもあるんですよ。前半の重い状況から、段々と浄化されていく様子を描きたかったので」

 『演じ屋』もそうでしたし、今回も偽装結婚から生まれてくるものを描いていました。監督のテーマとしてはもうひとつ、「演じること」「嘘をつくこと」があるように思いますが。

「今思えば最初に『演じ屋』を作ったというのは、意味があったことなのかなと。
 自分自身も生きている上で、本当の自分がどこなのか分らなくなるときもありますし、何かの役割を背負って生きていかなければというところがありますからね。そういうことは物語を作る部分で常に思います。今回は偽装結婚というのが出てきましたけど、それ以上に妙田の存在ですよね」

一番、嘘というのを体現していたのは妙田だったのかなと思うんですが。

「妙田って確かにものすごい嘘つきに見えると思うんです。
 でも本当にリアルに生きている人間って、逆に嘘つきに見えてしまうことってあるのかなと。僕のまわりにもひとりそういう人間がいて。こいつ大嘘つきだなと思っていたんですけど、ふたをどんどん開けていくと、実はものすごく正直に生きているなというのがあったんです。たぶん妙田はそういうヤツなんですよね。
 だから彼には嘘を言わせてないつもりです。もちろん長田たちに新婚旅行に行かせるために騙したりはするんですけど、彼が言っている言葉ってのは、意外と真実だったりするんです。嘘臭く見えるんですけどね(笑)」

執筆者

壬生智裕

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