賞賛と拒絶の、両極端な反応を受けながら1988年の初公開以降、20年ちかくもの間熱狂的なファンの支持によって上映されつづけてきた、ジャパニーズ・カルトムービーの草分け的作品『追悼のざわめき』をご存知だろうか?

美しいマネキンとの家庭を夢見る主人公をはじめ、小人症の兄妹、女性の股に似た木片を愛する乞食、妹の死体を喰う兄といった登場人物たちが、大阪のもっともアンタッチャブルな地域・釜が崎を舞台にうごめき、どこかに存在する愛を求めて破滅へと彷徨ってゆく姿が描かれ、犯罪、人形愛、近親相姦、レイプが画面を横行し、作品全体を包み込む血色を憧憬するイメージは、ある種暴力的な表層として大きく物議を醸し映画ファンに大きなショックを与えた。

長年に渡って上映しつづけてきた本作にとって「聖地」とも呼べる中野武蔵野ホールの閉館を境に、封印されてきたこの作品が、デジタルリマスターとなって復活し新たに上映されようとしている。幾多の上映を経験し多くの思い出を刻み込んで傷だらけとなっていた16ミリフィルムをニュープリントからHDテレシネを施し、音響もオリジナル音源からのデジタルリマスター。さらに本作へ深い愛情を寄せるミュージシャン・上田現(元ちとせのプロデュースなどで有名)が書き下ろした楽曲が追加されている。

日本映画が海外で大きく注目を集め始め、国内の映画製作本数が激増する邦画バブルと呼ばれる現代において、『追悼のざわめき』が再び上映される意義はかなり深い。80年代のインディーズシーンから時代に棹差すようにして生まれたこの作品がもつ、過激で露悪的ともとられかねない表現の極北をゆく姿勢は、決して万人受けするわけがない。だがしかし、目をそらすことなくまっすぐに対象に向き合う視線、美と醜を越えてその先にある真実にも近いなにかに到達しようともがく、神々しさをも滲ませる世界観に陶酔を訴える者は後をたたない。80年代に監督・松井良彦が提示したものは21世紀の今にも有効だ。

デジタルリマスターとなって再びスクリーンの光と闇に映し出される『追悼のざわめき』は、現在の日本映画界にとってなにを投げかけるのだろうか?






— オリジナル版からよりポエティックになった印象を受けました。上田現さんが書き下ろた楽曲を追加したり新しい試みもされていますが、デジタルリマスターをするにあたって意識したことは?
「16㎜のオリジナルとは別のものになればいいなと思っていました。音楽は上田現君を僕が指名したんですけど、彼だったらオリジナルとは、違う空気感をこの作品に入れてもらえるんじゃないかと思ったんです。小人症の女の子がパチンコ店や女子高に入っていくシーンで、オリジナル版では彼女がある種怪物的に映っていたのが、上田現君の曲が入ったら「めちゃめちゃ哀しい女、切ない女」に見えてきて、創った僕ですらまったく違う感情を画面から感じました。僕のみつめ方とは違う、上田君だから出てきたみつめ方ですよね。」

— モノクロにもかからずとても豊かに街や色々なものを表現していますね。
「最初はカラーで撮るつもりでロケハンしながら写真を撮っていたんですけど、プリントしてみたらあんな原色豊かな大阪の街なのに色をあまり感じなかった。試しに白黒で撮ってみると、赤とか緑が濃いグレーで映っているにすぎないのに、ある意味「赤」「緑」として鮮烈に目に入ってきたんです。ふつうに見たらただの白黒なんでしょうけど、脚本を書き上げてイメージが出来上がっている状態だったせいか、カラーではなくて白黒の方が色彩を感じました。」

— 犯罪、人形愛、レイプ、近親相姦など物議を醸す要素が多く盛り込まれていますが、なぜこの作品を作ろうと思ったんですか?
「この作品以前に作った『錆びた缶空』、『豚鶏心中』といった作品も、ホモセクシャルや在日韓国人といった人たちを取上げていて、彼らは社会的に疎外されている存在でした。でも当時の世間にあった映画のほとんどは、いわゆる美男美女が主人公のラブストーリーの映画ばかりでした。そういうのは僕が撮らなくても大量生産されるんです。
僕は疎外されている人たちがもっている愛情を撮りたかった。根本的に僕は、相手が異性であれ、同性であれ、動物であれ、物体であれ、その対象を好きになってしまったらそこからラブストーリーははじまると思うんです。一見まわりからみると変態的な行為かと思われるだろうけど、当事者にとっては真剣で純粋な愛なんです。」

— 中野武蔵野ホールでは毎年のように定期的に上映され、その度に多くの観客が劇場に足を運び熱狂的に支持されて、当時の映画業界に一石を投じる現象となりました。監督自身はどう感じていましたか?
「マーケティングの観点からみれば、監督も無名、役者も無名、しかも2時間半もあって白黒で、差別表現があって…こんだけの要素が揃っていたら大コケになるはずなんです。でもそういうものを超えて、美と醜とか相反するものをこの映画の中に入れてぶつけたら思わぬ爆発が起こった。それが観る人の心の襞にひっかかってくれたのかな?って思います。中野武蔵野館(のちの中野武蔵野ホールと改名、現在は閉館)では大島渚さんの映画とかとにかくたくさんの映画をみてきて、それらを観ていくうちに『人の気持ちを描くことが一番のエンターテインメントだ』と思うようになりました。」

厳しく批判されることも多かったそうですね。海外の映画祭で上映が決まっていながら税関でストップしたり、試写を担当した映写技師が嘔吐した、だとか伝説的逸話も多いですよね(笑)
「バッシングされることに関しては本当になんとも思いませんでした。観た人の感受性に入り込むことはできないですから、酷いとか汚らしいとか言われてもそういう見方をされたんだったらしょうがないと思いますよね。それでも自分のやりたいことをするのが表現だと思うんです。世の中や人に合わせていくことはやりたくない、というか僕にはできない。
でも、公開当時は上映すると必ず1、2人は途中退場する人がいたんだけど、最近はほとんどの人は出て行かないですね。世の中で、酷い事件があれこれあるから耐性がついているんですかね。世の中の見方が変わってきたのかもしれないと思ったりします。」

— 作品への評価は両極端ですが、ここまでカルト化している作品は現在出てきませんね。デジタル機材の進歩によって映画の製作本数はメジャーもインディーズも増加してますし、映画館も次々と新しく誕生してて、DVDの普及など映画ファンを取りまく状況も大きく変わりつつあります。映画の観方がどんどん個人的なものへと細分化している現在ではカルトムービーというものが誕生しづらくなってきていると思うんですがいかがですか?
「カルトムービーという言葉は、もはや映画会社側がつける宣伝文句でしかないですよね。本来のカルトムービーというのは、いつどこでやっても観に来る固定の客がいて、リピーターが生まれて、客足が落ちない、それがカルトムービーと呼ばれるようになったと思うんだけど、今は公開される前から「カルトムービー」と名づけられてしまっている。「カルトムービー」という言葉が安っぽくなり真なる意味がないがしろになっている気がしますね。僕自身は自分の映画に「カルト」と名づけられることにはなんの意味ももたないと思うし、僕は僕の撮りたい映画を創っているだけなんですけれど。それよりも、「人生観を変えられました。」とか言われることのほうが嬉しいですよね。」

—消費される商品としての側面が強くなり文化的なものが育ちにくくなってます。観客の側も一本の作品へのワクワク感や、情熱は低いですよね。『追悼〜』の当時の受容のされ方はそれに相対して、良くも悪くもかなり高い熱量で観客たちに強く希求されていました。
「たしかに、みんなある程度覚悟をもって観に来ている人が多かったですよね。僕は映画を作品として作っているけれども、それには映画はもちろん読んだ小説や、美術や、演劇やいろんなものを見てそれが作品を創るうえでもつながっていると思うんです。けれども今、情報過多で一本に対する熱量が低くなっているというのは、それは観る側にしろ創る側にしろ、民度が下がってきているのではないかと思います。一度民度が下がるとそれを上げるのは大変な時間や労力がかかります。そのためにも創る側は真剣勝負で作品を創らなければならないんです。見る側もお金を使って映画館の入場料を払うわけですから、真剣に見なければならないのにそれが希薄になっている。それではお金の無駄遣いです。もっと感受性を高めて自分で選んで映画を観にいけば、もっと色んな面白い作品が生まれる状況になると思います。
政治的なものへの見方も同じことが言えますよね。これだけ政治家がいい加減なことをしていても、大規模なデモが起きているわけでもなく、学生たちは無関心ですよね。世の中にあるひとつひとつのことに関して、真面目に真剣に感じて、考えて生活していれば、もう少しいい世の中になって、いい文化や作品も生まれてたんじゃないかな。
20年間『追悼〜』は毎年東京や京都で上映されてきたんですけど、それってそれ以上の映画が現れなかったということなんですよ。それはとても寂しいこと。いろんな作品がポッと出てきて話題になって、2,3年のうちは繰り返し上映されてはいるけれど、こんなに長い間毎年上映されてるっていうのはないですよね。…寂しいですね。ある意味。」

執筆者

綿野かおり

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