例えば、1984年『エルム街の悪夢』という一本の映画が産み落としたフレディ・クルーガーという怪物。焼け爛れた顔に、鋭く長い爪。ボーダーのセーターを着込み、ハットまでかぶっているその男は、もちろんその恐ろしさもさることながら、それ以上にその恐怖とは相反するコミカルな要素まで備えていた。登場人物たちにあれほど恐れられ、残虐すぎるほどの殺し方をするにも関わらず、姿を現すときは必ず笑顔で「フレディだ!」と挨拶する礼儀正しさ。恐怖に怯え必死で逃げ惑う人間を、両腕を振り回しながら追いかけるフレディの間抜けな後ろ姿と、足の遅さ。「遅っ!」などと思わず突っ込みたくなるような彼のキュートな愛嬌だが、恐怖と笑いという相反する感情を観客に抱かせた彼が、ホラー映画というジャンルにあけた風穴は実はかなり大きい。

そして2007年。いつはじけるかわからない邦画バブルという状況の中で、どこか見えない枠に囲まれていたような日本映画にもようやく風穴があいた。園子温監督『エクステ』の山崎ぐんじだ。女性の髪の毛に過度なフェチ感をもち、美しい髪をもった女性の死体を家に運び恐怖のエクステンションを製造する変態・山崎。♪マイヘア〜ヘア〜、マイヘア〜ヘア〜♪という持ち歌を上機嫌に歌うキュートな山崎。クライマックスシーンで主演の栗山千明演じる美容師に「変態!変態!!」と何度も叫ばれるかわいそうな山崎。本当に恐い映画の悪役なのに、笑いや哀愁まで感じさせてしまう怪物・山崎は、まさしく日本版フレディだ。変態だけど、彼は現在の日本映画において実はかなり大事な存在なのだ。

そんな怪物・山崎ぐんじを怪演した大杉漣に8月3日のDVDリリースを前に話を聞いた。実に多くの作品に出演する名優・大杉漣が、山崎ぐんじ、そして自身のとどまらない向上心を語る。







“あの現場に入ると、どんな芝居をやろうかなぁってワクワクするんですよ”

——山崎ぐんじっていうもともとのキャラクターにしても、その山崎に乗せた大杉さんの演技にしても強烈さっていうのはすごかったと思うんですけども、大杉さん自身のキャリア、それは本当に多くの作品の中でも山崎の衝撃度は結構高かったのではないですか?
「うーん、そうですね。エキセントリックな役はこれまでにもいくつかあったんだけど、髪の毛っていう特殊なものに対してフェチ感を持っているというか、そういう役は初めてでした。そういう意味では非常に新鮮な部分もあったし、園さんとも初めてだったっていうこともありますし。園子温監督は非常にユニークで面白い方だったし、毎日微熱を帯びている現場で、おもしろかったです」

——山崎ぐんじのエキセントリックさを知ったときはどういうことを思われたんですか?
「脚本を読んだ時に大体の流れはわかるわけですけど、やっぱり現場はライブですから。頭で考えていた部分と実際自分の肉体を使いながら演じることの温度差はもちろんあって。ましてや栗山(千明)さんだったり、光石(研)さんだったりいろんな人たちに対して芝居をやっていくとドンっと一気に熱が上がったりするところもある。そういった現場のライブ感を優先していきましたね」

——園さんの脚本というと結構細かい部分まで書かれているということを耳にしたことがあるんですが、大杉さんの演技自体にはアドリブは含まれているんですか?
「そうですね、結構あります。最後の長い対決シーンがあるんですけれども、あそこは結構アドリブもあるし、細かいこと言うと随所にちりばめられているんですよ。海に向って『生えてるーーっ!!』ってあれもアドリブですしね(笑)」

——あれ、アドリブだったんですか!?(笑)
「そうです(笑)。本当は小さく部屋の中で、『・・・はっ、生えてる』って喜ぶだけだったんだけど、どうも世の中に向って『生えてる!』って言いたくなって(笑)。だからここはちょっと外に出て、海に向かって叫びたいと」

——そう考えると、園さんが作った元々のキャラクターよりも、やっぱりエキセントリックさというのは大杉さんが足していったという感じなんですね。
「やっぱり園さん含めスタッフの方、共演者の皆さんと作り上げたものだと思うし、僕一人で作り上げていったものではありません。さっきも言ったように現場の中で出たものって感じがやっぱりあるんですね。そこで生まれたものみたいなのがきっと。現場行ってセット入ったりするとあれだけ大量の髪の毛があって、死体がそこでハンモックでぶら下がってて。そうゆうのを見た時にやっぱりどうゆう芝居やろうかなぁってワクワクするわけですよ。そうゆうワクワク感みたいなものが、なんかやっぱりこの映画には大切だった気がするんですね。そっちの方を優先させた方が面白いし、そこを園さんは客観的な目で、監督の目で見てくれて、駄目なとこは駄目、採用っていうところは採用してくれる。そうやってどんどんどんどん熱を帯びていって、最後あそこまで行っちゃったっていう感じなので。・・・まぁ多少はやっちゃった感ってのは確かにあるけど、でもやっちゃったものはしょうがないよね(笑)」

——(笑)園さんもそういった役者が動く中で生まれるものと言うのをかなり大事にする監督さんだったんじゃないですか?
「そうですね、だからすごく監督はね、そういう風にやったことに関しては非常に愛情のある支持をしてくれたと思います。愛情あるっていうのは、そうじゃないっていうことと、そうだっていうことをちゃんと人に対する愛情をベースに踏まえた上で言ってくれたような気がするから。それはすごくね、やっぱり園子温っていう監督の人柄だったと思うし。前から興味があった監督だったし、余計好きになりました。撮影期間通して、お互いの人柄に触れ合えたと言うか、いい付き合いができた現場の時間でした」

“『マイヘアー』にはフルコーラスがあるんだよね、実は”

——この山崎ぐんじという男を語る上ではやはり『マイヘアー』を欠かすことはできません(笑)。
「ははは!そりゃはずせないよねぇ(笑)」

——(笑)今回のこのインタビューはDVD発売に際するものであって、やはりDVDと言えば特典なわけで・・・プレスに“『マイヘアー』PV”と書いてあるのを見てビックリしたんですが、これは新しく撮影するということですか?
「いやいや、本編撮影のときに素材はたくさん撮ってるから。・・・・・フルコーラスがあるんだよね、実は」

——えっ?(笑)
「ヘアー、ヘアー、マイヘアーだけじゃないんだよ。ちゃんと、歌詞がある。園子温作詞の。僕もすごく楽しみですよ。だってあの曲、撮影中は歌えるのもちろん当たり前だけど、いまだにちゃんと歌えるんだから(笑)。困ったもんだよね。だからそれだけ印象に残るんですよね。で、もっと困ったことに家族まで歌えるんですよね。僕のかみさんなんかね、鼻歌で歌ってたりしています」

——フルコーラスで?
「フルコーラス。で、僕と一緒にハモっちゃったりした日もありましたしね。『まずいな、家族に迷惑かけたかな』って思ったけど。なんかね、耳に残るというか、皮膚に入り込んでくるというか。奇妙な音階をエレクトーンで園子温さんが自作自演で歌ったCDを渡されて、僕は持っているわけですよ、うちに。たかーい声で・・・♪ヘア〜、ヘア〜、マイヘア〜、ヘア〜♪って(笑)。それを持ってるわけですよ(笑)。♪ヘア〜、ヘア〜、マイヘア〜、ヘア〜♪ってエレクトーンで弾いているんですよ?(笑)」

——(笑)
「それをずぅっと聞きながら、それを僕は撮影前にちゃんとマスターしたわけだからさぁ(笑)。・・・・・・えらいよね(笑)。いまだにちゃんと忘れてなく歌えますよ。そのCDは何人かのスタッフの方はもってらっしゃるかもわからないけど、そんなに出回っているものではないのでね。オヤジの宝物がひとつ増えました!(笑)」

“いろんな仕事やってますが、『相変わらず俺ってこんなことしかできねぇのか』っていうことが常にあるんですよ、僕の背中には”

——この山崎ぐんじっていうキャラクターはものすごい大きな可能性を持っていると思うんです。まさに『エルム街の悪夢』のフレディのような。
「あぁ、初めて言われたけど、それ監督と話してたんですよ。『フレディVS山崎ぐんじ』みたいな、いつの日か2人を対決させたいと」

(この先ネタバレ注意!)
——それぜひ観たいですね!だからそういった意味で山崎ぐんじっていうキャラクターはすごく大事な存在だと思うんですよ。
「そう、大事なんだよ。大事なの。・・・可能性はあるし、僕は機会があれば・・・じゃあ言っちゃうよ?『山崎2』やりたいよ、もう一回。『エクステ2』でもいいけど、ちゃんとまだ生きてるわけだから。最後トコトコ歩いてたよね(笑)?あのまま僕、街に出たいもん(笑)。声だけでもいいから、山崎生きてる!って(笑)。僕はそんなことは言う立場にないから、もしそういう機会があるんだったら、『エルム街』のあの彼と!僕が対決するっていうのやりたいですよ!」

——それ本当に楽しみですね(笑)。ただひとつ気になるのが山崎はどうやって戦うのかなって・・・
「山崎ね、あの形から戻りますから」

——ははは!ほんとですか!?(笑)
「情熱ですよ。ほとばしる情熱で戻りますから(笑)」

——(笑)でも、あの女の子とはもう手は組めないじゃないですか?
「うん、もちろんもちろん。全く違うところに出没するわけですよ。ある日突然。・・・そこから始まりましょう。あの、今までのことは忘れて(笑)!だからほんとにひょっとしたら丸の内のオフィス街に勤めてる男かもしれないよ?普通に会社に行ってるとこから突如一人になった瞬間に、山崎に戻っていくっていう。それはわからないけどなんか非常に日常的なとこから始まっていくっていうのを僕は今イメージしてるなっ!この感じからいくと(笑)。なんでもない日常のシーンから、園さんは入っていくんじゃないだろうか。ドーン!とくるんじゃなくてね。そこから一気にものすごい駆け上がり方をするっていう・・・。ちょっと面白そうだね!今、役者としてのテンションがものすごくあがってる(笑)」

——(笑)。でも本当にこの山崎ぐんじ、『エクステ』ってとても重要な要素を持っていると思うんです。それは日本映画にとっても大きな目印となると思っていて。日本映画にあったある種の枠、既成概念を飛び越えたというか。そして同時に役の強烈性も含めそういったキャラクターを演じた大杉さんにとっても、キャリアの中で一つの目印、大きな存在になるんじゃないかと思うんです。
「あぁ、なってますよ。決してたやすく生まれたキャラクターではなくて、園さんとかスタッフとか共演者の皆さんと産みあげたものだと思うし、やっぱり愛情をちゃんと山崎に対して持っているつもりです。世の中とどうやって関わっていいかわからないおじさんだけども、でもやっぱり人間としての山崎に、僕はちゃんと愛をもって接していたから。だから、『これ限りにしたくねぇ』っていうのはやっぱりあります。
役者である自分に対して、予定調和でいいのかっていうところはすごく思っているんです。例えば、ヤクザっていう役をもらったとしたら、ヤクザに対する概念、イメージ、そういう予定調和どこか体の中に入っているんですよね。そういうものにはすごく注意しなきゃいけないと思う。どういう役柄を演じるにしてもそれは人間っていうベースがあるだけであって、そこからの表れ方の決まりは本来はないはずなんだよね。それはだからある種の思い込みというか、正当性のある勘違いだと思うんだ。だから、それをどこか裏切りたいというのは常に表裏一体だけど持ってるんです。それはすごく大事なことだと思うし、同時に自分が役者でどういう風にやりたいかってこととすごく密接に関係してる。
55歳になって10年経ったら65になります。65になって役者として今みたいなことをちゃんとリアリティもって過ごせるかって勝負になるわけです。そうなったときに今どうするかってことがすごく大事だし、そういう意味では一本一本どんなに小さい役でも自分のやりたいこと、やれること、やらなきゃいけないこと、いろんなものがあると思うんだけど、そういうものには思いっきり自分の気持ちとかエネルギーを注ぎ込みたい。いろんな仕事やってるけど、『相変わらず俺ってこんなことしかできねぇのか』っていうことが常にあるんですよ、僕の背中には。だから、『まだまだこれをやんなきゃいけねぇな』って思うんです。安穏とはしてない、決して。してられないし、そんな呑気じゃない。年とって丸くなる部分はあってもいいとは思うけど、その中でも自分の譲れない部分、それは大事にしたいなと思っています」

執筆者

林田健二

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