“不器用な人間を描きたい”『赤い文化住宅の初子』タナダユキ監督インタビュー
「赤毛のアン」が大嫌いな、初子という15歳の女の子。
母に先立たれ、父は小さい頃に蒸発。たった一人の家族である兄は高校中退して稼いだ少ないお金を風俗に使ってしまう。過酷な青春真っ只中ー。そんな初子の心を支えるのは、学級委員のボーイフレンド・三島くんの存在だけ。初子は中学を卒業して、どんな春を迎えるのだろうか?
主演の初子を等身大で演じるのは、第29回ホリプロタレントスカウトキャラバンで審査員特別賞を受賞し、TBS愛の劇場「吾輩は主婦である」で主人公の娘を演じた東 亜優。兄・克人には『パッチギ!』の好演も記憶に新しい、若手実力派の塩谷瞬。初子に恋心を抱く三島に、TBS「花より男子」の佐野和真。中学校の担任、田尻に坂井真紀、蒸発した父に大杉漣、母親役に鈴木砂羽、そのほか、浅田美代子、諏訪太朗、鈴木慶一など実力派、個性派がずらっと揃い、不器用ながらも愛しい人間たちをリアルに描き出す。
原作は松田洋子が初めて挑んだ純愛コミック。ハードな絵柄のイメージをタナダユキ監督が監督・脚本し、切なくて、悲しくて、それでいて爽やかさや温もりさえも感じられる作品に仕上げている。
そして、UAが書き下ろしたエンディング曲“Moor”が、いつまでも余韻を私たちに残してくれるだろう。
——この作品を選んだ理由は?
まずプロデューサーから何作か本を渡されまして、その中の一つに『赤い文化住宅の初子』があって、そこで初めて読んでちょっと衝撃を受けました。15歳の女の子が、「カネ、カネ、カネ、カネ、シネ」と言うことに、まず「何だこれ」と思って、それを原作者の松田さんにうかがったら、「あれはオチをつけた」とおっしゃっていたんですが、あれは15歳のオチじゃないですよね。初子は「赤毛のアン」を全否定するんですよ。アンの前向きなところに読んでいる側が自身のできないことを投影させてしまう部分があって、ベストセラーというだけあるいいお話だと思っていたんですが、そのお話を否定する初子には何があったんだろう?という想像がめぐって、それで是非この作品に挑戦したいなと思いました。
——原作の捉え方や考え方、赤毛のアンが本当は好きというセリフについて
赤毛のアンがすごく嫌いというのは、すごく好きの背中合わせだと思ったんですよね。やっぱり15歳の女の子をやさぐれさせると見ている方もつらいし、現実の悲惨なことにまだ直面していない年齢だからこそ、一つの約束を信じることができる。そういうものを描けたらいいなと思いました。
——キャスティングが絶妙でしたが、兄弟である東 亜優さんと塩谷 瞬さんを選んだ理由は?
東 亜優さんには、最初に何人か会ったうちの一人で、まだ中学生の時に会ったんですよ。原作の初子は目が印象的で、原作よりも実物を見るとすごくかわいいので、かわいすぎるかなとも思ったんですけど、すごく印象に残っていて。その後も何人かに会ったんですけど、やっぱり亜優ちゃんがいいなと思って。脚本ができて本読みをやってもらった時に彼女自身が持っている何かがきっとあったと思うんですけど、原作を読んでいないにも関わらず、すごく初子っぽい部分があって、これはもうラッキーだったとしかいいようがない出会いでしたね。
お兄ちゃん役で誰かいないかと思っている中で、塩谷くんといえば代表作に『パッチギ!』があると思うんですけど、あの塩谷君も良くて、全く違う役だからこそ、こういう役をやってもらえないかなと思ったら、運良くスケジュールの調整がつきそうだということだったので、それもラッキーだったと思います。あまりうるさく二人には言ってなくて、二人が作ってきたものが違えば修正するようなやり方だったんですけど、塩谷くんは“がんばりたいけど、できないもどかしさ”を非常にうまく表現してくれたなと思います。
——印象に残っている瞬間や俳優さんがあったら教えてください
坂井真紀さんは素晴らしいと思いましたね。正直私はあそこまでやってくれないと思っていたんです。ただ坂井さんの方から「この役はきちんとやらなければいけないと思う」とおっしゃってくれて、それでああいうシーンになって非常にうれしかったですね。
——あれは坂井さんのアイディアだったんですね
こっちから言いづらいじゃないですか(笑)。坂井さんの女優さんとしての度量に助けられたし、大杉 漣さんに関しては、克人を押しのけて入ってくるシーンを現場で見ていると、この父親にはかなわないなというゾクゾクするような感じがあったんですね。結局、克人(塩谷 瞬)という人は、この父親に絶対勝てないからこそ恐怖の存在になりえるんだと思いました。浅田美代子さんにしても絶妙ですよね。浅田さんに関しては後日談があって、本番直前まで方言の発音やイントネーションが正しいかどうかを聞きにきたのが浅田さんで、それは身の引き締まる思いがしました。後からマネージャーさんから電話を頂いて「浅田が反省しているんだ。」とおっしゃっていて、浅田さんの演技には感激しきりなのですが、あれくらいのベテランの方が自分の演技を見て一週間以上経っても反省しているというのがすごいことだなと思って。それほど規模の大きい映画でもないですし、そのようなベテランの方の姿勢を見ると、こちらが身の引き締まる思いがします。
——オリジナルの部分でおばさんから初子が5000円を渡されて参考書とワンピースを買うシーンがありますね
あのおばさんは。お金をあげちゃいそうだなというのがあり、初子は断りたいんだけど、おばさんも絶対受け取らない。初子にとっては思いがけない大金の5000円なんですけど、人の善意だと思って参考書を買おうとして、商店街に行ったが誘惑に負けてしまうというのが人間っぽいと思いました。あと着替えるシーンがかわいいんじゃないかと思って。着替えにもたもたするところがダメな子というか、完璧ではないところが出せたらいいなと思いました。
——監督は二人の恋をどのように感じていたのか、このラストシーンの先はどうなると思いますか?
この二人に関しては、15歳くらいで本当に好きとか嫌いとか分からないだろうというのがあって、三島くんからすれば初子といることで、自己満足的なところがあるかもしれないなと思うんですね。三島くんは所々でいいことは言うんだけど何もできないし、それに対する彼のいらだちも中学生ならではないかと思って。ラストシーンの後は、二人は会わないんじゃないかと正直思っているんです。そういうものであると思うし、それでいいと思うんですよね。実際大阪に会いに行っても会うこと以外にできないと思うし、進学校に行っているとそんな暇もないだろうし。ただ初子が私と同じくらいの年齢になった時、あの頃三島くんがいてよかったと思えるなと思うんですよ。この先、初子もつらいことはたくさんあるだろうし。松田さんが「初子は二十代につきあった男の子のことは忘れるかもしれないけど、三島くんのことは絶対忘れないよね。」とおっしゃっていて、その通りだと思うんです。中学生の貴重な一瞬にお互いが一緒にいられたことが、かけがえのないことだと思います。
——不幸と愛情の混ざり方がすごくリアルですね
彼女たちの両親はちょっと間違えてしまった部分があるかもしれないんですが、愛情を注げたかは疑問だけど、根本な部分で愛情を注ぎたいという気持ちだけはあって、それを克人と初子もどこかで受け止めているからこそグレるという方向にもいかないし、そこが切なくてリアルかなと思います。単純に誰かのことを大事に思っていても、どういう風に大事にするのが相手にとっていいのか分からないし、たとえ親になっても分からないと思うんですよ。手探りでやっていった中で、ズレていく人もいればうまくやれる人もいて、私はうまくやれない人の方が多いんじゃないかと思うんですね。みんな幸せになろうとするけれど、本人たちもどうしようもできない関係性になってしまう。幸せな家庭を築きたいと思っても築けない方がリアルだったので、この話は貧困であることがモチーフとしてあるんですけど、あまりそういうことは気にならず、そういう不器用な人たちの日常はそれでも続いていくのだということに惹かれた部分はありますね。
——主題歌の「Moor」はUAが作品を見て作ったということですが、できあがった曲はイメージ通りでしたか?
初子と同じ目線で作ってほしいというのがあって、“がんばって”みたいな歌だと上からの目線になるじゃないですか。かといって、うそくさい優しい言葉が欲しいわけでもなくて、全くそういうことを言わずにお願いしたにも関わらず、まるで大人になった初子の気持ちが現れているかのような歌になっていて嬉しかったです。アルバムの中では前奏から始まるんですが、映画の中は歌からはじまるんです。それがラストシーンとピッタリあって良かったかなと思います。
——資料の中に、“絶望的な哀しみの中に在る愛しいものをフィルムに残したい。その衝動だけで、映画を作りたい。“と書かれていますが、次にフィルムに残したいものは何ですか?
やっぱり不器用な人達ですかね。あんまり器用に生きられない人にどうしても感情移入してしまう部分があるので。何も不幸になりたいわけではなく、みんな幸せになりたいと思いながらズレていくリアルな部分、これからもそういうものを作れたらいいなと思います。
執筆者
Miwako NIBE