『のだめカンタービレ』など、クラシックがブームとして人気を集める中、日本初のクラシック映画がいよいよ登場。主演は弱冠14歳にして大女優の風格漂う成海璃子と、『デスノート』でブレイクし、日本映画界の期待を一身に背負う松山ケンイチ。その他、貫地谷しほり、柄本明、吉田日出子、手塚理美、甲本雅裕、串田和美、西島秀俊など実力派が結集。原作はさそうあきらの同名の人気コミック。

ひとりでピアノと向き合ってきた孤高の天才少女・うたと落ちこぼれの音大受験生・和音(ワオ)。恋愛とも友情とも形容しがたいふたりの関係性を元に、珠玉の物語を作り上げた萩生田宏治監督にお話を伺った。



成海さんは年齢よりも大人びた印象があります。

「最初のボートのシーンなんか、一瞬、OLさんかと思いますよね(笑)」

原作のうたは、いかにも小学生という感じだったと思いますが、成海璃子さんをキャスティングした決め手を教えてください。

「子役からずっとやっている人なので、大人びた部分もありますよね。でも実際に話してみると、どこか少年っぽいひたむきさというものをいろんな瞬間に感じて、すごく印象に残ったんですよ。ピアノという大きな魔物に向かっていく、うたのひたむきさというものを成海さんで見てみたいと思ったんです。だからそのままの成海さんでやってもらうために、中学生に設定を変えたんです」

監督には成海さんはどういう女優さんだと映りましたか?

「自分で動いてみたり、相手と合わせてみたりして、いろいろと確かめて演じたいタイプなんだろうなと思いましたね。『今のは、うたになれた』とか、『今のはちょっと違った』とか言ってるうちに、うたのキャラクターを掴んでいったようです」

そうするとリハーサルが重要になるタイプなんですか?

「僕らがとった方法論としては、もちろんピアノの弾くところは緻密にカット割りを考えないと撮れないんですけど、芝居に関しては、何も準備せずにふたりを現場に呼んで、とりあえず動いてみて、何か感じがつかめたら撮るという形をとりました。
 だからリハーサルを重ねたというわけでもないんです。テイク数も少なかったですし」

松山ケンイチさんと成海さんの佇まいというのが面白いですよね。ポスターもすごくいい写真だと思いますが、松山ケンイチさんのキャスティングの決め手は?

「順番としては、成海さんが決まってから、和音(ワオ)のオーディションをしたんですよ。今をときめく俳優さんたち20人くらいに会いましたね。その時は成海さんにもいてもらって、一緒に芝居を合わせてもらったんです。
 ふたりの佇まいから感じるものを基準にオーディションをしていったんですけども、年上なのに同級生に見える時もあるし、本当にいいカップルに見える時もある。兄弟のように見える時もありました。
 でも、松山さんが来たときは、何だかギクシャクしていたんですよ。お芝居が崩れているとかそういうのではなくて、どうもこちらがいたたまれなくなるような、そんなふたりの空間があって。その時に、松山くんの和音(ワオ)を見てみたいなと思ったんですよね」

最初この映画はラブストーリーなのかと思っていたんです。実際に見終わっても、そうだったとも言えるし、そうではなかったとも言える。不思議な関係性のふたりですよね。

「おかしな言い方かもしれないんですけど、恋愛感情と同列にあるこの感情は何なのかなと思ったんですよ。恋愛なのかなと思って、相手に近づこうとすると、それもちょっと違う。だけどふたりの関係は確実にある。名前のない関係性ですよね」

本当に不思議な関係ですね。

「決められた関係でなくても人といられる。それを求めているところもあって。このふたりにもそれを託せたらいいなとは思っていました」

原作のコミックを映画化するためには音楽をいかに見せるか、という要素が重要になるのではないかと思うのですが。

「そうですね。実際の音に置き換えなければいけないですからね。
 音そのものを追求すると、おそらくいろんな趣向もあるから、きりがないだろうと。お客さんはやっぱり物語で映画を見ていくであろうと僕は思ったもので。だから音楽が優先されるということではなくて、映画としての話を考えたときに、和音(ワオ)がうたに言いたいことがある時はこの曲だとか、うたが和音(ワオ)から聴きたいからこの曲だという風に、音楽を物語に配置していったという方が正直なような気がしますね。物語のどこでその音が聞こえるのかという相乗効果の方が大事なんじゃないかなと。
 もちろん仕上げの段階では、どう聴かせていくか、どうミックスしていくかということは非常に時間をかけてやったんですけども」
 
ということは、脚本の時点で音楽は指定されていたわけなんですね。

「そうですね。アクションの中で弾くというか。それで何の曲がいいのかを調べるという風に考えていって。モーツァルトの20番というのは原作にもあって、映画全体を語っているような曲だったので、この曲を絶対に使いたかったんですが、他の曲に関しては、物語のあとにどの曲かということを考えていったんですね。おそらくそうしないと、迷子になっちゃうような気がしたんですよね」

そういう意味では、監督がクラシックに詳しくなかったというのは良かったんですかね?

「そうかもしれないですね。それまでクラシックはまったく聴いてなかったですからね。音楽プロデューサーの方はすごく詳しくて、一回聴いただけで曲のミスを指摘できるくらいの方なんですけど、その方たちと一緒に音楽を選びました。その時は頭で考えずに、感じたものを中心に音を選んでいこうと。
 ベートーベンやモーツァルトが作った曲の中でも、映画に使うための部分をまた選んでいかなければならないわけですよね。それも物語をイメージをしながら、『じゃ、こことここ』という感じで選んでいきましたね」



松山さんも成海さんも相当ピアノの練習を頑張ったと聞いたんですが。

「そうですね。成海さんは仕事の予定を開けて挑んでくれたんですよ。なかなかないことだと思いますよね。松山くんも忙しかったけども、時間を見つけてはレッスン室に通ってくれましたね。成海さんなんて悔し泣きするほどやってましたよね」

悔し泣きですか!

「すぐに弾けるものではないですからね。自分のイメージに指が追いつかなくて動かないとか、そこは何回も練習するしかないんですけど、いろいろと壁にぶち当たりながらもやってくれましたね」

本物の吹き替えも依頼していたんですよね。

「もちろん本物のピアニストの方にもお願いしています。それと分からぬようにと願いつつ(笑)。だからうたのキャラクターに関しては、芝居をする成海さんと、音を担当した和久井冬美さん、吹き替えをした河野紘子さんの三人で作り上げたと言えます。河野さんは『のだめカンタービレ』で上野樹里ちゃんの吹き替えをやった人なんですが。
 河野さんは、実際に自分が弾くのとは違う、吹き替え方というのを練習したんですよね。普段の自分の弾き方ではなく、うたの弾き方にどうやったらなるのか。鏡を見ながら練習して、それで実際に芝居をしている成海さんも見て、色々と話をしながら。だから本当に三人でピアノ演奏をしているうたというものを作り上げていったということですね」

そう考えると吹き替えって深いんですね。

「そう、深いんですよ。ただ弾いているのを横から撮ったとしても、ある程度の動きがないと分からないですよね。そこで『こんな風には弾かないですよ』となるのではなくて、実際に指先でお芝居をしてもらって奏でているわけですよね。僕も全然知らないんだけど、目で見てると好きに言えちゃうもんで、もっとこんな感じという風にとリクエストをしたりして。始めはものすごくおとなしく弾く方だったんですけど、あるときから突き抜けて、やってましたね」

それが『のだめ〜』の前だったんですか?

「そう。うちらの方が先だったんですよね。それから『のだめ〜』で誰かいない? ということで、河野さんと清塚さんが」

では、この『神童』で開花した才能ということなんですね。

「自慢してもしょうがないですけどね(笑)」

新しいキャラクターがいい隠し味になっていたりしますよね。

「中学生役の池山とか。あれはいろいろ話をしているうちに、思いがけず脚本の向井(康介)さんが生みだしたキャラクターなんです。もちろん物語としては、うたの心情を中心に作るわけなんだけれども、クラシックをまったく知らない人がどう向き合うかというときに、全く音楽を知らない人物がいたらいいんじゃないかという話にした気がするんですけども」

彼がいるから、うたは普通の中学生なんだなというのが浮かび上がってくるんですよね。

「だからあいつだけはピアノのレッスンとか関係ないですからね(笑)。岡田君というんですけど、いい奴ですよ。裏の主役なんじゃないかくらいの勢いですよね。
 音楽を知らないからこそ、うたに絡めるというところはあると思うんですよね。うたが持っている音楽の価値を少しでも知っちゃった人とは、どうしても距離が違ってくるだろうし。それぞれ違う距離なんだけど、ひとりの中学生としてのうたは、ひとりの中学生としての池山君として近づけるんだろうなと。素晴らしい作劇だと思います」

執筆者

壬生智裕

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