独特の恐怖をフィルムに焼き付けることのできる稀有な才能として、世界的にも名高い黒沢清監督の最新作『叫(さけび)』が完成した。本作のテーマは幽霊。奇怪な連続殺人事件を捜査する刑事の周辺で、刑事自身が犯人であることをほのめかすような証拠が次々と発見される。しかし刑事自身にはその自覚はない。そんな彼の周りで恐ろしい出来事が次々と起きる……。

 主演は黒沢作品には欠かせない役所広司。そして共演には小西真奈美、クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』の好演も記憶に新しい伊原剛志、そして本作が3年半ぶりのスクリーン復帰となる葉月里緒奈など豪華なキャストが集まった。
 
 今回は黒沢清監督、役所広司、小西真奈美、伊原剛志の合同インタビューの模様をお届けすることにしよう。











役所さんは、黒沢作品7本目の出演ということになりますが、黒沢監督ならではの現場の面白さとは何なのでしょうか?

役所 「黒沢さんの脚本はありきたりではないんですよ。だから新しい脚本を読むときは、次は何をやらせてくれるんだろう、という楽しみがありますよね。
 監督の台本には色々と宿題があるんです。自分で考えたことを現場でテストしながら、少しずつ修正していく。そうやって撮影は淡々と終わっていくんですが、それでも出来あがった後に、ああ、こういう風に作ったんだなという発見がいつもあるんです。黒沢映画のいちファンとしての楽しみですよね」

今回の発見は何でしたか?

役所 「今までと違って、幽霊と芝居をすることですね。ただ、今回は恐怖映画と言っていますが、今までにも黒沢さん独特の、人間が誰しも持っている無意識的なものがずるずると引き出されるような嫌な怖さがありましたよね。そういう意味で、今回も黒沢映画は健在だったと思います」

「葉月さんの幽霊姿が見てみたかった」という監督のラブコールによって、葉月さんを起用したと聞きました。実際の幽霊姿を見て、どうでしたか?

黒沢 「当初は、幽霊が出てくる映画とはいえ、従来の恐怖映画のように怖さだけを狙ったものにはするまいと思って撮影していました。普通の人間ではありませんが、ちゃんと過去に生きていた人間として幽霊を扱ったわけです。
 それで、葉月さんにお願いしたわけですが、ラッシュの段階で、出来あがった画面を見て、それにしても怖いなと思いました(笑)。葉月さんなりの計算があったのかどうかは分かりませんが、現場の勢いもあったんでしょう。
 とにかく目つきが怖い。怖い目つきをしてくれとはひとことも言ってないんですけど。葉月さんもそういう芝居をしようとしたわけではないんですが、おそらくある感情にとりつかれた人間、死ぬ直前に持った感情を拡大して、それにこだわり続けた人間として芝居をすると、あんなにも怖いものなのか、と。葉月さんにお願いして良かったなと思いました」

役所さんも葉月さんの幽霊姿を目の当たりにしたわけですが、どうでしたか?

役所 「怖かったですね(笑)。でも、よく考えてみると、男の幽霊って昔からあまり怖いものがないですよね。暴れん坊の幽霊はあったかもしれませんが。やはり、無表情で立っていて怖いのは女の幽霊ですよね。だから潜在的に女の人が無表情でいるというのはものすごい恐怖感があるんでしょうね(笑)」

黒沢監督は幽霊を信じていますか?

黒沢 「分かりません。信じるとか信じないとかではなくて、見たことがないので、どちらとも言えないんです。とはいえ、これは今回の映画のテーマにもつながるわけですが、幽霊といっても架空の存在ではないと思うんですよ。
 つまり死んだ人ですから、かつては確実に存在したわけですよね。人が死んだ後、どうなるかはまったく分かりません。死んで何もなくなってしまうという考えも一方にはあるでしょう。ただ、何になるのかは分かりませんけれども、人間が死んだ後に何かになるわけで、それはつまり幽霊に近い状態ですよね。僕らが映像で表現しているようなものがあるかどうかは分かりませんけれど、それは誰の身の上にも起こりうることだろうと思います」

なぜ赤い服を着させたのですか?

黒沢 「特に深い理由があるわけではないんですが、ただ単純に幽霊が、どんな衣装を来ているのかはいつも問題になるんです。パッと見て、やはり赤は少し特別な色で目立ちますから、今回は赤にしました。
 もちろん赤じゃない場合もあります。一般的に幽霊といえば白ですけど、白って貞子だよね、と。黒というのもあるんですけど、黒はこの前の『LOFT ロフト』という映画でやった。
 役所さんにも出ていただいた『降霊』では緑の幽霊もやった。黄色はやっていなかったので、黄色で行こうかと思ったんですが、プロデューサーの一瀬(隆重)さんが『実は『仄暗い水の底から』で黄色い幽霊をやった』というんで、やはりまた赤に戻したんです。本当は、テレビ番組『学校の怪談』の『トイレの花子さん』で赤い幽霊はやっているんですけれど、とりあえず赤に戻したという感じですかね。
 これは余談ですが、まだ誰もやってなくて、一度やってみたい秘策があるんです。全裸の幽霊という奴です。一度やってみたい、以上です(笑)」

小西さんと伊原さんは今回、黒沢組に初参加ということですが、現場はどうでしたか?

伊原 「黒沢さんの現場は、いい意味ですごくスピーディなんですよ。撮りたい画が決まっているんですね。だいたいの動きをこんな風にとおっしゃるんですけど、その動きだけでそのシーンの意味やセリフを捕まえることができる。
 それは毎回どのシーンでもそうでしたね。たとえば僕はほとんど役所さんとの撮影だったんですけれど、距離感とか位置でいろんなものをキャッチできる現場でした。
 あとは……、のんびりしているように見えて、わりとせっかちですね(笑)。すぐに本番にいきたがる。でも僕はそれは結構好きなんですよ。僕も早く本番をしたいタイプなんで。だから全然ぶれない現場でした。

 監督の指示で覚えているのは、『できるだけ普通に、伊原さんの思う普通で』というものでした。ただ、僕の思う普通は普通じゃないかもしれないんですが、それでもその普通という言葉を自分の中の立ち位置というか、人間関係をつかんでいくという形に心がけましたね」

小西さんはどうでしたか?

小西 「やはり緊張しました。黒沢監督と役所さんがずっと一緒にやっていらっしゃるのは存じ上げていましたし。ただ、役所さんもすごくあったかく接してくださったんです。待ち時間では、何げない日常会話をいつもしてくださって。そこに監督がポンと入ってきて、なごやかに話をしてくださるんですよ。
 元々緊張するタイプですし、どうやっても、緊張感を持って現場に行くものなんですけれど、『叫(さけび)』現場に行くのはとても楽しかったんです。現場で会話をしていく中で、余計な肩の力やプレッシャーといったものが抜けた状態で、カメラの前に立たせてもらって。私のことをある程度信頼してくださって、監督の思うところは的確に指示していただいて。カメラもすぐにまわしていただいて。この現場をやらせていただいたことに、本当に感謝しています」

今回のキャスティングの理由を教えてください。

黒沢 「役所さんは、今さら理由を述べるのもどうかというくらい素晴らしい役者さんですから。僕は、脚本を書くときには特別に誰をということを頭に浮かべずに書くわけなんですが、やはり脚本を書いていく時点で役所さんとやりたい、役所さんでなければという思いが湧いてきたということですね。
 それで葉月さん。実はこの世のものでない役は既にやっていらっしゃるんですけれども、本格的な幽霊をやってもらいたいということを前々から思っていたということですね。
 小西さんに関しては、ちょっと狙いがありまして。分かってしまったんですよ、年齢は関係ないと。役所さんの相手役ですから、まずは演技力ですね。僕も彼女と組むのは初めてだったんですが、他の映画を観る限りですけど、この人は芝居ができるなと思いまして。若くて、それでも役所さんと対等に、あるいは対等以上に包容力を発揮して、まったくひけをとらない力のある方ということで、小西さんにお願いしました。そしてそれは思った通りでした。全然年齢差を感じなかったですね。
 あと伊原さんですが、これは僕が彼の映画を観た印象からなんですけれど、なんだか嘘がない感じがするんですよね。もちろん時には悪役をやったりいろいろな役をしてますけれども。たぶん持って生まれたものなんでしょうね。僕、普通という言葉で伊原さんに言っちゃったみたいなんですけれど、何か心の底から嘘のない感じがするんですよ。伊原さん以外の役のイメージはどこか謎めいていて。もちろん幽霊も含めて隠しているものがあるんですが、彼だけは嘘はない。そういう方なのではないかなと思いまして、今回お願いいたしました。可哀想に、一番嘘のない彼が一番可哀想な目にあってしまうわけだったんですが(笑)」

執筆者

壬生智裕

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