世界中から集まった個性的な監督がパリに愛を込めて作り上げた最高級の映画『パリ、ジュテーム』。一つずつ紐解けば、あなたもすっかりパリのとりこ!

18篇の中で2区を舞台に物語を紡いだ日本人監督・諏訪敦彦。キャストにジュリエット・ビノシュとウィレム・デフォーを迎え、胸をじんと熱くさせる5分間を生み出しました。独特のリズムを持った作品「ヴィクトワール広場」について、諏訪敦彦監督にお話を伺ってみました。






——『パリ、ジュテーム』はどのような経緯で参加されたんですか?
「この映画はエマニュエル・ベンビイという若いプロデューサーの企画で作った映画なんです。彼が1人でいろんな監督に声をかけていた時期があったんですが、その時に僕の作品も観ていてくれて、コンタクトを取ってくれたんです。僕はいろんな人が参加しているオムニバス映画というものに興味があったのでやってみようと思いました。ただ、今回は1人5分ぐらいの短編だったんですが、そんな短い映画は撮ったことがなくて(笑)。不安はありましたが、やってみようという気持ちは変わらなかったですね。でもその時点から完成には何年も時間がかかりました。1人ずつ監督をくどくのも、時間を調整するのも大変だったみたいです。そんな時、『アメリ』のプロデューサーでもあるクローディー・オサールがこの企画に興味をもってくれて。そこから本格的に動き始めましたね。」

——地区を選ぶ上で、監督の希望はどれぐらい通ったんですか?
「僕の場合はもう2区をやれ、と言われたんです(笑)。でも2区には馴染みもありました。2002年から1年間、家族でパリに住んでたんです。2区というのは日本食が食べられるお店がたくさんあるんですよ。子供達はやっぱり日本食を食べたがったので、日曜日は2区に行ってカツ丼を食べさせるというのが日課になってて(笑)。語学教室もありましたし、いつも2区には行ってたんですよ。」

——その中でもヴィクトワール広場をポイントに選ばれたのは?
「最初は2区ならではの物語を考えていたんですが、それより前に自分の中に浮かんできた物語がありました。実は”カウボーイ”というのは一緒にご飯を食べていた僕の子供から出たアイデアなんです。「カウボーイの話がいい!」とか言われて(笑)、それっておもしろいなと思って。それに今回はアンデルセンの童話を合体させて作りました。2区でいろいろ場所を探していると、ヴィクトワール広場にはルイ14世が馬に乗っている像があることに気付いたんです。ジュリエットが住んでいる部屋の窓からルイ14世の像が見えるという設定にしたくて、この像が見える場所を探しました。ヴィクトワール広場はちょうど2区の境目にあるんですよ。」

——映画のラストの方にもジュリエットが片手にワインを持って向いの家の女性と微笑みあう、というシーンがありましたよね。あれも監督が撮られたんですか?
「あれはジーナ・ローランズのパートを演出していたフレデリックが撮ったものです。彼は今回18本ある5分の短編作品の”つなぎの1分間”を撮りました。実はそこにいろんなエピソードが絡まってくるんですけど。それを皆のルールにしてましたね。ジュリエットとジーナ・ローランズが視線を交わすというシーンを撮った後、彼女達は仲良くなったみたいですよ。」

——フランスではああいう風に視線を交わすことってよくあるんですか?
「どうなんですかね(笑)。でもパリって窓を開けると向いにある部屋が見えますから、そういうシチュエーションは随所にあります。必ず目が合います(笑)。窓を開けると本当にいろんなものが見えますよ。素敵な瞬間だったりそうじゃなかったりしますが、人生で傷ついた2人がなんとなく心を通わせるあのシーンは素敵だと思いますね。」

——キャストはどのようにして決まったんですか?
「カウボーイからキャスティングしました。彼の存在はこの物語においては死神として描かれています。そこをアレンジしてカウボーイが大好きだった子供という設定にしたんです。このカウボーイを誰にしようか考えた時、まず最初にウィリアムが浮かんだのでプロデューサーにオファーしてもらったらOKの返事をくれたんです。それで彼の方から、相手が決まってないのならジュリエット・ビノシュはどうかと提案してきたんです。ウィリアムは『イングリッシュ・ペイシェント』でジュリエットと共演していて、もう一度一緒に仕事をしたいと思ったんでしょう。ジュリエットは今まで僕が組んできた俳優達とは違うタイプだし、フランスでは有名な女優さんだから、キャストとして想像してなかったですね。」

——いろんな国の監督がこの作品に参加されてますが、1人だけ日本人ということを意識されました?
「いきなり日本からフランスに行って撮ってくださいと言われたわけではなかったし、フランスにも1年間住んでましたから。しかもフランスで長編を1本撮った後だった。クルーは皆フランス人でしたが、そういう中で映画を撮ることには慣れていました。自分からすれば中間的な立場だったので、意識では1人だけ日本人が参加したという感じではなかったんです。でもスタッフにはそういうものがあったかもしれないですね。今回は同じクルーが別の1本に関わっていたりもしたんですが、やっぱり何か違ったみたいです。いろんな監督の現場を体験できるわけですから、彼らにとってもおもしろい経験だったみたいですよ。僕の場合はすごく静かな現場だと言われました。僕は割とゆっくり時間をかけて撮る方ですし。自分ではわからないんですが、静かなエネルギーがあるという風に言ってましたね。監督によって違うのがおもしろい。僕も他の監督の現場に行ったりしてましたが、撮り方も現場の空気も違いますね。」

——日本で公開されるとなると、やっぱり目立ちますね(笑)。
「そうですね(笑)。パリっていうのは外国人がいっぱいいる国ですから、そこで見てたりそこにいる時はあまり気にならないですね。最近日本にいて、「あ、日本人は1人なんだ」って思いますね。」

——自由に場所を選んで撮るとしたら、どこを選びますか?
「あんまりこの場所だけというのはないですね。パリにはいろんな顔があるからおもしろい。旅行ガイドに載ってるような場所もあれば、どこの国にいるのかわからなくなるような無国籍な場所もある。パリって小さな場所なのに様々な人間がいるし、宗教にも人種にも多様性がある。もちろん風景や街並みもおもしろいんだけど、場所よりも人間がおもしろいんです。長編映画でロダン美術館を撮影したんですが、パリのど真ん中にあるのにすごく静かなところで、安らげる空間なんです。それでいて建物に芸術家の精神が充満している感じがある。ロダン美術館はオススメの場所ですね。」

——アンデルセンの「墓の中の子ども」を下敷きにして撮られたそうですが、なぜその物語を選ばれたのですか?
「アンデルセンの中で割と現実的な物語なんですよね。僕も親だから、親が子供を失った時の悲しみの深さというものを想像できる。広島の原爆で子供を亡くされた母親の手記というものが残っているんですが、読んでた時に心を打つものがありました。それは普通の感情なんです。その手記は子供が学校に行く前に朝ご飯を出したら食べたくないと言ったから叱った、そしたら泣きながらその子は学校に行った、それが最期になった、というものなんですが、それが僕の中にずっと残ってて。なんであの時あんなに怒ったんだろうって母親は後悔するんですよね。どんな姿をしていてもいいからもう一度帰ってきて欲しい、そしたらおいしいご飯を食べさせてあげるのに…って。それは原爆だから起こった感情じゃない。子供を亡くすっていうのはいつの時代でも同じ感情なんですよね。そしてたくさんの人が死んでいく中で自分が生き残ったことを責める人が出てくる。でもこの世界には生き残った人だけがいるわけで。生き残ったことをもっとポジティブなものとして受け止めて欲しいと思っていたんです。」

——5分間なのに、監督の作品には心がつかまれました。ジュリエット・ビノシュの存在感がすごいですね。
「ジュリエットの集中力は本当にすごいと思いました。子供部屋のベッドのシーンから始まるんですが、本番が始まる前からあの場所にずっと座ってて。本当に悲しみに疲れた存在になってたんです。」

——5分間で物語を伝えるためにどういうところに気をつけられました?
「実際にやるまで僕にもわからなかったですね(笑)。長いショットずっと撮ってきたので、5分で映画を作れるのかなって。自分にとっては挑戦でした。結構内容にボリュームがありましたから。本当を言うとあと40秒くらい欲しいなって思うし、切りすぎたかなっていうところもあるんですが、まあ何とか収まったかなという感じですね。編集で5分にしていくのは辛かったです。短いものの難しさってありますよね。純度を上げていかなきゃいけないし、無駄なものを入れられない。無駄なものの中に映画の豊かさってあったりしますからね。それをどうやって出していくのかが難しかったです。」

——他の監督が撮ったものを観て、どんな感想を持ちました?
「楽しかったです。一緒に同じ時期に作品を撮っていたというのもありますし、同じテーマの中でどうするんだろうって思ってました。お互い気にしながらやってたとこもありますね。全体が一体となった時にこんなにいろんな見方がある、いろんなパリがあるっていうのを見るのはやっぱり楽しかったですね。」

——一番刺激的だったのは?
「1本は選べないですね。個人的には1本の作品ではないけど、やっぱりジュリエット・ビノシュとジーナ・ローランズが視線を交わすシーンが好きですね。僕の撮った映画の登場人物と他の作品の登場人物が出会うわけですから、その瞬間はとても気持ちよかったです。もしかするとジーナ・ローランズが自分にとっては伝説的な存在だからかもしれませんけど(笑)。」

——パリに言葉を贈るとすれば?
「今の自分にとって、パリはもう一つの故郷みたいに感じるんですよね。パリに着くと、日本にいる時にはない安心感があるんです。日本ほどのんきに歩いてられないし、別の緊張もあるんですけどね。ほっとします。」

執筆者

umemoto

関連作品

http://data.cinematopics.com/?p=45324