『青春☆金属バット』の熊切和嘉監督が、松本次郎原作の『フリージア』を撮った。『青春☆金属バット』のときは原作者・古泉智浩の世界観に監督の持ち味を調和させ、まったく新しい、映画としての『青春☆金属バット』が誕生したが、今回も熊切監督独自のスパイスが原作の世界観に新たな局面を打ち出している。「近未来」「敵討ち法」といった奇抜な世界の中で、主人公ヒロシが抱える感情の喪失。そこに監督が加えたスパイスは驚くほどシンプルなヒューマンドラマだ。しかし、松本次郎の奇抜な世界の中で、そのシンプルなドラマが湧き上がらせる、これまで体験したことのない感情は、松本次郎と熊切監督それぞれの混ざり合った持ち味が、これ以上ないほどの絶妙なバランスで調和したことを証明している。

近未来の”カオスな世界”の中に生まれる人間ドラマ『フリージア』を、熊切監督が語る。







“とくに私小説的な映画を撮ろうとしているわけではないんですよ”

——松本次郎さんの原作ということですが、この原作のどういったところに惹かれたんでしょうか?
「かなりカオスな世界観と言うか、松本さんの作品は他のも結構そうなんですけど、独特ですよね。どこまでできるかはともかく、そういう少しタガの外れた世界はやりたいなと思っていて。ただ結局、映画を作るにあたっては、割とまっとうなドラマのほうには持っていってしまったんですが。あと、銃撃戦ができることはひとつのポイントでしたね」

——あの銃撃戦は、かなりかっこいいものに仕上がっていましたね。絵面もそうなんですが、何より古臭さがないというか。
「うん、なかなか日本を舞台にドンパチ物をやると、どうしてもヤクザとか警察物になっちゃいますけど、この設定なら思い切ってできるなというところがありましたね。一度はそういったものを作って見たかったんです」

——今回の映画化では、原作の世界を自分なりに変えていったという感じですか?
「そうですね。今もまだ全然終わっていないんですけど、僕が着手した時点で5巻までしか出ていなかったんですよ。5巻までだと本筋のところ、ヒロシとヒグチの関係がどうなっていくのかということは、全く描かれていないんです。映画にするにあたっては、その部分はオリジナルにしなきゃなというところは了承は得ていたので逆に、ある意味好きにやっていいという感じで、やりやすかったですね」

——具体的には松本次郎さんはどんなことをおっしゃっていたんですか?
「大きな設定というか、敵討ち法とかその辺の設定とキャラクターさえ残れば、話自体は結構好きにやっていいという感じで言われてプロット組んだりしていったんですが、実際、顔合わせのときに次郎さんがそのとき初めて台本渡されたみたいなこと言っていたましたね(笑)。でも、割と次郎さんは、映画というのは監督のものだからという感じで言ってくれていました」

——前作の『青春☆金属バット』もマンガが原作で、他にも『アンテナ』など原作の映画が何本かあると思うんですが、熊切監督にとって原作を映画化することの意味はなんですか?
「特に私小説的な映画を撮ろうとしているわけではないんです。それよりも、まさに劇映画を撮りたい。そういう部分で、小説とかマンガだと自分じゃ思いつかない思い切った設定、今回だったら敵討ち法とか、これは思いつかないなっていうことがあるとやりたくなる。何も自分の琴線に触れるものがないとやっぱりそれは断ったりしています」

——琴線に触れるところというのは、どういったところなんでしょうか?
「こう言うと誤解が生まれるかもしれないんですが、小説だったりマンガが、小説として面白いとか、マンガとして面白いとかよりも、これを映画にしたら面白くなるなっていう風に僕は読んでしまうんです。前の『青春☆金属バット』なんて、マンガだけ読むとくだらないなって思ったんですけど(笑)、これも映画としてちゃんとやったら面白いんじゃないかなと思って。あれはかなり極端でしたけどね(笑)。よくこれを映画にしようと思ったねって言われた(笑)」

——(笑)。原作物をやることで、自分の表現力をあげることができると言っていた監督の方が結構いるんですが。
「それもちょっとはあるかもしれないです。オリジナルよりももっと、頭を使って作るような気がします。想いだけじゃなくて。オリジナルで自分の経験とかを織り込んでいくものだと、どうしても想いばかり先立っていっちゃうんですね。でも、原作をやるときは理性的に考えてやるところもでてきますね」

——原作を映画化するときに気をつけることってありますか?映画になると原作ファンの目はかなり厳しいものだと思うんですが。
「実はそんなに気にしてはいなかったんです。でも今回は割りと、松本次郎さんのカルトなファンがついてますよね。でも、だからと言ってあんまり気にしててもしょうがないので、逆に僕はとらわれすぎないでいようと思ってるんです。まさにあるビジュアルを、まんま再現とかは嫌だ。どうしても負けちゃいますから。それよりも、もうちょっと自分の直感に頼ってやりたい」

——今回西島秀俊さんが演じたトシオや、『青春☆金属バット』で安藤政信さんが演じた石岡なども、どちらかというと悪役の部類に入る人物が、どうしても憎めない風に作りあがっていると思うんですが。
「まさに僕は昔から、悪役に肩入れしてしまうんですよ。敵役というのがすごく好きで、主人公よりも敵役が食っちゃうような映画が結構好きなんです。孤独な悪役とか。まさに、そこら辺の自分の性癖というか、そういうものが出ちゃうんでしょうね。と言っても、どちらの映画も主人公がまっとうな人間じゃないからあれなんですけど(笑)、基本的に僕はまっとうな人間よりも、ちょっと翳りのある人とか歪んだ人に惹かれていく」

——それは優しさですか?
「どうなんですかね(笑)。ただの性癖だと思いますけど(笑)」

“一人で寂しそうにしてる。それが、愛おしくてたまらなかった”

——主演の玉山さんとは以前から面識があったんですか?
「いや、今回が初めてですね。実は、初対面のときに本当偶然なんですけど、彼がメガネをかけてきてたんですよ。そのメガネが非常に似合っていて。たぶん役柄とかそんなに意識していなかったと思うんですけど」

——具体的に言うと、玉山さんのどういったところがキャスティングの決め手ですか?
「ある意味僕は、ヒロシを美しいフリークスとして描きたくて。玉山さん、本当にきれいな顔をしているんですよ。肌がツルツルなんです(笑)。ヒロシには感情がないんですが、感情がないっていうと皺がないような印象があって。そこがまず顔面的にはいけるなと思ったんですね。あと、佇まいが独特。佇まいというか体型というか。なで肩で、まさに今回それを強調してライダースにしたんですけど、あの感じは他にいない。なんとなく『シザーハンズ』を思い出してましたね。
こんなこと言っていいかわかんないですけど、右手の肘が骨折の名残かなんかでちょっと出てるんですよね。逆手みたいになってる。それがまた独特になって面白いなと思ったんですね」

——やはり、玉山さん演じるヒロシと西島さん演じるトシオの一騎打ちは、この作品のひとつの見所だと思うんですが、お二人と仕事されていかがでしたか?
「西島さんは、一回だけそれ以前にお会いしたことがあって、そのころから仕事をしたいなと思っていたんですけど、ほんと素晴らしかったですね。こりゃぁ、ひっぱりだこだわぁと思いました(笑)。もう、映画の現場が好きなんでしょうね。スタッフとかの中に普通にいるんですよ(笑)。誰とでも喋っていて、とにかくうれしそうに現場に立ってる。居心地よさそうに」

——西島さんが大声を出すというのがとても意外だったんですが。
「やっぱり西島さんに、むきだしになってほしかったんですよね(笑)。
玉山さんはものすごく真面目な人ですよね。今回、はっきり言って大変な役だったと思うんですよ。難しい役だとも思いますし。感情がないから、ちょっとした仕草でいろんなものを見せていかなきゃならない。やっぱり、現場でもはっきり言って辛そうなんですね(笑)。一人で寂しそうにしてるんですよ。それがなんか愛おしくてたまらなかった。
とくに思ったのは、二人が高架下で向き合ってトシオが涙するところ。あのシーンはトシオの涙が流れる瞬間を撮りたくてやっていたんですけど、それに対して、ヒロシは心の中で動くものを出し過ぎないようにしなきゃいけないわけじゃないですか。どっかでやっぱうらやましかったと思うんですよ。相手役の西島さんが感情を出せるというのが。あのカット終わったときに玉山さんが一人でポツンと拳銃をカチャカチャやっていて(笑)。あの瞬間、まさに彼はヒロシだった」

“『青春☆金属バット』と『フリージア』の2作は、『陰』と『陽』だと思っていて”

——あの一騎打ちのところで、ヒロシがトシオに銃の玉を渡すところが非常に印象的でした。
「いいですよねぇ。・・・(笑)いや、好きなんですよね。そういった男のやりとりが。やっぱり映画に一番ときめいていた頃に、僕はジョン・ウーとか見まくっていたので」

——『青春☆金属バット』のときも感じたんですが、熊切監督が描く男の一騎打ちって、すごくきれいというか、美しいなという印象が強いですよね。しかも『青春☆金属バット』と『フリージア』の構図ってかなり近いものがありませんか?
「そうですねぇ・・・・(笑)。いや、実は似てるんですよね(笑)。僕はこの2作は『陰』と『陽』だと思っていて。今回は『陰』なんですけど(笑)・・・・・同じ脚本家と監督のコンビだからっていうのがあるからかもしれないけど(笑)。なんか似ちゃったねっていう結論でしたね」

——でも、『青春☆金属バット』とはまた違った美しさがあってとても面白かったんですが、構図が似てしまったのはなぜでしょうか?
「基本的に昔から好きでしたね、男同士の一騎打ちものが。やりたいなとはずっと思っていてたけど、なかなかきっかけがなくて。『青春☆金属バット』で以外にもそれがやれたというところはあるんですよね。そのときに、やっぱりこういうのはいいなと思って。『フリージア』も原作読んで、そこにいくしかないなというか、やはりトシオ対ヒロシだろう、という感じでした」

——そのメインの3人の中で、樋口という女性もかなり重要な位置を占めていると思うんですが、そこにつぐみさんをキャスティングしたというのは?
「まさしく樋口のもってる恨み節をだせるというところですね(笑)。なんとなく暗さがあるというか。あと、樋口って、仕事というか、執行事務官をやっているとき完全に自分をガードしている。つぐみは『パッケージに包まれている』ということを言っていたんですけど、そこは全然問題なくできると思った。それをいかに後半、少女時代の面影に近づけてくかってところなんですが。僕自身、車の中で『夢を見ました』っていう樋口のセリフがすごい好きなシーンなんですが、あのセリフがつぐみの声で聞こえてきたんです。それが一番の決め手でした。あそこでなんとなくイメージしてる音楽っていうのもあって、それを聞きながら想像していたら、つぐみの声が聞こえたんです」

——男同士の一騎打ちものが2作続きましたが、今予定されている次回作などはありますか?
「今は具体的なものはこれといってないんですが、やはり2作一騎打ちが続いたので、3部作行くしかないですかね(笑)」

——(笑)。そうなると、『青春☆金属バット』が野球、『フリージア』が銃撃戦、ラストの一騎打ちは何ですか?
「・・・・やっぱり、肉弾戦でしょうか(笑)」

執筆者

林田健二

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