今まで増村保造や曾根中生などによって映画化されてきた谷崎潤一郎原作の『刺青』が、瀬々敬久監督によって5度目の映画化となった。今回の映画化にあたっては、原作の設定を大幅に変更。新しく生まれ変わった『刺青』は、現代に生きる男女の孤独さ、切なさが胸に迫る佳作となった。自己啓発セミナーの勧誘をする男と、出会い系チャットのサクラを生業にする女。偶然に出会ったふたりが、共に汚れた過去を贖罪し、救いを求める姿を描き出す。やがて女の背中に女郎蜘蛛の刺青が彫られるとき、女は自分の人生が変わったことに気付き、男たちは女に翻弄されるようになる。

今回は、背中に鮮やかな女郎蜘蛛の刺青を背負い、過去を洗い流そうとする熱演を見せた、寺本アサミ役の川島令美さんにお話を伺った。






元々、瀬々監督の作品がお好きだったとか?

「監督の作品に出てくる男女って、本当に不器用じゃないですか。最初に観たのが『ヒステリック』だったんですが、ものすごく衝撃を受けちゃって。それから瀬々監督の作品が気になって、ほとんどの作品を観ました。どれも独特の世界観がありますよね」

刺青を入れられる役だったわけですが、役作りは?

「残念ながら、まわりに刺青をしている知り合いがいなかったもので。寺島しのぶさんの『赤目四十八瀧心中未遂』とか、刺青の出てくる映画を何本か観て、参考にしました。あの映画、大好きなんですよね」

彫師を演じた嶋田久作さんに刺青を彫られるシーンは、官能的でドキドキしますね。

「本当に彫ってるわけではないんですが、ある程度は肉に入ってないと、刺青を彫ってるようには写らないんですよ。ですから、けっこう痛みがありましたね。自分の肌に墨が入るたびに、自分の中に異質なものが埋め込まれていく感覚というか、自分が変わっていくという気持ちが強くなりました。背中一面に刺青を入れるというのは、彼女の中で、人生の切り替えだったんでしょうね」

後半のアサミには鬼気迫るものを感じたんですが、その痛みがあったからこそなんですね。

「彼女は殻に閉じこもっている人なんですよ。だから、贖罪する思いを、ああいう形でしか表現することができなかったんですよね。そういうところが本当に不器用ですよね。間違った方向だとは思いますけど」

この作品では、アサミのまわりにいる男たちが一癖も二癖もある個性派ぞろいでしたよね。相手役の二ノ宮役の和田聰宏さんはどのような方でしたか?

「最初の自己啓発セミナーに私を勧誘する場面では、すごくテンションが高かったので、そういう方だと思っていたんです。それがシーンを重ねるにしたがって、次第に暗い影が出るようになって。役になりきるタイプのストイックな方でしたね。どのシーンでも私をリラックスさせようと気を使ってくださいました」

自己啓発セミナーの主催者で、アサミが刺青を彫るきっかけとなった奥島役を怪演する松重豊さんは?

「普段はすごく優しい方なんですけど、独特の雰囲気を持っている役者さんですよね。本番になって、あの目で見られると、思わず私も自己啓発セミナーに入りそうになります(笑)」

それでは彫師役の嶋田久作さんの印象は?

「嶋田さんはすごく芝居にこだわりのある人で。芝居での気持ちの入れ方などをいろいろと教えてもらえたので、よかったですね。やはり彫光との関係が重要になりますから。スタッフの方にもセットをすごく作りこんでもらえたので、すごくフワフワした感覚でしたね。私は目が悪いんですけど、その場面ではコンタクトを入れなかったんです。その世界に入りこみたかったので」

瀬々監督はどんな演出スタイルでしたか?

「無口というわけではないんですが、そんなに喋る感じではなかったですね。なぜか私のことをずっと『女子が、女子が』って呼んで。しかもちょっとどもるんですよ(笑)。でも、結構自由にやらせてくれました。やりたいようにやったあとに、監督のテイストをいろいろと加えてくださるので、面白いですね。
 この間、対談で久しぶりにお会いしたんですが、撮影が終わってからの方がおしゃべりになっちゃって。徹夜明けで、飲んだあとだったらしくて、結構毒々しいことをたくさん(笑)」

この作品では蝶が重要なモチーフですが、あれは本物だったんですか?

「いくつかのシーンでは作り物を使ったんですが、あとはほとんど本物だったと思います。なかなか大変だったんですよ。飛んでほしい時に飛ばないのに、おとなしくして欲しいときにバタバタしたり。『蝶待ち』が結構ありましたね」

走るシーンが多かったですね。

「そういえばそうですね。走り方ひとつ、歩き方ひとつでもすごいこだわりましたね。『キレイすぎて彼女の内面が見えてこない』とか『もっとあやふやに走ってほしい』とか」

あやふやな感じというと?

「何でしょう? ボロボロな感じというか。海辺のシーンでは、ヒールだったので、なかなか走りにくかったんですけどね」

走り方ひとつでもシーンによって全然違いましたね。

「そういう演出でした。他の芝居の部分よりも、そういう部分の方が口を多く出していましたね」

体当たり演技だったこの映画を振りかえってみて、どうでしたか?

「現場で出せる力は、全部出したというか、引き出していただいたというか。でもまだ、出来あがった作品は客観的に観れないですね。皆さんが、どういう風に私の作品を観てくださってるのか気になりますね」

最後にこの作品の見どころを教えてください。

「今の時代は、いろんなものが溢れかえって便利な分、ひとりで生きていくにはとても生きづらい時代ですよね。そんな中で、誰しも持っている弱さやもろさだったりがここにはすごく凝縮されていると思うんですよ。そういうものを、この映画を通じて、感じとってもらいたいですね」

執筆者

壬生 智裕

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