直木賞作家・石田衣良。ときに鋭利に、ときにこの上なく優しい手つきでしたためられた文章は、そのいくつもが映像化され、今最も作品が映像化される作家のひとりと言っても過言ではない。
原作者として多くの映像と関わってきた彼が、今回なんと俳優という形で、映像との新しい関係性を築いている。

作品は川野浩司監督『LOVE MY LIFE』。「FEEL YOUNG」(祥伝社)掲載時から話題を呼んだ、やまじえびねによる同名マンガが原作のこの作品で、彼は映画初出演を果たしたのだ。

同性である女性を恋人に持ついちこの父親、そして自分自身も同性愛者でレズビアンの妻をもつ男。そんな役柄を演じた作家・石田衣良が、演技、映画、小説、そして性について語った。






—今回映画初出演ということですが、この作品に出演すると決めたきっかけは?
「最初、映画に出ないかというお話をうけて、どう考えてもまともなことではないなと(笑)。原作や脚本を読ませていただいて、さぁどうしようかと迷っているときに、ある女優さんと対談する機会があって、『演技はどうなの?映画はどうなの?』と聞いたんです。そうしたら『演技は毎回大変だけど、映画の現場にはすごく面白い人たちがたくさんいる。裏方の人や映画の裏側を取材する気持ちで行けば、おもしろいんじゃない』と言われて。なるほど、お芝居はともかくそういう考え方もあるなと思って、お受けしたんです。」

—実際、現場を見られていかがでしたか?
「おもしろかったですよ。最近日本の若い人はどうのこうのと言われてますけど、みんな本当によく働くし、素晴らしいチームワークを作ってる。だって、一日中外で車を停めていたり、朝の光を作るために外から窓に光を当てている人は、朝から夜中まで立ちっぱなしなのに一言も文句なんて言いませんから。普通はちょっと考えられないですからね。やっぱり素晴らしいですよ。」

“東京の街自体が面白いんですよね。”

—石田さんが小説を書くときは、取材が第一なんですか?
「いや、取材はほとんどしないですね。あまり好きじゃないし、資料や人に会ったりしてわかってきてしまうと、小説は逆によくなかったりするんですよね。わかってしまった安心感で、ゆるんでしまう。なのであれこれ調べはしても、ちょっとわからないくらいで書き始めたほうが実はいい。書きながらだんだんわかっていけるし、読む人も一緒にわかっていける。逆にリアリティが出ると思います。」

—石田さんの作品は、街による人の違いがテーマになっていることが多いと思うんですが。
「東京の街自体が面白いんです。一つ一つが映画のセットみたいに違いますから。割と経済ものっぽい街もあれば、ハードボイルドだったり少年ものだったり、あるいは風俗ものっぽい街もある。たまに背景を流している作品がありますよね。どこだかわからない場所で、人物が動いて何かセリフを言ってストーリーが動いていく。そういうのはちょっともったいないなと思う。だから自分で書くときにはなるべく背景を立てたいなという気持ちはあります。」

—この原作を読んだスタッフに共通して浮かんだのが中央線らしいのですが、中央線の雰囲気は石田さんから見るとどんな感じですか?
「あのあたりはなんて言うんでしょう・・・ちょっとオタクだったり、ちょっとひねこびていたり。かっこよくなりきれない感じの文化圏ではあるなぁとは思いますね(笑)。例えば目黒川沿いなんかだとおしゃれなカフェ文化ですけど、中央線はどちらかというと、居酒屋&古本屋文化。音楽で言えばフォークとか。でも、そういうの僕は結構好きですね。いいなぁと思う。」

“彼も僕も、ある種モラルの外側にいて中立的に見ている”

—今回、監督からの演技指導はあったんでしょうか?
「いや、監督は優しかったんですよ。NGばかり出しても、混乱していくだけだと最初に読まれていたんでしょうね。なので、アドバイスはありましたけど、基本的には優しかったです。」

—現場に入る前に何かした事はありますか?
「セリフを覚えることしか出来ませんでした。前の日まで仕事が詰まっていましたし。でもセリフって動きながら言うんですよね。それが衝撃でした(笑)。頭の中で覚えているだけなのに、それを動いてタイミングをあわせる、しかもある種の感情表現だったり、演技作りをして言う。さらに何回も何回も同じことをしなきゃいけない。もうパニックになりましたね。」

—実際現場に入られてからはどうでしたか?
「前日はなんとかこなしていけばいいと思っていたんですけど、一日目の帰り道で、いかにできないか、いかに演技というものが面倒くさくて大変かがわかりましたから。僕の出番は三日間でしたけど、ほんと一日目の帰りは嫌だったなぁ。あと二日間どうしようと思ってました(笑)。」

—石田さんをキャスティングされたのは、この役と石田さんにつながるものが制作側にみえたからだと思うのですが、ご自身ではどう思われますか?
「泉谷さん(役名)という人が、結構変わったキャラクターなんですよね。そこじゃないでしょうか。あまり演技で作る人ではなく、素の味を出したほうが面白いと思われたんでしょうね。実際、僕には素の味以外には何もない。演技で何かを作れることは全く無いですから。キャラクターを何パターンか用意してどれにしましょうなんてレベルではないんですよ。セリフが入ったけど歩くと忘れるニワトリみたいな(笑)。」

—素の味での共通点はどんなところでしょうか?
「もし共通する部分があるとすれば、彼も僕も、ある種モラルの外側にいて中立的に見ているというところ。男女の性的なものもそうだし、仕事に関してもそう。どんな仕事でもちょっと離れた位置から見ているし、どういう恋愛でも離れたところから見ている。そして、それを自分で楽しんでいる感じがあるところ。そこは僕とかなり近い点があるかもとは感じましたね。」

“性とか欲望に関してはきちんと開示していかないと、いい関係が作れないから”

—映画の中で同性愛者に対する世間の冷たさが描かれていますが、現在の状況についてどう思われますか?
「日本は性的な情報で溢れていますよね。ネットや週刊誌、新聞とか。でも、これだけ自由になっているように見えるのに、全く自由ではなくなっているように思います。かえって数十年前の方が自由だった。今のほうが性的には保守的になっている気がしますね、縛りも多いですし。ベッドシーンがあるような映画は嫌いだって言う若い人がいっぱいいますからね。これは小説も同じで、若い作家はベッドシーンを書かないんです。手をつないでいるところくらいで次の日の朝になっている。そういう潔癖症なところがありますね。でも、それはちょっと違うし、もったいないなと思います。性的なこととか欲望に関してはきちんと開示していかないと、男女の間でもいい関係が作れないですから。」

—では、そういう時代の中でも石田さんはベッドシーンを書いていきたいと?
「そうですね。ベッドシーンを書くのは楽しいですし、それを通じてまた別のものにいくことが出来る。だからベッドシーンと言うとエロだけが目的だと思い込んでしまうのは、本当にセックスのことを真剣に考えていない。たくさん面白い話につながるのに、そういう全部をただエロだと言ってしまうと全部抜けてってしまう。もったいないです。」

—現在の教育の現場は、性というものを遠ざけるじゃないですか。
「そうですね。ただ、昔は同性同士の世代を越えたつながりというものはあった。青年団や、村の男たちの中で、ちゃんと性のイニシエイションを通じて大人になれるような仕組みがあった。けれど、今はそれが壊れている。身近な人で少しずつ苦労してちゃんといい男になったっていうようなモデルがいないんです。だからそういう点では、今のほうが状況として悪いかもしれない。」

—その点が変わったとしたら、同性愛への認識はどうなると思いますか?
「だって、どうしようもないですよね。誰かが誰かを好きになるということはもう止めようのないことですから。それでも完全に自由になることはないとは思うけれど。ただ、この数百年くらいで同性愛への認識は、世界中でより寛容で、ナチュラルな方向に向かおうとしているのは確かですね。国や時代によっては同性愛者が刑務所に入れられたり、バッジを付けさせられていたこともある。今は少なくとも、同性での結婚を認める国も出ていているから。同性愛への考えは、寛容に自由になる方向で流れている。日本もそういう風になっていくだろうとは思いますけれど。」

“僕の作品の映像化に関しては、もうフルスイングだけしてくれればいい”

—演技の話に戻って、映画や演技をすることが小説とつながる部分はありましたか?
「小説とはまったく別なものですね。ただ、やはり面白いのは面白いんです。だからもっと僕に技術があったりしたら、演技ってすごく面白いだろうなと思う。小説の場合は、自分で全部作り上げた上でダメ出しも自分でできる。そういう点では本当に自由なんです。テレビのように一言にまとめて喋る必要もない。映画のように監督のOKを待つ必要もない。なので僕にとって、小説が一番のベースになる部分ですよね。」

—著書がいくつも映像化されていますが、自分の作品が映画化されることへの原作者としてのスタンスというものは?
「スタンスとかはないんです。映画と小説は鳥と魚くらい違うんですよ。なので、それぞれのバージョンでおいしければいいからお好きに、と言うしかない。自分でヘビーにコミットしていくという時間もないですし。映画は監督でも何でもコントロールできるものではないんですよね。偶然性の部分も大きいですから。そう考えると、僕の作品の映像化に関しては、もうフルスイングだけしてくれればいい。」

—原作があることが今回演技に影響を与えたりはしたのでしょうか?
「どうなんでしょうね。ただ、今回のものはマンガの雰囲気や全体のトーンをすごくうまく再現しているとは思いますね。原作に近いクリアな透明感がありますし。でもほんとに演技にはそんな余裕がないので、例えば、原作の雰囲気を残してこうしようみたいなことを考えてなかったです。本当に素のままで、後は雰囲気勝負でっていう。」

—これからまた映画出演のお話が来たときにはどうされますか?
「ほんとうに、慎重に慎重に考えて、”前向きに善処します”というお答えを(笑)。」

執筆者

林田健二

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