“幸せになるはずだった、あの雲がやってくるまでは—”

転校生のエルマーと恋に落ち、幸せいっぱいだった高校3年生のハンナ。そんな中、突然起こった原子力発電所の事故で2人はバラバラに。事故現場近くに出張している母親の無事も確認できない状況の中、弟・ウリーを必死に守ろうとするハンナ。果たしてハンナは次々と目の前で起こる恐ろしく悲しい現実を乗り越え、再びエルマーと笑いあうことができるのだろうか・・・。

『みえない雲』には力がある。
悲しい運命を覆すほどの2人の想いが観る者の心を震わせ、それは現実に生きる私達に確かな傷跡を残していくのだ。痛くて愛おしい、そんな傷跡を。
この映画で描かれているのはどの国でも起こり得る悲劇であり、誰もが持つ可能性でもある。誰もが”これは私達が忘れてはいけない物語だ”と確信するだろう。

本作はチェルノブイリ原発事故直後に発表され、私達に大きな疑問を投げかけたベストセラーを映画化したもの。この映画に込められた様々な想いを知るべく、『みえない雲』のグレゴール・シュニッツラー監督にお話を伺いました。




—— 災害で巻き起こる悲劇を描いた映画はエンターテインメント性を求めているものが多いように感じますが、『みえない雲』は全くそうではありませんね。何がそうさせているんだと思いますか?
「まず第一に若い人たちにこの映画を観てもらうために、ラブストーリーという形をとりました。他のパニックムービーと違うのは、主人公2人も見えない被害を受けているところですね。実際に怪我をしたり爆発に巻き込まれるんじゃなくて、非常に静かな見えない恐ろしさに取り囲まれています。それにこれは、単純に何かに打ち勝つという物語でもない。最後のシーンでもこれから2人がどうなるのかわからない。2人はあそこからもう一度自分に降りかかった運命と向き合って、新しいスタートをきっていくんです。ずっと試練にさらされていて勝ち負けがハッキリしない映画なんですよ。そこが娯楽映画や恋愛映画とは決定的に違うし、意識して作りました。」

—— ハンナがエルマーに呼び出されるシーンでピカソのゲルニカが映されていましたが、何か意図されたところはあるんでしょうか?
「あれは偶然でもあるんです。実はロケした学校にもともと掛けてあったんですよ。僕もあの絵に気がついて、撮るならこの絵の場所だなと思ったんです。あれは生徒達が白黒で描いた絵なんですよ。今では向こうが語りかけてきてくれたように思ってます。」

—— 何度か流れていた、繊細な音楽が気になりました。対照的なシーンにも同じ曲を使われていましたね。
「ハリウッド映画のように感情を増幅させるような音楽の使い方はしたくなかったんです。音楽に関しては、悲劇的な効果を高めるためとしてではなく、感情を自由に伝えるために使いたいというポリシーがあるんですよ。対照的なシーンだと思われても、実は共通する部分があったりします。メロディだけの静かな音楽を使っているシーンがありますが、あれはハンナの心の中に流れているものなんです。音楽を抑えることで、より感じてもらいたかったんです。」

—— 壁に書かれていた「自分にありがとう」というメッセージの意味は?
「あれは皮肉です。何もしなかったことについてありがとう、という意味です。あなた達が何もしなかったことが自分に返ってきたんだよ、という意味なんです。」

—— ホーキングの「6600万年後に繰り返される」という言葉を使われたのは?
「実はホーキングの本は難しすぎて、僕は抜粋した部分以外は読んでないんです(笑)。でも彼の言葉はエルマーの象徴として上手く組み合わせられるんじゃないかと思ったので引用しました。ホーキングの本の前に禅の本を読みたいですね(笑)。」

—— 禅に興味がおありなんですか?
「禅の世界観はとてもおもしろいと思いますね。上手く説明できませんが、無の観念にはとても興味があります。東洋思想には西洋の思想よりももっといろんな意味があるような気がします。」

—— 他にも日本で興味惹かれることはありますか?
「今回日本に来るための準備をする時間がほとんどなかったんです。時間があったら本を読んで予備知識を詰め込んで来たと思いますが、それがなかったことでありのままの日本を見ることができていると思います。通りをただ歩いてる人を見るだけでもすごくおもしろいんですよ。それに東京はアメリカやヨーロッパの町とは成り立ちや構造がかなり違います。世界中のいろんな大都市を見てきましたが、東京はこんなに大きな町なのに平和ですね。大都市特有のざわめきから少し離れてみれば平和で静かな場所になり、心が安らぎます。居心地がいいです。他の町はもっと攻撃的ですからね。」

—— 『みえない雲』が本国ドイツで公開された時の反応はどうでしたか?また、監督が驚かれた反応があれば教えてください。
「たくさんの若い人達が見てくれたのですが、最初の反応は“驚いた!”でした。若い人達が自分の国の原発の現状についてあまりにも知らず、意識もしていないというのはドイツでも同じなんです。自分達が今住んでいる場所から一番近い原発はどこなのか、など意識し始めたようです。こちらが驚くほどに彼らは驚いてましたね。そして試写会でも泣いてる人がたくさんいました。これはもう今日珍しいことなんですが、僕にとってはある意味驚きでした。それだけ感動してくれた人達がいたんだと感じました。また、子供を持っている世代の人達もこれから自分の子供たちが生きていく社会を考える上で真剣に考えていかなくてはならない問題だと認識してくれたようです。」

—— ハンナを演じたパウラ・カレンベルクとエルマーを演じたフランツ・ディンダが本当に素晴らしかったです。映画を撮り終わった後、彼らに変化はありましたか?
「実は主人公2人は今年の新人賞に選ばれたんですよ。撮影後、2人は当然変わりました。この映画は物語の順を追って撮影していきました。つまりこの2人、特にハンナは事件を最初からずっと体験していってるんですね。その上で自分の心の動きも表現しなきゃいけないという状況を経て、大人に成長したと思いますよ。それはフランツも同じです。」

—— では監督ご自身で変わられたところはありますか?
「映画監督というのは1本の映画を作る時、様々な体験をします。たぶんこの映画だけではなく、映画を1本作るということで自分自身は成長できるし、また変わることもできるんだと思います。でも自分でどう変わったかはわからないですね(笑)。ただ、パウラとフランツという2人の俳優と一緒に仕事をできたことは非常に勉強になったと思っています。原発問題に関しては、映画を作る以前からいろいろな活動をしていましたし、知識もありました。この映画を作ることによって、これからも意識を持ってこの問題に関わっていくことを改めて強く思いました。今回のことでこれからのエネルギー対策についてはこれまで以上に考えるようになりましたね。」

執筆者

umemoto

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