ある日突然会社からリストラされたタカシがひょんなことから東京のある公園で「キャッチボール屋」をすることになる。たくさんの出会いの中で、心の中にちょっとしたわだかまりを抱えていた大人たちがそれぞれの未来へと進みだしていく・・・

今まで北野武、竹中直人、諏訪敦彦といった監督たちの作品で助監督を務めてきた大崎章監督の初監督作品『キャッチボール屋』。主演のアクの強い役から好青年までどんな役どころでもリアリティを持たせる大森南朋をはじめ、キタキマユ、寺島進、松重豊、水橋研二、峰岸徹ら実力派俳優達の魅力が画面全体に満ち溢れ、まるで一人一人が主役であるかのように生き生きと演じている。それを支える優秀なスタッフ達の技術も一流だ。

秋晴れのまさに“キャッチボール日和”に行われたインタビューは「今、全国で二十万組くらいやってるんじゃないですかねえ。」と、和やかな雰囲気で始まった。
大崎監督が優秀なスタッフとキャストと共に乗りに乗って、偶然も味方して作り上げた『キャッチボール屋』の撮影秘話満載!作品の魅力、大好きなシーンの数々を大崎監督に伺いました。






——「キャッチボール屋」は監督のアイディアですか?
最初、飲み屋で友達と「キャッチボール屋」みたいなことを言ってたんですけど、5年前に短編として『キャッチボール屋』を文章にしたのが本当の原型です。キャッチボール屋さんがいて、お母さんみたいな女性客が来るんですよ。普通にキャッチボールをやっていると、女性の方がキャッチボール屋に投げている途中で、別れた子どもに変わっちゃうんです。それは幻想で自分の別れた子どもなんですよ。「○○ちゃん」って泣き出しちゃうっていう。
紆余曲折ありまして、プロデューサーに長編の企画を出せと言われ、別の企画を持っていったんですが、『キャッチボール屋』長編のシナリオ書いてみようよって話になって、脚本家の足立くんと二人で作った感じですね。

——足立さんの脚本では『アオグラ』も公開を控えていますね。
足立くんってとてもいい脚本家です。あれも実直な、直球の青春映画になってたと思います。

——短編も一緒に観たいですね。
ありがとう!ただし、それはやっぱり幻想だから、とても分かりやすいというか、安直な話なんで、それがあって、なおかつ、20代の頃、映画の仕事をやる前にプー太郎、今でいうフリーターをやっていたときがあるんですよね。その時の話を、「だめな男、章」という日記風に書いたんです。その10分の短編と、日記を足立くんに渡したのが原点というか、だから最初にリストラされてだめな、「タカシ」っていう状態は、その辺がヒントになっています。

——それぞれ役柄の心の決着を描いていますね。
そういう風にしたのは足立くんですね。僕がそうすべきだと思ったんじゃなくて、足立くん以外の外部の意見も聞きながら、最初はもっと暗い群像劇みたいなことにしようかという話もあったんですが、全然そうならなかったですね。まぬけな映画にしたかったんです。本当はもっとまぬけにしたかったんですけど、今ぐらいのテイストで良かったかもしれないですね。当然ですよね、これだけの人出しておいて。だからやっぱり映画としてはそういう風にするのが親切なんだと思いましたね。それがやっぱり一番気持ちいいしね。内田春菊さんだけかわいそうに、なんか決着ついていないというか、旦那さんが見つからないんですけど。

——内田春菊さんの旦那さんはどんな方ですか?
たぶん、情けない人だと思いますよ。内田春菊さんも公園がなくなったら、絶対次の一歩進めると思うんですよね。登場人物は工事で公園がなくなったら、どこかに行かなくては行けない。必ず一歩みんな進むでしょうからという思いがあります。

——桜の季節を選んだわけは?
撮影は去年の4月11日から22日間でした。本当に偶然で、桜は狙っていたわけじゃなくて、あれほど満開になると思わなかったんですよ。春に撮るのがいいだろうっていう話はあったんですけど、インの前々日くらいに公園に行ったら満開だからどうしようかって。一週間くらいで散っちゃうから撮影の猪本さんや、スケジュールを管理する助監督の人は満開過ぎて困っていましたね。間違って桜のシーンを取りこぼしたら取り返しがつかなくなっちゃうんで。

——府中のすずかけ公園が舞台なんですね。
とてもキュートな公園です。タカシが目覚めるシーンでは木の葉っぱが一度もないんですよ。それが最後の決闘のシーンでは、緑になっていますから。わずか二十日間なんですよ。春のいい時期に恵まれたんですよ。あれだけの空間で植物の季節感が出ていると思うんですよ。猪本さんの力も大きいんですけど、何度見直しても楽しいです。本当に感謝です。運がよかったですね。

——ヒロイン・キタキマユさんの起用については?
最初に会った時からちょっと不思議な感じの人で、面接の時に「カツ丼に羽が生えていて、大群で向こうから飛んでくる。」それを真顔で言っていて面白かったんで、そこが決め手でした。もともと普段からニコニコしていて笑い顔なんですよ。役柄的に笑わないでほしいってお願いして。夜中に酔っ払った後だけ色っぽいんだけど、それ以外は仏頂面してもらって。歌手をやっているから勘がよくて浮遊感がありますよね。

——『パビリオン山椒魚』の雰囲気とだいぶ違いますよね。
あれもすっとんきょうな役ですよね。顔つきも違いますよね。向こうはパーマかけていて大人っぽい。
いきなりボールが顔にぶつかって鼻血で下からあおっていて、申し訳ないことしたな、でもその鼻血の顔がかわいらしいというか。本人これだけいっぱい出るのは初めてだって言っていたので、かなり緊張もしていたろうし、深いこと考えずに色々やってくれました。彼女、自分がヒロインだと思ってなかったらしいんですよ。客観的に冷静に見たらヒロインだってわかるかもしれない。ただ台本の内容が、ある種哲学的なことばかりしゃべっているから自分のシーンを覚えるので手いっぱいで、すごい一生懸命でした。逆にOLになりきっていたんでしょうね。他の人との関連性とか考えていなくて。竹中さんも似たようなこと言ってたんですけど、台本を自分のところしか積極的に読まない。一つは面倒くさいというのもあるんだろうけど(笑)。他の人のことなんて普通、関係ないじゃないですか。それも的を射ているなと思って。いい役者さんというのは自分のところだけやっても、結果的にバランスがよくなる。バランスを整えるのは僕らの役目ですから。他の人は長く切っているシーンがあるんですけど、彼女のシーンは編集で一個も切ってないんですよ。

——対決のシーンが印象的ですね。
実は台本では一行しか書いてないんです。あのシーンは結構評判がよくって。すごく楽しかったですね。全員乗って撮っていました。あれは職能というか助監督の経験でああいう風に撮ったんですけど、意識せずにカッコよく面白く撮るために、カット割りを決めて、西部劇風にしようと最初から決めていて、スタッフにも言ってあるし、音楽も西部劇風にしたいと言っていたから伝わるんですよ。撮っているときはあんなにうまくいくとは思わなかったです。

——公園の両サイドからの登場シーンがいいですね。
銀色のオブジェを見たとき、最初はまぬけすぎるだろうと思ったんですけど、足立くんがあそこから登場したら面白いと言って。最初はそんなに漫画チックでいいのかなと思ったんですけど、今となってはそれしかなかった。なぜか対面した時、春なのに木枯らしが吹くんですよ。陽炎とか。あのアイディアは猪本さんなんですけど、音が付いてるでしょ。そういうのがバカバカしくて、ベタなアイディアなんですよ。そんなに金もかかんないし、でもそういうアナログなやり方をやるって好きなんです。例えば、前半のバットが頭に当たるシーン、あれね、すごくアナログなんですよ。台車にカメラを付けて、前にバットをワイヤーでぐるぐる回しながら、カメラを前進させてコマ落としで撮っているんですよ。もうちょっと金のある映画だったら合成するんですよ。でも臨場感ありますよね。アナログでいきたいって最初から言っていたんで、猪本さんが全カットすごく乗って撮っているんですよ。そういった意味では、スタッフが優秀かつ、乗って撮っていたのは間違いないですね。

——他にも監督が気に入っているシーンは?
地味なシーンなんですけど、タカシが初めて庵野さんから鍵を預かってアパートに行って「毎日夜の十時半に山口百恵の「夢先案内人」をかけてください」という貼り紙を見た時の南朋くんの「どうしたものか」という芝居がめちゃくちゃ自然なんですよ。レコードをかけた後に、ト書きでどうしたものかという顔をして、タバコに火をつけてフレームアウトするってそれだけのカット。これも台車でアナログなんですけど。
あと、寺島さんに最後野球場で夜、新聞を渡すシーン。本当は寄りたいところなんだけど寄らないっていう。あれは、「ドン引きでいけちゃいますかね」って猪本さんに相談したら、「いけるよ」って。いいシーンなんですよ。二人の思いやりというか、リアルというか。日常でも男同士だと心配していても、照れくさくて言えないじゃないですか。そういう感じがあのシーンに流れている。
あとね。絵がきれいだったシーンはいっぱいありますね。こんなこと話していたら全カット言っちゃいますね(笑)。借金取りが初めて出てくるカット。絵の色、グリーンなんだけど、蛍光灯をそのまま撮るとああなるんですけど、あそこの『欲望の翼』カットっていうか、ウォン・カーウァイの色っていうか。全体的にも公園とか黄色い色をかけていたりするんですよ。
もう1つだけ、言わせてください!タカシが始めてキャッチボールをするカット。見知らぬサラリーマンとタカシがキャッチボールをやっていて、ズームしているんですよ。曇天の空の下と、被写界深度の関係で、奥のサクラのぼけっ加減と、タカシのやっぱり「どうしたものか」という表情がいいんですよね。

——どうしたものかっていう表情、本当に上手いですよね。
上手いでしょ?打ち合わせしているわけでもないのに、ぴったり合っているんですよ。猪本さんもすごいんだけど。二人とも当たり前なんですけど、分かるんですよね。演っている方もこのタイミングでこの芝居すれば寄ってきているっていうのを感じているし、ズームするほうも絶妙のタイミングでズームしている。ああいうのは本来だったら監督が指示すべきところなのかもしれないですけど、指示していないんで、指示しない方がいいですね。自然に出てくるものですから。

——それは自由にということですか?
それは自由に見せてる感じというか、実際はダメな時はダメっていうんですけど、インバイトする、招くって感じなんですよね。テレビのインタビューで指揮者の小澤征爾さんが言ってたんですよ。「若い人と、僕はインバイトする。」オレと一緒だと思って、すごいうれしかったんですよ。余計自信がついて。実は、僕はあんまり細かい指示をしないんで、それって自信がないと思われたりもするから、果たしてそれでいいのかなって思ったこともあったんですけど。小澤さんが自信を持って言っていたので、それでいいんだって思い直して。決め事で指示する時も必要なんですけど、僕の稚拙なイメージを強制するよりはスタッフリングとキャスティングさえしっかりしておけば、ある種ほったらかしの方がいい、その場合バランスを撮るのがとても大変なんですけど。
この映画がすごいのは、タカシは全シーン出ているんですよ、撮休が一日もなくて22日間出ずっぱり。どういうことかっていうと相手が変わる。そのシーンはそっちの方が主役というか。そういった意味でいろんな人たちのショートストーリーがずっと重なっている見方もできます。つまらない役者は誰一人としていない。そういう人をキャスティングさせて頂いたんですけど。例えば、峰岸さんがボケ老人の役で一分出てきたら主役になっているってあれがすごいですね。びっくりします。あの人がテーマだったんじゃないかくらいの。自分のところになると「ここは私よ」ってみんながそういう芝居していたんで、たぶん飽きるシーンがないと思いますね。

——公開を目前にしてどういうお気持ちですか?
見てもらって良い映画です!自信がありますけど、正直言って不安もあります。でも、やるだけのことはやったので、一人でも多く、いろんな方に見てもらいたいですね。

——では最後に映画を見る方にメッセージを
ちょっと変わった不思議な映画、こういう映画が日本にもまだありますよっていうのと、とても良い映画なんで、もし見て良かったら他の人にもぜひすすめてください!

執筆者

Miwako NIBE

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