24歳の時に、突然の病で視力を失ってしまった元永しずく。
建築デザイナーになるという夢を絶たれ、
暗闇に置き去りにされた彼女の心に
“希望の光”を灯してくれたのは
ベルナという「しっぽ」のある家族でした——。

映画『ベルナのしっぽ』は、盲導犬とのふれあいを通じて、自らも成長し、ともに未来を切り開こうとした女性を描いた、実話を基にしたヒューマンドラマ。
原作は1996年の発売以来、70万部を越える郡司ななえさん著のロング・ベストセラー。単なる盲導犬の啓蒙映画ではなく、あくまでも主題は「誰かとともに生きていく素晴らしさ」であるという著者の意思は、映画にも受け継がれている。
“盲導犬”を扱う映画であることで、想像しがちな『感動物語』にはしたくなかったという映画『ベルナのしっぽ』の山口晃二監督に話をしてもらった。




—— ベルナの表情がとても豊かでしたが、ベルナ役は盲導犬が演じたのでしょうか。
「盲導犬ではありませんが、盲導犬になる訓練を受けたことのある、ポーシャというメス犬です。ベルナ役は、黒のラブラドールでメスであることを条件に、演技指導もしてもらったアイメイト協会の歩行指導員・鈴木さんに選んでもらいました。ポーシャは、以前に鈴木さんが盲導犬の訓練をしていた犬でした。盲導犬は朝と夜、飼い主が指示した時でないとおしっこをしてはいけないのですが、ポーシャはそれが出来なかった為、ペットとして一般家庭で飼われていました。それを再び訓練し直して。鈴木さんのお蔭でやって欲しかった動きはほぼすべて出来ました。撮影期間中、ポーシャは立派な盲導犬でしたが、半年振りに東京国際映画祭で会った時は普通の犬に戻っていて、言うことを聞いてくれなくなっていましたが。(笑)」

—— 主人公、元永しずくの家はかなりこだわったとのことですが。
「ほとんどが家の中のシーンだったので、観る人に家の中で如何に飽きさせないかを考えていました。最終的に候補が2つあったのですが、窓の景色が良い方に決まりました。普通の公団での撮影だったので狭さには苦労しましたが、窓か見える緑豊かなリアルな風景が撮れて良かったです。緑の中でしずくがベンチに座っているシーンがありますが、あの場所は公団の周りを歩いていて偶然見つけた場所です。それと、撮影中は近所の人からの苦情は全く無くて、逆に楽しかったとも言って貰えて嬉しかったです。」

—— キャスティングはどのように決まったのでしょうか。
「観る人の想像通りの映画にはしたくなかったので、捻ったキャスティングを狙っていました。なので、明るくカラッとしたイメージのある白石さんが演じるたら観る人の意表を突けるのではと。田辺さんも、盲目の父親役というのは今までの演じた役柄からは想像できなかったし、白石さんと身長も年齢もバランスが良かったのでお願いしました。」

—— 白石さんが、母親に見えることに驚きました。
「そういう言葉を何度か頂いて、本当に嬉しいです。知り合いで、白石さんのファンの人が、『僕白石さんの凄いファンだけど、この映画だと凄いおばさんに見える』と言っていて。でもそれはこっちからすれば“してやったり”という感じでしたね。(笑)白石さん自身も、『白石っぽくない』と言われたようです。この映画を作る上で、わざとらしさとか、何かが突出しているというのは嫌だったので、歳をとった風のメイク・衣装や、白髪にするなどということは一切しませんでした。それをすると、観てるお客さんが興ざめしてしまうのではと。40代の設定がお客さんには伝わらないかもしれないということはありましたが、お客さんには、歳をとっていることがニュアンスで伝われば、問題ないと思いました。冒頭の、しずくの若い頃は白石さんには殆どすっぴんに近い状態にしてもらっていて。撮影は、最初の方は僕も悩むことが多く試行錯誤だったのですが。後半は白石さんは殆どNGがありませんでした。」

—— 試行錯誤していたというのは、しずくの役を掴みきれてなったということでしょうか。
「そうですね。最初は私もどのような演出が正解なのか分からなかったし、白石さんも悩んでいたと思います。ただ中盤からは白石さんが主人公の本質を掴んでくれたようで、とても自然に元永しずくという人物を演じていて、僕も安心して観ていました。」

—— 親友役の板谷さんもとても印象的でした。
「板谷さんは助監督時代に何度も一緒に仕事をしていて。『欲望』で主役をした後で、普通ならあのような役では出演しないはずなのですが、僕の監督作品ということで出演してもらえました。ワンポイントしか出てないので贅沢ですよね。80年代の話なので、女性がブランドスーツに身を包んで、社会に進出しているイメージで描きました。板谷さんは背が高くてスーツが映える人なので、家庭に入ったしずくとは対照的な感じにしました。しずくも失明していなければこんな風に働いていたかもしれないと。」

—— 根岸さんも良い味を出してますよね。
「そうですね。(笑)しずく達が深夜に子供を病院に連れて行く為にタクシーを拾おうとしている所に、根岸さんが通りかかるシーンは、初め根岸さんがごみを出しに行く設定でした。でも根岸さんに“ごみは朝出すもの。夜出すなら粗大ごみです”と言われて。でも夜中に粗大ごみを抱えて出てくるはなあと思って。(笑)それで、皆で考えたところジョギングなら自然だということになりました。そうしたら、根岸さんがあの格好で出てきて(笑)。ちょっとやりすぎなんじゃないかと思いましたが、根岸さんならいいか…と。(笑)」

—— 脚本に関して、拘った点は。
「鈴木智さんの脚本だったのですが、鈴木さんと僕の中で共通していたのが“感動的な盲導犬ものにするのは嫌だ”ということでした。第一稿が上がった時に、原作にあったベルナの訓練と亡くなるシーンが無くて、この人は分かってるなと思いました。原作では、ベルナが亡くなるシーンは何ページもありますが、原作で読むことと、映像で観ることは全然違うことだと思います。死ぬ場面を映像にすると、近しき人が死んでいるという現象に悲しさが募る感じがして。そうすると、本質的にこっちが伝えたいニュアンスと変わってくるし、そのシーンを省いたとしても物語は成立すると思いました。それと僕は、編集が脚本の最終形と思っているのですが、編集は僕が“日本で3本の指に入る”と思っている川島章正さんにやってもらうことができました。川島さんと一緒に編集をしていて『ここはこういう構成だとおかしい』など、映画学校の学生が講師に怒られながら作っているみたいに色々教わりながら編集をしました。(笑)川島さんには、見ているお客さんの感情を途切れさせないことを教わりましたね。」

—— 最後に、映画を観る人へメッセージを。
「いわゆる「盲導犬」の啓蒙映画ではなく、家族の温かさと希望を描いたひとつのホームドラマとして観てもらえればと思います。」

執筆者

t.suzuki

関連記事&リンク

『ベルナのしっぽ』公式HP

関連作品

http://data.cinematopics.com/?p=44761