日本人が忘れかけているものは何だろう?この夏公開となった『I am 日本人』はそんな問いを私達に投げかける。今までも日本人としてのあり方は多くの場で取り上げられてきた。しかし映画というメディアを通してこれほどまでにわかりやすく、また考えるキッカケをくれるものがあっただろうか?
カリフォルニアから日本にやってきたエミーは日本に理想を抱きすぎていたために、現実とのあまりのギャップを目にして落ち込んでしまう。しかし果たして本当に私達は何かを失ってしまったのだろうか・・?それは映画を最後まで見れば自然にわかるだろう。日本人としてのアイデンティティ、そして私達のいる位置を再認識させてくれる映画『I am 日本人』。そんな本作を撮った月野木監督に話を伺いました。


——それぞれのキャラクターが個性豊かでしたが、キャスティングは監督がさ
れたんですか?

「私は脚本の準備稿が出来上がってから参加したんですが、すでに森田さんがイメージされた方々に声を掛けられていたので、主な役はだいたい決まっていましたね。でも、若い役者さんたちはまだでしたので、森田さんと一緒にオーディションで選びました。」

——主演のクリスティーナさんは?
「オーディションです。彼女に出会うまでに多くの人をオーディションしました。でも日本語と英語が話せて、かわいくて演技も上手いという人はそう簡単に見つからないですよ。それで頭を抱えていたら、クリスティーナの資料を見せられて。そしたら日系2世の留学生で、おじいさんが剣道をやっていたとか主人公の女の子とすごく似てるんです。だからクリスティーナには絶対会いたいと思ったんですが、彼女のスケジュールの都合でなかなか会えなくて。ようやく会えたとき、瞬間に彼女に決まりだと感じました。その時は森田さんもいらしたんですが、その場にいたスタッフの意見も一致しました。」

——クリスティーナさんは日本語が得意なのですか?
「小さい時に日本に来たりもしていたそうですし、今は上智大学に通っているほどですからそれなりに話せますよ。漢字は小学校三年生レベルらしいですが、日常会話はほとんど問題ないですね。それで最初、私もスタッフも彼女は台本の内容とか、きちんと把握してるんだと思い込んでいました。ところが、そうではなかったんです。そのことを知ってからは台本を何日間かかけて、わかるまで繰り返し、細かに説明しました。そしたら、彼女の芝居が見違えるほどうまくなって、みんな驚きましたよ。」

——わからなかった言葉とかで台本に反映されたところはあるのですか?
「それはあまりなくて、むしろ主人公の設定とよく似た彼女に台本に対する意見を聞くことができて、とても参考になったので助かりました。台本には、主人公が来日早々多くのことを珍しがるいくつか場面があるんです。日本に憧れている日系二世の娘がそんなことはないだろうと確信がなかったんですが、彼女自身が初めて日本に来た時体験した話を聞いたら安心しました。今でもアメリカ人の中には日本がどこにあるかよくわからず、富士山芸者というイメージを持っている人も多いらしいんです。クリスティーナが15歳から車を運転していたとか、日本に来るまで電車に乗ったことがなかったということは意外で、そのあたりは台本に取り入れました。」

——最初の森田さんの脚本の印象は?
「国家や国旗等ついてストレートに扱われていて、メッセージ性が強いなと感じました。“君が代”を二回も歌っている映画なんて今までないでしょう。そのあたりが娯楽性とどうバランスが取れるかなと思いました。でも、主人公である日系2世の女の子の目を通してそれらの問題を多面的に捉えながら、彼女が商店街の人たちや同級生を巻き込みつつ自身も成長していくという物語の部分は面白く感じられましたね。また、祖父にまつわる過去のエピソードを盛り込むことで話しに膨らみもありました。女性を主人公とした映画を撮りたいと思っていたので、それも含めこの作品をやりたいと思いましたね。」

——エミーが主張しているような国旗への気持ちがよくわかりません。今の日本人にはそういう人が多いと思うのですが、監督はそのような考えをどのように捉えていらっしゃいますか?
「わからなくてもいいと思いますよ。素直に受け入れるほうがある意味問題です。反発もあって、多面的に見るために主役の彼女や他の国の留学生が出てくる。この映画を通じてそういうことを考えてみるキッカケになればいいんじゃないでしょうか。」

——今の人が愛国心を強くもっていないというのは。
「愛国心がお国のためにとかに使われるのではなく、自分の国を愛しましょう、その最小単位である家族を愛しましょうということであれば、この映画にあるように“自分の国を愛せなければ他の国を理解したり愛したりはできない”ということには共感できますし、持ってほしいと思います。ただ、ワールドサッカーの時など、日本が負けると思っていても言えない様な雰囲気を日本人は簡単に作っちゃいますよね。そういう意味での愛国心のありようには逆に怖さも感じたりします。」

——このキャスティングでエンターテイメント性を持たせるために、どのように工夫されました?
「シリアスな部分とそうでない部分を上手くバランスを取りながら、押し付けがましくならないようテーマを伝えるにはどうすればいいかと、苦心しました。それと、やはり若い男女の話は不可欠だと思って、主人公と渡辺君演じる学生が自然と魅かれ合っていく部分は膨らませました。そのために台本にはない小道具として帯飾りを使うことによって、現在と過去をうまくつなぎながら、さらに若い二人の未来を予感させるようにしました。」

——キャスティングが決まってから台本を変えた部分はあるんですか?
「最初の台本では森田さんの熱い思いがいっぱい詰まっていて、祭りの場面の後にもまだ話が続いていて終わらないんです。それで、祭りがラストで、そこへ全てが集約されるように全体の構成を変えさせてもらいました。それはクリスティーナが決まってイメージが具体的になってきたことも影響しているかもしれません。あとは回想の部分も組み替えたりしましたね。」

——アドリブは入ってるんですか?
「いや、あんまり入ってないですね。セリフはほとんど台本どおりです。でも、ベテランの方が多いので現場では皆さん和気藹々と楽しみながら、いろんな動きをやって見せてくれましたね。そういう意味では助かったし、楽でした。」

——昔と現代を比べると失われているものがあると思いますか?
「昔の日本人の心は豊かだった、というステレオタイプの言い方はあまり好きではないんですよ。人情というものも今でも失われてはいないと思いますし。失うってのとは違いますが、若者は変わってきてますね。正体が見えないというか、分らないというか。事件もあるから僕もマナー違反などめったに注意しないし。そういうことをこの映画では批判的に描きながら、日常生活の中で自分でも発しなきゃいけないんだという想いはあるけど、なかなかできないんですよね。それは映画を撮りながら複雑な気持ちでした。」

——お祭りのシーンではタイや中国の文化も混ざってましたが、脚本の時点ではあったんですか?
「ありました。集めるのはそれなりに大変でしたけど。動きがあるものと静かなものを組み合わせてカラフルに作りました。」

——商店街を舞台にされたのは?
「下町の商店街というのは限られた空間、平面にいろんな職業や年齢の人がいますし、また多くの人が出入りしますよね。人情味とか助け合い、逆にぶつかり合い、新旧の対比なども描きやすいし。そこへ異文化の象徴であるアメリカ娘を放り込む。舞台設定としてはパターンではあるけど、この作品には不可欠でしたね。撮影に協力していただいた商店街は映画と同じように人情味の残る本当にいい所だったんですけど、映画が終わってから区画整理でなくなって寂しいです。」

——アメリカロケはどうでした?
「やりやすかったですね。向こうの人は、例えば美術や衣装の準備でも台本をきちんと読んで論理的にやってくれます。こちらではせっかく集めたんだからとか何とかなりませんか、みたいなことが多いかな。映画製作やっているとどうしても否定しなきゃいけないことだってたくさん出てくるわけですが、それって結構エネルギーがいるんです。特に情が絡んでくると。逆に言えば、アメリカではこちらがいくら情に訴えても通じませんが。それはそれで日本人としては結構辛いですね」

——撮影日数は?
「40日以上はありましたね。でも、剣道の試合やお祭りがあったりと仕掛けが多くて結構大変でした。剣道のシーンでは一日目は雨が降って午前中全然撮れなくて焦りましたよ。ロスへはロケハンに行く余裕もなくて、到着した日からあちらこちらと動き回りました。」

——日本の古い家などが出てきますが、そういったものはお好きなんですか?
「好きですね。田舎育ちですし。田舎の家って庇が長くて、夏は縁側まで陽が入ってこないけど、冬は家の中まで射し込んでくるような家が多いですよね。ああいう家って不便なこともありますが落ち着くんです。やっぱり田舎に行くとほっとしますね。」

——監督が日本人だと感じる時ってどんな時ですか?
「うーん、やっぱり田園風景を見たりした時かな。懐かしい感じがするし、自然、食、季節、暦、いろいろ肌で感じます。」

——これから観る方にメッセージをお願いします。
「映画のテーマははっきりしています。ですが押し付けがましくはなく、笑えて泣けて楽しめる娯楽作品になっています。是非、先入観や偏見を持たないで観てもらいたいですね。それと役が乗り移っているような映画初主演のクリスティーナさんの頑張りと魅力にキャスティングの成功を感じました。そのあたりの調和も見てほしいですね。」
(umemoto)

執筆者

umemoto

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『I am 日本人』公式HP

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