美奈子が見せる儚い眼差し、生きることに迷う姿が記憶に残る。
そして中学生、美奈子(寺島咲)の唇にひかれた真っ赤な口紅が鮮烈な印象を残すラストシーンでは、それまでとらえどころのなかった漂うような眼差しがまっすぐに観客を射る。
「離婚という不条理な現実を突きつけられた親友のために作った前作『鳥籠』の終わり方に、その後前を向いて歩き始めた親友の姿を見ていたら、違和感を感じるようになりました。喪失を経て、希望を得られる作品を作ろうと思い立ちました。」と『水の花』を撮る決意した時の心境を話す木下雄介監督。監督の眼差しからは、強く無垢な光を感じた。『水の花』にとって、『鳥籠』は“種”であり、陰のある過去から時を経て、希望ある未来という太陽を見つけた“種”は、美奈子の唇に咲く花となって浄化される。
母親を失ってから美奈子の中に渦巻いていた喪失感・悲しみは、父親の違う妹、優に出会うことで、優に向かうどうしようもない嫉妬とともに、巨大化していく。そして「家に帰りたくない。」と話す優の言葉をきっかけに、美奈子と優はふたり以外誰もいない世界に向かう。
世の常として、家族の不和を嘆く人は多い。しかし、美奈子ほど静かに、家族に向かって悲痛に叫んでいる少女はいないだろう。課せられた悲しき運命を美奈子は最期どうやって受け入れるのか。揺れ動きの激しい思春期の少女の心にぴったりと寄り添い記録し続けた『水の花』。ふっとした瞬間に空く人の心の穴を、すっと埋めてくれるような作品を、今後も作り続けてくれるであろう期待の新進気鋭、木下雄介監督にインタビュー。




口紅を引くという着想はどこから得られたのですか?
「前作の『魚』『鳥籠』でも主人公が口紅を塗っているんですが、純粋無垢な子供が大人に変身するためというか、化けるためのモチーフとして使っています。少女から大人に変わっていくエンディングにしたかったので、口紅をつけた美奈子の顔によるシーンで終わらせました。」

家庭の問題を取り扱ったのはなぜですか?
「僕が18歳の時に親友の両親が離婚をして、親友ももちろんショックを受けていましたが、同時に僕も今まで生きてきた中であまり感じたことのない痛みを感じました。その痛みは自分が観てきた映画にはないようなものだったので、これは映像に残さなくてはいけないと思い、『鳥籠』の撮影を開始しました。そして、当時は絶望を感じていた親友も4年が経つ頃にはそういった現実を受け止めて、どんなかたちであれ生きていくための糧としていたんですね。そんな親友を見ていて、『魚』『鳥籠』では表現しきれなかった、成長の予感を残して映画を終わらせたい、と思いました。『鳥籠』で扱ったテーマをより進化させた映画を作ろうと思いました。最後のシーンはトリュフォーの『大人は判ってくれない』の影響をかなり受けていて、大人は判ってくれないということを判っていくことで、少女が大人になっていくという物語を紡ぎたかったのです。」

『水の花』の撮影が始まって心境の変化はありましたか?
「『鳥籠』には友人に出演してもらって、自分はカメラを回してがんがんよって撮影するドキュメンタリーのタッチだったんですが、『水の花』ではカメラとの距離をおき、良太というキャラクターに自分を投影することで、自分の中の喪失を消化できました。」

登場人物たちと距離をおく撮影方法にしたのはなぜですか?
「脚本を書く前から、こういう方法で撮ろうと思っていました。表情をよって撮ったり、説明するシーンを加えたり、退屈させない動きをいれることが普通の撮り方だと思うんですが、自分が思っていることや、感情は人に伝えきることができないから、人間関係の中でディスコミュニケーションというのは生まれますよね。でも、わかりあえないからこそわかりあいたい、と願うんだと思うんです。観えにくかったり、距離感がある方法で撮影することで、観ようとする行為を促したり、登場人物の気持ちを汲み取ろうとしてもらったりすることに、積極的になってもらえるか、と思いました。説明的な撮り方ではなくて、一続きの時間であったり、空気や、熱・音・光で美奈子の心象風景を紡いでいこうと思いました。」

冒頭のシーンが『水の花』にとって象徴的であるように思えました。
「見る側に美奈子の置かれている状況をこのワンシーンで説明しようと思いました。時間的には夕暮れで、普通の人であれば家族みんな揃って、夕食を囲んでいる時間に、美奈子は窓もあけっぱなしで、暗い部屋の中、ピアノの上で寝てしまっている、こういった設定を設けることで、美奈子の孤独を描こうと思いました。」

撮影は大変でしたか?
「ワンシーンワンカットなので、持続力のある演出、演技、カメラワークが必要でした。スタッフの方、そしてキャストにも考えてもらいました。決められた撮影は全てその日のうちに撮らなくてはいけなかったので、撮影側としては祈るばかりでした(笑)。」

苦労したシーンは?
「美奈子と優の堤防でのシーンですね。僕の頭の中では、簡単に描いていたんですが、思った以上に大変でした。表情は一切映さずに背中だけで、美奈子の気持ちを表現しなくてはいけなかったので、寺島咲ちゃんはもちろんこと、撮影監督の方にも尽力していただきました。緊張の走ったシーンでした。」

印象的な雨の中のシーン。美奈子と優は対照的な性格として描かれているように思えたのですが。
「美奈子が優と接していく中で、お母さんの様な面であったり、優と同じ位であったり、姉のようであったりと、少し大人でもあり子供である美奈子の中に起こる様々な揺れを見せたかったので、そういった対比の関係性はある程度考えていましたね。」

ふたりの父親像を作り上げることで苦労されたことはありましたか?
「脚本ではもちろん、見た目・服装・セリフの口調に気をつけました。優しそうで美奈子に負担をかけまいとがんばるが、からまわりをしている父親:圭介に対して、詩織が津田寛治さん演じる隆司を選んだ説得力をワンシーンで見せなくてはいけなかったので、津田さんに圭介との対比を汲み取ってもらったり、逆に田中哲司さんにも考えてもらいました。」

役作りについて、俳優さん達とお話はされましたか?
「一番話しをしたのは母親役の黒沢あすかさんです。詩織の気持ちを汲み取ろうとがんばってもらいました。たくさん質問してもらったし、意見交換も長い時間かけてしました。寺島咲さんや小野ひまわりちゃんとは、今おかれている状況だったり、感情について話しました。大人役の田中哲司さん、黒沢あすかさん、津田寛治さんとは脚本に書かれていないバックグラウンドであったり、彼らはこのあとこうなるという話しをする時間を設けて話をしました。あとは現場で一対一で、もしくは衣装合わせの時に話すくらいですね。皆さんとは今後も、機会があればお仕事させていただきたいと思っています。」

美奈子が父親である圭介に抱きすくめられるシーンを描いたのは、美奈子と優が旅立つきっかけとして必要なシーンだったのでしょうか?
「そういう風に考えてくださる人もいますね。女の人によっては、このシーンはわからないと言う人いるんですが、同じ痛みを共有している圭介と美奈子でないとありえないシーンを作りたかったということが、このシーンの根底にありました。普通の家庭だったらありえないですよね。圭介は詩織を失くした痛みを抱えていて、大人になりかけている美奈子に悲しくも詩織を見てしまうんです。そしてあそこでタオルをかける、というのもこの家庭ではなくては起きえないことです。」

美奈子のその後を描いた作品を撮る予定は?その後の展開もぜひ映画化していただきたいです。
「今のところはありません。『水の花』では最後のシーンで物語は終わって、美奈子の新しい人生が始まることを暗示していますが、映画自体は観客に隙間を埋めてもらって完成するものだと思っています。もちろん、バックグラウンドとして美奈子の今後は脚本には書きましたが、その後は皆さんに想像してもらえればと思います。映画館で食べるポップコーンのようにただ消費するものより、自分の中で消費して吐き出してもらえるような映画を作りたいと思っているので、いろんなことを考えていただけたのなら、映画を作る冥利に尽きます(笑)。」

次回作の構想は?
「『魚』『鳥籠』『水の花』と喪失する痛みを描いてきて、自分の中ではこのテーマを消化することができたと思っています。いつも、日常のテーマを取り扱いたいと考えていて、今は増加しているフリーターやニートなど20歳前後の若者の物語を描きたいと思っています。」

ベルリン国際映画祭で印象的な質問はありましたか?
「大人にまじって子供もいたので、「美奈子はなんていう名前で、どんな生活をしているのか」とか「タイトルの意味は?」など本当に質問はつきませんでした。まだ子供だから映画で起きていることと現実の区別がついていない様で、「今ひまわりちゃんはどうしているの?」という質問もありました。家庭環境についても、「今こういうことは日本でよく起こっているのか?」「こんなにしゃべらないのか?」などするどい質問も多かったです。でも文化や背景が違っても、母親がいないという痛みの共有はしてもらえていた様でした。」

一年経って『水の花』に対する思いは変わりましたか?
「そうですね。なじんできたというか、音も完成していなくてつながっていないシーンを見たりした後に、編集してつなげて観ると脚本の時に書いていた感情の線がどんどん濃くなっていくようで、自分の中でなじんでいきましたね。」

これから観る方にメッセージをお願いします。
「映画は観る側の中にある間を、観客の方一人一人に埋めてもらうことで完成するものだと思っています。『水の花』は映画館で流すことを前提に作った映画なので、ぜひ映画館に足を運んでいただければと思います。」

執筆者

林 奏子

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