カンヌ映画祭で高等技術賞を受賞し、今まで見たことない昆虫たちの世界で観客を魅了した異色のドキュメンタリー『ミクロ・コスモス』。その製作コンビの話題作『グレート・ビギン』が1月14日より公開される。
目の前に迫ってくる活火山の溶岩の波、タツノオトシゴの神秘的な求愛のダンス、鮮やかな羽を持つ熱帯の鳥達の語らい、ガラパゴス島のイグアナの激しくも優雅な戦い・・・。何よりも驚異の映像として現れるのは、母親の胎内で実に多彩な表情を見せる人間の胎児の姿。。時には恐ろしく、時にはSF、時にはコミカルに、様々に位相を変えて現われる映像美の数々。生命の躍動がこれほどまでにドラマチック&ダイナミックだったとは!普段知っているはずの動物や昆虫達が過ごす、未知なる世界へと惹き込まれてゆく。
生物学者でもあるクロード・ニュリザニー&マリー・プレンヌーが今回挑んだのは、宇宙と星の誕生、地球と生物の出現をテーマにした壮大なスケールの神秘のドキュメンタリー。6年もの年月をかけたということだけあり、よくぞカメラに収めたと思えるような数多くのシーンが80分間に凝縮。まるで宇宙のひとかけを見るような時間だ。

終始包み込むような優しい笑顔でインタビューに応じてくれたクロードとマリーはとっても素敵なカップルだ。
(2005年6月 フランス映画祭横浜にて)






前作『ミクロコスモス』は身近なようで誰もしらなかった昆虫たちの摂理を超クローズ・アップのカメラで撮影したミクロのSF世界といえるものでした。今作『グレート・ビギン』は、同じくカメラは生物たちの動きを細密に捉えていますが描かれているのは“生命”という壮大なスケールのドラマですね。そもそも生物学者であるお二人が、映画を製作するに至った経緯を教えてください。

クロード「もともとパリ大学で理系の勉強をしていて、一般過程が終わって修習過程にうつる前に大学を離れて生物学の勉強をつづけ、本を書いたり記事を書いたり写真をとったりという活動をしていました。映画ももともと大好きなので自然と映画を作りたい気持ちになりました。生物学を学んでいた当時は、「生命」というものが何かを知りたくて勉強をしていたところがあって、別に生物学にまつわるすべてのことを学びたいというわけではなかったんです。今回の『グレート・ビギン』の出発点もその頃と同じスピリッツなんです。私もそれから観客のみなさんも、みんな一緒に生きている、生命があるということはどういうことか、その問いかけからはじまっています。

となると『ミクロコスモス』以前から撮りたかったテーマなんですね。
マリー「そういった意味ではこの『グレート・ビギン』というのを昔から考えていたといえますが、実際に現実的に製作を考えたのは『ミクロコスモス』の後からですね。映画のテーマとして生命の多様性をどのようにみせるのか、また生命はどこからきているのか。映画の構成は『ミクロコスモス』のあとに、それはもう、練りに練って考えて、地球の生命を語るには、宇宙の起源から語ったらいいんじゃないかということになりました。」

ドキュメンタリーというジャンルに分類できますが、どこには登場する生物には芝居以上のドラマがあり、ストーリーがあります。制作はどのようにされているんですか?
マリー「たしかにドキュメンタリーとしてカテゴライズされていますが、私たちからすれば純粋にはドキュメンタリーではないと思います。フィクションでもないし、ストーリーもあるし、おとぎ話でもあるし、音楽があるからミュージカルともいえる。私たちにもこの作品はどういうジャンルかっていえないんですよね(笑)。制作に関しては、どうやって撮ったかというと、漠然としたアイデアだけでいきなりカメラをもって即興で撮影をはじめるわけではありません。フィクションのように準備は綿密にされていてセリフやシーンはあらかじめすべてシナリオに書かれていて、ここではどの動物の何を撮るかまで明確に書いてあります。ですから動物にもちゃんとキャスティングをしているわけです。どの動物の何をみせるのかはもちろんメタファーであって、そのシーンによってなにを言いたいのかをきちんと考えて作っています。本当にシナリオや撮影の準備というのはフィクションの映画とまったく同じような作業をしていると思います。現場での即興はほとんどありません。」




撮るものがあらかじめ決まっているとなると、それを撮るのはかなり苦労が多いと思いますが、実際の撮影現場はどのような感じで行われていますか?
クロード「そうですね。撮影は非常に難しいものです。動物俳優たちをどういう風に撮るのかというと、例えば大きなはさみをもったカニが出てきますよね。まずロケハンをして長い間カニたちを観察しどういう動きをするのかを観察します。もちろん彼らは我々の意思とはお構いなしに動きますから、その中でどれだけ映画に使えるものを撮影していくかというのは難しいですね。面白いのは、同じカニを撮ってても一匹一匹が違った個性をもっていることです。ひとつの雄のカニを撮るために20匹も30匹も撮影します。その中で一匹ちょっと他のカニとは違った動きをするカニ、それは非常に感動を呼ぶ動きだったりとか、ユーモラスだったりするものがあるんですが、その一匹を選ぶために長い撮影期間をかけて撮影します。」

なぜ動物たちはあんなに近い距離でどうしてあんなに美しい姿をお二人に見せてしまうのだと思いますか?
マリー「動物たちが自然な姿を見せてくれるのは一つには経験だと思います。こういった自然界のものを撮り始めて私たちはもう25年ですから。彼らを驚かせないやり方というのが自然に染み付いているんだと思います。一番難しかったのは先ほどにもお話したカニです。非常にシャイですぐ逃げてしまう。私たちは慣れていますが、現場にいるスタッフが驚かせてしまったりするのでそういう場合は現場を離れてもらったりします。なるべく目立たないように気配を殺して動いています。でもやっぱりひとつの動物を撮りはじめる最初のシークエンスを撮り始める時はちょっと慣れなくて動物たちを驚かしてしまうこともあります。一番大事なのは辛抱強く待つこと。それで思った通りのシーンが撮れたときの喜びは素晴らしいものですよ。」

コメディであったり、サスペンス、ラブストーリー、アクションなど映画のすべての要素が入っていると思います。作品に影響を受けている映画はありますか?
マリー「学生時代にクロードと知り合ったんですが、私たちはシネマテークでよく世界の古い巨匠たちの映画を観ていました。その中でよく覚えているのはノルウェーのカール・ドライヤーや、ドイツのムルナウ、またフランスの映画作家ではロベール・ブレッソン。日本人では、黒澤、溝口、小津などが好きです。日本の現代の監督にも興味があります。」
クロード「あと画面の構図など、浮世絵の北斎や歌麿など日本の芸術家からの影響を受けています。」
マリー「日本の浮世絵を見たときの衝撃はすごかったです。動物がどのように画面構図のなかで描かれているかが非常に興味深かった。西洋絵画では対象物は画面の真中にドンと描かれていることが多いけれど、浮世絵の世界では半分隠れてたり、ユーモアのある調子で描かれていて、場面の取り入れ方に衝撃を受けました。風景画も独特だと思いますね。」

『グレート・ビギン』は準備から撮影まで大変な年月をかけて作り上げたものですが、今後また作品をつくるとしたらどんなものになりそうですか?
クロード「次のプロジェクトは細胞分裂で言えば分裂前の胞のような状態ですね。この作品に自分達の人生の内の7年の歳月をかけて作ったものなので、これに匹敵するくらいの情熱や重みが必要になってくるのでまだ次回作に時間がかかりますね。」

※2006年1月14日、銀座テアトルシネマにてロードショー

執筆者

綿野かおり

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作品紹介『グレートビギン』