アルセーヌ・ルパンからアラブ系の青年まで主演作続きのロマン・デュリスだが、インタビュー部屋にはどの作品にも似ていない坊主頭で現われた。聞けば「次回作の準備」という。デビューから10年と少し。監督たちのラブコールを聞くまでもなく、今が一番脂の乗っている俳優だろう。本作『真夜中のピアニスト』では裏社会で暮らしつつ、ピアニストへの夢も捨てきれない男を演じている。ピアノを猛特訓し、彼の内面に潜む暴力性と繊細さとを入魂の演技で魅せたデュリスには「キャリア最高」の賛辞が贈られた。「この映画ではピアノもひとつの役みたいなものだと思っている。ここでのピアノは母性のイメージでピアノと出会ってから愛情を持ちたい、恋をしたいと思うようになるんだ」、デュリスに撮影秘話を聞いてみた。

※『真夜中のピアニスト』は10月8日、渋谷アミューズCQNでロードショー!!




——本作はハーヴェイ・カイテル主演『マット・フィンガーズ』(78)のリメイクですね。オリジナルを意識した点、しなかった点について。
監督のジャック・オディアールはオリジナルの題材を現代のパリに置き換えようとしていた。『マット〜』の主人公はゴロツキだったけど、マフィア映画にはしたくないからとトムの職業は不動産ブローカーになった。もちろん、同じブローカーでも裏社会に通じている男だ。映画の冒頭にあるように建物の電気を切ったり、暴力に物言わせ、物件を転がすようなね。こういう具体性のある職業は役作りの上で大いに助けられた。一方でハーヴェイ・カイテルの肉体的な芝居というのか、神経質なまでにエネルギッシュな演技、それはリメイクでも活かしたいと思ったんだ。

——ブローカーでピアニスト志望という役柄ですが、ピアノの特訓は?
ピアノは未経験で音符の読み方から勉強した。この特訓は姉に助けてもらった。まったくの初心者にバッハのトッカータを通しで弾くのは難しいから弾きやすい部分を選んで集中的に練習したんだけど、2ヶ月の集中特訓で一部とはいえ、バッハが弾けるようになったのには満足してる。劇中で流れているピアノ曲は僕が弾いたものではないけれど、画面に映る手は僕の手だ。何しろ、バックで流れる音に合わせてピアノを弾くことが難しかったね。

——劇中でトムはエレクトロニカを聴いてますね。あなたもこのジャンルは好き?
 そうだね。監督の趣味でもあるんだけど、僕自身、レコード屋に入ったらいつも150枚くらいは視聴する。東京にもレコード屋がいろいろあるから入ってみたいんだよね。

——ピアノの目覚める前、目覚めた後、トムの心境変化で留意した点は?
この映画の中ではピアノもひとつの役みたいなものだと思っている。ここでのピアノは母性のイメージでトムはピアノと出会ってから、愛情を持ちたい、恋をしたいと思うようになるし、女性を見る目、かかわり方が変化していく。だから、ピアノと出会う前のトムを演じることの方が難しかったね。どうしようもないやくざ者だけど、観客をひきつけ、気になると思わせる存在であるべきだったから。

——あなた自身のことでいえば、俳優になる前は画家志望だったとか。今も画家になりたいとは?
思うよ。いつか、描きたいと思う。俳優と画家は不動産ブローカーとピアニストほどラジカルな変化じゃないし。トムのように生きるか死ぬかのせめぎあいの中で生きているわけじゃなく、ありがたいことに僕は自由になんでもできる状況にいるしね。

——ラスト間際のオーディションのシーン、切な過ぎますね・・・。
でも、あの場面はすごく気に入っている。あれはフレームワークから何からオリジナルと全く同じ、僕自身、ハーヴェイのように演じたいと監督に言った場面なんだよ。
まぁ、オーディションは僕も何度か受けたことがあるけど、大嫌いだったよ。誰かに試されるみたいなシチュエーションはできれば避けたい。逆に落ちるために無能なフリをしたこともあったな。兵役の審査でね、どうしても兵役につきたくなくて(笑)。「こいつは使えないな」って思わせるため、優秀ではない受け答えをしなくちゃならなかった。まぁ、それはうまくいって兵役に行かずには済んだんだけど(笑)。

——本作は父と子の話でもありますね。
 ヨーロッパではあいいう親子関係は多い。コミュニケーションがうまくいかないことも多々あるし、親子関係が逆転して自分が親になったような気分になることもある。だから、その意味で感情移入は容易かった。父親の復讐をするのか、しないのか、ラストシーンはトムの人間らしさや成長が伺える場面だよね。

執筆者

mariko terashima

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