繊細に編まれたレースかオーガンジーを思い起こさせるような、そんな耽美な映像世界が展開される「アニムスアニマ」。世にも美しい姉弟の物語を女性ならではの感性で作り上げたのは、これが長編第一作となる新鋭・斉藤玲子監督だ。映画学校「ニューシネマワークショップ」が製作する最初の長編映画として、じっくり時間をかけて作られた。
 スイ(椎名英姫)とトキオ(忍成修吾)の姉弟は、両親には先立たれたものの、仕事もできるし、お金にも家にも容姿にも恵まれ優雅に暮らしている。美しいものだけを大事に理想の世界で寄り添って生きてきたふたりだったが、スイがある決意をしたことで、そのバランスが狂い始める。
 時間をかけたデビュー作だけに、やっと公開できる、期待と不安なら断然期待のほう強い、と公開前に語ってくれた斉藤監督。撮影当時はまだ20代だったという彼女。その発言には、等身大の女性を感じさせるところが多々あり、作品から、また発言から共感を感じる女性たちも少なくないはず。
 では、斉藤監督に『アニムスアニマ』について語ってもらおう。

$blue ●本作『アニムスアニマ』は、渋谷シネ・ラ・セットにて公開中$



——独特の姉弟関係が描かれた作品ですが、この発想はそもそもどういったところから出てきたのですか?
「なぜ姉弟にしたのかってよく訊かれるんです。何の不満もない理想的に生きている人が最後に求める理想は何かなと考えました。メインのふたりの関係を男女にしたときに、普通の男女は恋愛関係が終わったらただの他人になっちゃうんですけど、このふたりは血が繋がってないから愛し合ってもいいし、もし愛情が成立しなくても姉弟だからずっと一緒にいられるというところで究極の深い関わりを持つふたりということなんです。そういうふたりにしたいなと思って姉弟という形を選びました」
——これは、自立の話ととってしまってかまわないのでしょうか?
「この話を書いたのは、私が主人公と同じ20代後半に差し掛かったころで、自分はこれからどうなっていくのかなとか、好きな人とどう付き合っていくのかなと考え、まず自分の自立があって相手も自立していて依存関係がない関係がいちばんいいのではないかと思っていた時期でした。主人公たちは、自分の理想を追っていくなかで、それでもやっぱり人を愛し愛されなければいけない。男とか女じゃなく、ひとりの人間として最後はどうなるか、ふたりで寄り添っていけると思える関係になるんじゃないかなと思いました」
——性同一性障害の人物も出てきましたね。
「性別のあり方として性同一性障害の人がいたり、ドラッグクイーンがいたりゲイの店長さんが登場したりします。結局、性別というのは必要なようで大したことはないのではないかと思っているので、それをちょっと提唱とまではいかないのですけど、それはどっちでもよくて人間としてどう美しくあるかということのパターンとして網羅したという感じですね。必要なことは、そういう社会が決めた性的な役割ではなく生きていくということなのですね」
——ドラッグクイーンのおふたりはどちらから探してこられたのですか?
「最初は役者さんにやってもらうつもりだったんですけど、どうせなら本物がいいのではないかということになって、助監督の人がドラッグクイーンのイベントを雑誌で見つけてくれて、そこに出かけて行って、そのときに『実は映画が撮りたいんですけど』って交渉した感じです」
——最初は姉弟の世界とのギャップに驚きましたが、最後のほうでは一緒に行動しているような気がしてきました。そのへんは計算どおりですか?
「世界の華やかな部分とかリアルな部分に関わりつつ、主人公たちの生活は保たれています。自分たちだけの価値観で生きている世界と分けたかったので、ドラッグクイーンの登場シーンは極端な感じにしてます。そうですね。ストーリーテラーじゃないのですけど、観客と多分同じ気持ちですか。主人公たちのほうが異質な世界で、本当のリアルから言えばゴチャゴチャした人たちのほうが普通の感覚なんですが、その普通の感覚を排除していたふたりなんです。観客と繋ぐ役目というふうに思っていただいてかまいません」


——キャスティングでご苦労はありましたか?
「この作品は時間をかけていろいろなことを丁寧にやってきました。脚本自体がありえない世界、きれいな世界というお話だったので、主人公のふたりがハマっていないと成り立たない。特に主役のトキオくん。まず、トキオ役を探そうということで、いろいろ若い男の子の資料を見て何人かに会ったんですけど、なかなかいなくて、オーディションを繰り返して、本当に最後のオーディションのときに忍成修吾くんが来てくれて。外見のことはもちろんあったんですけど、お芝居の面でナイーブな面、セリフをすごくリアルに読める点で彼しかないなと決めました」
——その時点では、彼は映画とかまだそんなに出ていなかったのですよね?
「『リリィ・シュシュのすべて』は公開されていました。そのイメージがあったのでとんがってる子かなと思ったら、すごく普通の男の子で。忍成くんは、初めはすごい人見知りだったんですよ。いまどきの不思議少年だなって皆で言っていたんですが、撮影に入ってからは普通のいい男の子だなって皆に可愛がられてました」
——お姉さんのスイ役の椎名英姫さんは?
「忍成くんの演じるトキオの雰囲気とシナリオのイメージにあった方ということで探したのですけど、これがけっこう長くかかって。椎名さんは書類で見たときよりも実際に会ってお話をしたときに雰囲気がすごくあったことと、脚本を理解してくれていたこと、椎名さんの経歴自体がスイに近いものがあったこともあってキャスティングしました」
——よく俳優には役柄に入り込むタイプと役柄を引き付けるタイプがいると言いますが、このおふたりはどちらになるんでしょう?
「ふたりとも役を引き付けるほうだと思いますね。忍成くんは『トキオは自分とは違うけど、自分なりに添わせてあとは監督に合わせる』って言ってくれました。椎名さんは、自然にやってくれていました。でも、シリアスなシーンはすごく入ってくれて、自然体なふたりという感じでしたね」
#——全体的に本当に美しく夢を見ているような感じがしますが、かなり意識して作られたのでは?
「ふたりが目指していた理想の暮らしというのがあったので、ふたりに見えていた世界を表現したかったこともありますけど、何となく絵にするならきれいなものをということもあったかも。特に透明感とか感覚的な気持ちよさを出したくて、色とか小物とかには凝りました」
——コーディネートにはどんな工夫をされましたか?
「お部屋が出てくるんですけど、それぞれこの人はこうというものがあります。例えば、トキオくんは海のイメージなんですけど、そういうもので小物をそろえたりとか、スイは薔薇であまり映っていないんですけどシーツとかにもこだわりました」
——観客に目からリフレッシュ効果や安らぎを与えようと?
「私も、やはりきれいな風景のほうがいいし、設定として普通であってもきれいな背景がいいし、きれいな趣味のいい洋服を着ていたほうがいいですから、見ていて心地よい作品にしたいというのがありました。ぼうっとも見れるし、テーマを追っても見てもらえるところを目指して」
——こういう生活ができるものならしてみたいと思うのですけど。
「そうですね。私も、けっこうこれだったらいいよねっていうのがありますね。朝、髪を洗ってもらって、服を選んでもらって、化粧までしてくれる。なんて理想的なんだろうっていうものもこめて描いているところもあります」
——作品作りで何かイメージしていたような既成のものはあったんですか?
「映画ではないのですけど、ふたりが抱き合っているシーンとかはクリムトの絵画で『接吻』ってわかりますか? 金色っぽくて男の人が女の人に立った位置でキスをしているというのがあるんですけど、その絵の恍惚感というか感覚が好きで、それを表現してみたいと思ってスタッフに伝えていました」
——今後、撮ってみたいものは?
「基本的には女の人が主人公の映画を見たり読んだりするのが好きなので、今回が男の子が主人公でしたから、次はどーんと女の人を主人公にしたお話が書けたらと思います」

執筆者

稲見 公仁子

関連記事&リンク

作品紹介