「クリスチャン・ベイルのあだ名はゼン・マスタ−になったよ」、待望の新作『マシニスト』を引っさげ、ブラッド・アンダーソン監督はそう言った。男女のめぐり合いをジャジーなタッチで描いた『ワンダーランド駅で』、新感覚ホラー『セッション7』のスマッシュヒットも記憶に新しいアンダーソン監督。『マシニスト』は後者のジャンルを継ぎ、描かれるのは機械工が見た悪夢である。悪夢——といっても、本編の主人公は極度の不眠症で365日眠っていない(!)。このため、頬はこけ、背骨は浮き上がり、ほとんど骸骨のような容貌を持つ。「体型はCGで処理するつもりだったんだけど…」という監督だが、役に抜擢されたクリスチャン・ベイルは30キロの減量を断行(!)。『アメリカン・サイコ』主演時の面影はまったくなくなってしまった。気鋭の新進監督と役者のソウルが融合した『マシニスト』はシュールで不気味で物哀しく、同時に滑稽さもある作品に仕上がった。

※『マシニスト』は、2月12日より渋谷シネクイントにて衝撃のロードショー!!






——今回、初めて脚本家を起用していますね。
不吉な気配のする脚本を探していた時にこの『マシニスト』と出会ったんだ。他人のイメージをビジュアル化するって不思議な感じがするよ。同時に作品と距離を取って客観的に見ることのできる、新鮮な体験でもあった。もちろん、どんな映画であってもスタッフやキャストとのコラボレーションが一番大切なんだけどね。

——監督自身は不眠症ですか?
そうだね(笑)。インディペンデント系の監督はみんながそうじゃないかと思うけれど、作品を撮っている間はいつも眠れない。それと、プライベートな話なんだけど9ヶ月前に子供が生まれたんだよ。夜泣きでしょっちゅう起こされるから、今度は撮影がなくても眠れなくなった(笑)。

 ——本作で最初にインパクトを覚えたのはやはりクリスチャン・べイルです。30キロの減量にはやはり圧倒されました。監督自身も最初は減量を頼むのではなく、CGでやろうと考えていたそうですが、あそこまでやつれた彼を見て心配にはなりませんでしたか?
 あれはベイル自身が考えてやってくれたことなんだよ。そこまでしてくれる役者はなかなかいないし、監督としてすごく感謝している。そもそもベイルは脚本に忠実にいようとする役者なんだ。本の中に『歩くガイコツ』という描写があったんだけど、それを読んで、ガイコツのように痩せなければと思ったみたいなんだね。撮影中についた彼のあだ名はゼン・マスターだった。
 生命の危険まで心配するには及ばなかったけど、エネルギーは普通よりもずっと少ないはずなので、撮影の合間には座ってもらったりしてね。ちょっと心配だったのはバルセロナの下水道を全力疾走するシーン。ロケには彼の奥さんも来ていたので彼女が不安そうな顔をしたら、それをサインと受け止めて、撮影をストップしようと思っていた。だけど、彼女は一度も不安な顔を見せなかったし、実際、撮影は無事に終了した。

 ——ともあれ、ベイル演じるトレバーはあんな体で車にわざと引かれてみたり、全力疾走で走ったりとちょっとおかしみを感じさせるキャラクターでもあります。こうしたサスペンスで主人公に感情移入するのはた易いことではありませんが、奇妙な愛情が湧きますね。
 そう、ダークなんだけどユーモアを感じずにいられない、それは脚本の段階からあったね。言ってみればトレバーは自分の尻尾を追いかけてる犬のような男だよ。しかも、あれだけ痩せているから観客は「この人、ダイジョウブだろうか?」と心配せずにいられない。「ちゃんとおいしいものを食べて体重を増やして、素敵な女性と出会ってくれれば」と思わずにいられない雰囲気がある(笑)。
 
 ——トレバーはメモ魔ですね。あれは監督の演出ですか。
 あれも脚本にあったんだよ。トレバーという男はトラウマを抑圧している。それを少しづつ思い出すたびにメモを取るんだ。演出については僕が何かをしたというよりも、ベイルをキャスティングしたことでその作業は90%終わっていたんだ。

 ——劇中には遊園地が出てきますが、あれは本編中で一番怖い場面でもありました。撮影で留意したことは?
 とても重要なシーンだね。あのアトラクションに入っていくのと同時にトレバーは自分の意識下に入っていく。だから、撮影は最後にし、それまでの映像を使ったのさ。トレバーがあそこで見るのはある種のデジャ・ヴだ。

 ——ロスが舞台の話ですが、撮影はバルセロナで行われたとか。
 アメリカで資本が集められなかったからさ。スペイン出資ということでその条件のひとつがバルセロナでの撮影だった。最初はどうやってロスに見せればいいのかわからなかったよ(笑)。でもね、多くの都市がそうなのかもしれないけど、バルセロナからちょっと郊外に出るとアメリカっぽい風景に出会えるんだ。似てるけど、そこはアメリカではない、場所の感覚がつかめない、妙にシュールな雰囲気が出てくる。結果的にバルセロナ・ロケがこの映画のムードに貢献したんじゃないかな。

 ——なるほど。ところで、アメリカのプロデューサーたちはこの作品について何と言っていたんですか?
 大方はダークで曖昧なエンディングに戸惑っていたみたいだ。脚本は素晴らしい、俳優も素晴らしい、監督もしかりだと口では言ってくれたものの、「アメリカの観客ははっきりと答えの出ない主題を嫌うから。キャラクターも応援したいタイプじゃない。リスクがありすぎる」って。それで、製作費を集めるのに3年かかった。さっき言ったように最終的にはスペインが出資してくれたんだよ。

 ——監督の作品には現代社会を象徴するような、いわゆる敗者が多い気がします。
 それを意識しているつもりはないが、確かに孤独で自分の行き場を失ったようなキャラクターは多いね。神経衰弱ギリギリというのか、負け犬とまでは言わないけど、映像作家としての自分はそういう人たちに惹かれるタイプなんだと思う。成功している人たちにあまり興味は持てないんだよね。

執筆者

寺島万里子

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